HAWAWIIAN SHIRT

オリジナル&レプリカ ハワイアンシャツコレクション
 
2026/03/05 14:29:00|その他
「THE DAYS OF SPACE ROBOT」 レプリカ HOALOHA  HINOYA 別注MODEL
「Sun Surf Special Edition」 2026年 HINOYA別注モデル。

Style  No. SS39553HY  THE DAYS OF SPACE ROBOT
Color   105) Off White
Size  S.M.L.XL.XXL
Price  36300Yen

2026年ヒノヤ別注アイテムは、過去のアーカイブより特に当時大人気だったモデルを別注。
2016年にSpecial Edition 128)NAVY 145)GREEN 165)REDの3色が製品化された作品。
2019年HINOYA70周年モデルをSpecial Edition 119)BLACKボディでリリース。
今回は、105)Off Whiteボディで初めてリリース。

時は1950年代。航空技術の進歩と共にアメリカの宇宙への想いは加熱し莫大な予算が組まれ軍事用のミサイルやロケットの開発が進められる一方、それらをカモフラージュするかのごとく宇宙へのロマンを題材とした映画やドラマが盛んに製作された。
それらは人々の生活にも多大な影響を与え、宇宙を象徴するモチーフが様々なものに使われた。今回復刻されたこの作品にも、2体のロボットが人工衛星やミサイルなどと共に描かれ、当時の時代背景を映し出している。
オリジナルを製作した「HOALOHA」はアメリカ本土の大手デパートやハワイで展開していたブランドで、このデザインはアメリカ本土向けに描かれたもの。ハワイのブランドが宇宙をモチーフとした例は極めて少なく非常にレアな一着。



●年代: 1950年代
●素材: レーヨン羽二重
●プリント: 抜染
●ポケット:  左胸ポケット(柄合わせ)
●柄パターン: オールオーバーパターン
●ボタン: 尿素







2025/07/22 11:28:00|その他
「DRAGON & PAGODA」 レプリカ Sun Bros&Co  HINOYA完全別注モデル
「Sun Surf Special Edition」 2025年 HINOYA完全別注モデル。

Style  No. SS39554HY   DRAGON & PAGODA
Color  119) BLACK
Size  S.M.L.XL.3L(short sleeve) M.L.XL.3L (long sleeve)
Price  36300Yen(short sleeve) 38500Yen(long sleeve)

2025年HINOYA完全別注となるサンサーフのアロハシャツが完成。
サンサーフのスペシャル・エディションとしては初の復刻となる作品。
奈良にある興福寺の五重塔の風景と、とぐろを巻くように描かれた龍がバランスよく配置された作品。オリエンタルな風景柄などと共にこのようなデザインは当時の観光客には非常に人気であった。
手掛けたのは横浜でハワイやアメリカ本土向けにアロハシャツやボーリングシャツを製作していたブランド、サン・ブロス。
大手商社「東光貿易」のブランドで、同社は輸出用の生地を扱う商社であったが、1950年代後期になると加工賃の安い日本での縫製が盛んになり、製品として輸出される機会が増えていった。それに伴い、輸出拠点であった横浜の港周辺には縫製工場が建てられ、多くのアロハシャツが生産され、ハワイに送られていた。それ故、ラベルには「YOKOHAMA JAPAN」と記されている。


●年代: 1940年代後期
●素材: レーヨン壁縮緬
●プリント: オーバープリント
●ポケット:  左胸 (short sleeve)両胸 (long sleeve)
●ボタン: バンブー







2024/06/05 11:09:00|その他
「ALOHA UNIVERSAL WORLD」 レプリカ PALI HAWAIIAN STYLE
「Sun Surf Special Edition」 2024年モデル。

Style  No. SS39278  ALOHA UNIVERSAL WORLD
Color  125) BLUE 138) BROWN
Size  S.M.L.XL.3L
Price  33000Yen

「ALOHA UNIVERSAL WORLD」は、2000年に01)Blue 02)Brownの2色展開で復刻され今回が2回目の復刻。織りネームは、前回とは異なるネームが付いている。

1930年代から本格的にサンフランシスコとホノルルを結ぶ航路を就航させたマトソン・ライン。
その豪華客船の船内のレストランで使われていたメニューの表紙がモチーフとなっている。表紙のデザインを手がけていたのは、当時に活躍していたデザイナー、ユージン・サベージ。彼の作品をもとに京都でスケッチを描きプリントされており、日本の職人たちの技術の高さを象徴する柄の一つ。
デザインやプリント技法など、どの観点においても非常に希少価値の高さが明らかな一枚で、コレクターからの支持も厚い。

