八ヶ岳南麓山鳥亭の日常を綴ります。
 
2017/05/28 21:30:47|その他
仙台湾・三陸沿岸旅行(4)
今回の旅行もいよいよ終盤である。三陸沿岸を普代、田老、姉吉、田之浜と南下してきた。予定していたのは後二か所、釜石と吉浜だ(図1)。
 
釜石では、津波対策として思い切った手段がとられた。差し渡し約2km、最大水深約60mの釜石湾の湾口を塞ぐ防波堤を建設した。1978年着手、2009年3月完成。しかし、完成から2年後の東日本大震災津波によって湾口防波堤は大破し、湾内の釜石市中心部(釜石東部地区)では229名が犠牲となった。国土交通省港湾局と独立行政法人・港湾空港技術研究所は、防波堤によって釜石市内への津波の侵入が数分遅れ、遡上高がおよそ半分になったと試算している。しかし、この結果については、前提とする条件次第という異論もある。また、釜石湾口に防波堤があると、その北側に隣り合っている両石湾に流れ込む津波の水位が上がるというシミュレーション結果も報告されている。このような問題をはらみながらも、現在は、再建工事がほぼ終了している。市のはずれの、巨大な観音像が建つ丘から、再建なった防波堤を望むことができる(図2)。
 
最後に、大船渡市三陸町吉浜に立ち寄った。ここは、明治三陸地震津波の後、自力で住宅を高所に移転し、その後も低地への住宅建設を許さなかった。東日本大震災の津波では痕跡高17.2mの津波が押し寄せ、防波堤はほぼ全壊した。しかし、家屋の全壊・流失は5棟に止まった。吉浜を遠望すると、山際に寄り添うように建つ住宅と、そこから海岸までは広がる農地が見える。この地区が徹底しているのは、かつては浜寄りを通っていた三陸浜街道を高所に付け替えたことである。新しい街道に沿って住宅建設が行われた。強い指導力が働いたことが容易に想像できる。
 
今回の旅行では、各地区の津波対策とその結果を見てきた。ある地区は、巨大防波堤や水門を建設して津波被害を防ごうとし、別の地区は高台移転で津波の脅威を避けようとした。巨大防波堤を築いたものの、頼みの防波堤が崩壊したところがある一方、一旦は高台に移転したが、低地への住居建設を抑制できなかったために、繰り返し被害を受けた地区もある。

最後に、これら二種類の津波対策の長所(〇)と短所(●)を、筆者の思いつく限り、それぞれ挙げておこう。
巨大防波堤・水門
〇三陸沿岸では少ない低地を宅地として利用できる。
〇防潮堤より低い津波に対しては、堤内に被害がおよばない。
●防潮堤が破壊されると壊滅的被害を受ける。
●陸上に防波堤がある場合は、住宅街から港湾部への出入りが開口部に限られる。
●景観が損なわれる。
●防波堤がある安心感から、避難が遅れることがある。
 
高台移転
〇居住用の家の安全が、ほぼ確実に確保される。
●近くに集落をまとめて移転できる高台がない。
●低地に建設される商業・公共施設と自宅が離れる。
●自宅が港から遠くなる。
●比較的低い津波で、低地の施設が被災する。
 





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