常説寺

山梨県甲斐市吉沢にあり、順徳天皇ゆかりの国重要文化財「白輿」を寺宝としています。  日蓮聖人御一泊説法の後、日蓮宗に改宗した歴史ある日蓮宗のお寺です。  御岳道上道近くには坐像8尺のお釈迦さまをおまつりした「本佛殿」、関連施設に吉沢立正保育園があります。
 
2012/04/03 22:05:20|常説寺の歴史
御岳金峰山信仰と常説寺
 御岳とは「神仏がおられる神聖な山地」という意味で、金峰山(きんぷさん)信仰は第10代・崇神(すじん)天皇の御代(紀元前97〜29年)、病気が蔓延したため、各地に神を祀り悪疫退散と万民息災を祈願し、甲州金峰山山頂(2595m)に医薬、禁厭の守護神・少彦名命を祀り山宮としたことに始まる。

 第42代・文武(もんぶ)天皇の御代(697〜707年)、役小角(えんのおづ)が奈良吉野の金峰山(きんぷせん)から魔障を除く仏、蔵王権現を祀り、以来神仏混合の修験道場として栄え、南北朝時代(1336〜92年)には、奈良吉野に次ぐ全国的な山岳修験信仰の聖地となった。
 修験信仰が衰えた江戸時代には、一般の信仰を集め、金峰山里宮の金桜神社年番神主が御岳御師(みたけおし)となって、関東一円に「御岳講」の普及をはかった。 

 常説寺はもと天台宗の寺院で、弘仁14年(823年)、伝教大師の弟子、栄澄僧正が大師御自作開眼の釈尊立像を奉持し、金峰山参拝道、一の鳥居内に台嶺山圓乗寺を建立したことから始まる。
 承久年間(1220年頃)順徳上皇が、越後寺泊から甲州御岳金峰山に奉幣のため、上皇御使用の輿を使わす。勅使は圓乗寺萩堂に輿を留め、半月あまり天下泰平を祈願し、その法施として順徳院号を降ろされ、順徳院山圓乗寺と寺号を改める。
 さらに文永年間(1270年頃)、日蓮大聖人甲州巡錫の折、御岳金桜神社へ参拝される。その途次、参道にあたる当山へ御逗留なされ、当山が順徳上皇に御由緒ありと聞くと、承久当時の昔を偲び、法華経の御説法をされる。
 時の住僧乗蓮僧都は大聖人の教導を受け、御弟子となり、天台宗を棄てて名を安楽院日乗と改め、寺号も順徳院山常説寺と改める。
 以来七百余年、法燈相継ぎ釈尊の正法、妙法蓮華経を常説法教化し今日に至る。





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