哲学が根本になければ、砂上の楼閣にすぎぬ。このサイトは持続可能な社会を目指して、地球温暖化防止、緑化の推進、世界平和、世界連邦建設等を目的としたものです。左の写真は、尾崎行雄先生と尾崎先生の意思を継承した相馬雪香先生です。相馬雪香先生の教えを受けた人は多数いると思いますが、雪香先生をおんぶしたことがあるのは、私(中澤誠)だけでしょう。すべての組織は利害で動く 日本は敗戦国となった時から、植民地以下の国になった。だが日本には至るとこに神社がある。それが唯一の救いだ。天之御中主様 この日本を目覚めさせていただきたく。 殺戮の無かった縄文時代に戻ることこそ重要である。
 
2026/06/07 18:18:57|その他
三木清全集  第六巻  ?史哲學  第一章 四 ?史の概念 41p8g
曰く、「精神は個人に於て彼の普遍者として、個人がそれによつて支配される彼の力として、それに身を委せて彼の自己意識が自由を失ふところの彼のパトスとしてある。」我々はこのパトス、即ち情熱とも譯される言葉をば、かの甚だ?々引用されるところの彼の?史哲學の中の、「世界に於ける如何なる大いなるものも熱情Leidenschaftなしに成就されなかつた。」といはれた句に於けるライデンシャフトから區別しなければならぬ。我々の解釋によれば、ライデンシャフトは個人的身體に結合し、パトスは社會的身體に結合する。?史に於ける大いなるものもライデンなしには、然しまたパトスなしには爲し遂げられなかつたのである。凡ての?史的行爲は個人的身體と社會的身體とに結び付いてゐる。精神が格別超個人的であつて、身體は單に個人的であるといふのではない。身體は個人的な方面と共に社會的な方面を含んでゐるのである。