哲学が根本になければ、砂上の楼閣にすぎぬ。このサイトは持続可能な社会を目指して、地球温暖化防止、緑化の推進、世界平和、世界連邦建設等を目的としたものです。左の写真は、尾崎行雄先生と尾崎先生の意思を継承した相馬雪香先生です。相馬雪香先生の教えを受けた人は多数いると思いますが、雪香先生をおんぶしたことがあるのは、私(中澤誠)だけでしょう。すべての組織は利害で動く 日本は敗戦国となった時から、植民地以下の国になった。だが日本には至るとこに神社がある。それが唯一の救いだ。天之御中主様 この日本を目覚めさせていただきたく。 殺戮の無かった縄文時代に戻ることこそ重要である。
 
2026/06/11 11:17:17|その他
三木清全集  第六巻  ?史哲學  第一章 四 ?史の概念 42p4g
そこで我々は運命の概念に於て表現される哲學的なものが何であるかを一層明確に規定しておかうと思ふ。運命が先づ或る必然的なものを現はすといふことは上の敍述からして明らかである。然しながら單に必然的なものはなほ運命的とは云はれ得ない。 因果必然的なものを我々は運命的なものとは考へないのである。寧ろ因果と運命とは根本的に對立する概念である。ヘルダーが運命をば「?史の骰子投げ」Wurf der Geschichteと云つたやうに、運命は或る偶然的なものの意味をもち、因果法則の概念とは相容れない。しかも固より單に偶然的なものはなほ運命的なものではないのである。偶然的なものが必然的なものの意味を含むことによつて運命的なものとなるのは、かかる偶然的なものが、普通偶然的と云はれるもののやうに、單に附蔕的なもの、副次的なものではなくて、偶然的なものこそ却て原理的に根源的なものであるからであり、そして次に、かくの如く偶然的なものが否定の原理を自己自身に於て擔つてゐるからである。