アロハシャツの歴史を語るうえで、欠かせないキーワードとして「日本製の生地」がある。その生産に直接携わり、日本からハワイとアメリカ本土への流通ルートを確立した人物、イサム・タカブキ。
彼は二重国籍を持つことを利用してハワイと日本を行き来し、戦後すぐ京都で古い学校の校舎を買い取り、改修して生地のプリント工場、アロハ貿易を設立した。
続いて、ハワイには商社であるヴィクトリー・インポートを、大阪にはその子会社の太平洋貿易を立ち上げて、プリントした生地を日本からハワイへ輸出した。
その当時、ヴィクトリー・インポートが展開していたブランドの一つがパリ・ハワイアン・スタイル。



●年代: 1950年代中期
●素材: レーヨン壁縮緬
●プリント: オーバープリント
●柄パターン: オールオーバーパターン
●ボタン: バンブー







2023/07/18 11:37:02|その他
「SURF RIDER」 レプリカ WALTAH CLARKES
「Sun Surf Special Edition」 2023年モデル。

Style  No, SS39064  SURF RIDER
Color  125)BLUE 128)NAVY 165)RED
Size  S.M.L.XL.3L
Price  29700Yen

「SURF RIDER」は、2003年にColor 01)NAVY 02)YELLOW 03)BURGUNDYの3色展開、
Size XS.S.M.L.XL Price 16000Yen 「ALOHA KANAKA by ARTVOGUE」ネームにて復刻販売されている。

デューク・カハナモクと共にハワイ観光局のアロハ親善大使であったウォルター・クラーク。彼は自身の名前を冠したショップ「ウォルター・クラークス」をビバリーヒルズ、ラスベガス、ハワイなどのリゾートエリアで展開。
1937年にロサンゼルスからハワイに移り住み、かつてはワイキキのビーチボーイとして慣らした最高のショーマンであり、当時のハワイの人気レストラン「ドン・ザ・ビーチコマー」の総支配人としても有名であった。
洋服の流行にも鋭く、1950年代に入りアロハシャツの人気が高まると、急激に拡大する需要に対応するため、ハワイのブランドだけでなくアメリカ本土のメーカーや生地のディストリビューターとのコネクションを確立。
テキスタイルの学位を持ち服飾の知識に長けていた妻のグレッチェンもシャツの製作に加わり、斬新で独創的なデザインを次々に発表した。
今回復刻した「SURF RIDER」は、レーヨンフジエット生地を使い、ポスト印象派の画家「ウルフギャング・ウルフ」がテキスタイルデザインを担当。
プリントをニューヨークの大手生地メーカー、コーン・ホール・マークス(COHAMA)が手掛けていた。


●年代: 1950年代後期
●素材: レーヨンフジエット
●プリント: オーバープリント
●柄パターン: バックパネル・パターン
●ボタン: 尿素ボタン







2023/05/22 14:28:00|その他
「LAND OF ALOHA」 レプリカ Hale Hawaii
「Sun Surf Special Edition」 2023年モデル。

Style  No. SS39059 LAND OF ALOHA
Color  128)NAVY 138)BROWN 145)GREEN
Size  S.M.L.XL.3L
Price  35200Yen

「LAND OF ALOHA」は、2002年と2015年に01)BLUE 02)BROWN 03)GREENの3色展開で復刻され今回が3回目の復刻。2021年には、HINOYAが別注カラー119)BLACKを復刻している。

ハワイ観光組合などがスポンサーとなり、20世紀の締めくくりである2000年をアロハシャツイヤーとしてキャンペーンを行った。
その際のポスターを飾ったのが、このランド・オブ・アロハ。数あるアロハシャツの中でも最もポピュラーで、アロハシャツらしい作品と判断されたのであろう。
21色もの多色でプリントされた生地は当時、京都からハワイへ輸出されたもので、日本の精巧な技術を知ることができる。その緻密で繊細な型合わせと、21色という色数の多さから、再現するために非常に高度な技術を要する柄のひとつ。過去に復刻した経験を活かし、さらなる改良を加え再復刻を果たした。
ハワイ生まれで二重国籍を持つ日系人イサム・タカブキは、戦後すぐに京都で古い学校の校舎を買い取り、ハワイに輸出する生地のプリントを専門に行う「アロハ貿易」という工場を始めた。
また、ハワイに商社「ヴィクトリー・インポート」、大阪にその子会社である「太平洋貿易」を設立し、日本からハワイへの生地の流通を確立した。
日本のプリント技術なくしては存在し得なかったこのデザインが、現代において未だ語り継がれる傑作として君臨していることは、日系移民の功績と言える。


●年代: 1956年
●素材: フィラメント壁縮緬レーヨン
●プリント: オーバープリント
●柄パターン: オールオーバーパターン
●ボタン: バンブー







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