この生きられた経験こそが、他者と、その他者にとって何を意味するかを理解していくときの導きにならなければならない。私達が地平を分析により分離し、それらを層状に図式化することがあるとしても、これらの層は、例えばあの夜の第一の段階での家の内側についての娘の経験の中では、すべて統合されていたのである。そのとき彼女のいる部屋は、ちょうど今私の部屋が私の目の前に拡がっているように、彼女の目の前に拡がっていたのだ。その部屋は私達がこれまでその部屋の意味について語ってきたようなことすべてを意味していたのだ。だがその意味は層とか図式としてではなく、あくまでも彼女の家の内側として現れていたのである。経験は創造的である。つまり、経験は私達がここで述べてきたすべての地平を、さらにそれに加えて、テーブルや椅子、電話、それに人々といった対象の現前を、彼女の目の前に拡がる意味に満ちた場へと統合していくのである。そしてその場の中では、彼女はそこでの目的や意図にしたがって動いているのである。場とは知覚的な空間であり、まさに今、現前しており、すでに意味を持ち、いくつもの意味の層を持ち、多面的な地平を場=内=存在という一つのまとまりを持った現在の瞬間へと統合している空間なのである。 |