哲学が 根本になければ、砂上の楼閣にすぎぬ。このサイトは持続可能な社会を目指して、地球温暖化防止、緑化の推進、世界平和、世界連邦建設等を目的としたものです。左の写真は、尾崎行雄先生と尾崎先生の意思を継承した相馬雪香先生です。相馬雪香先生の教えを受けた人は多数いると思いますが、雪香先生をおんぶしたことがあるのは、私(中澤誠)だけでしょう。すべての組織は利害で動く 日本は敗戦国となった時から、植民地以下の国になった。だが日本には至るとこに神社がある。それが唯一の救いだ。天之御中主様 この日本を目覚めさせていただきたく。 殺戮の無かった縄文時代に戻ることこそ重要である。
 
2026/08/11 10:54:56|その他
アーネスト キーン著 現象学的心理学 1部 序論 2章  行動と世界=内=存在 31p13g
経験の全体的な構造を記述しようと試みる時には、経験それ自体に目を向けなければならない。では、経験それ自体とはどのようなものだろうか。我々が机の前にすわっているとき、私の前の空間は私がよく知っている物で満たされている。部屋は私の前に、ある秩序をもって拡がっている。すなわち、机の上の本は、この何日間か、私が理解しようと努めてきた本である。それはそこにあって、私にとって意味に満ちているーーそれは、その内容についての私の記憶とか、私自身の仕事との関係でその本がどこに位置づくのか、ということについて私が持っている感覚とか、その本を理解することがその一部でもある仕事を持っている、という私自身についての感覚とかいった、もろもろの意味である。ほかの本は壁に並んでいる。それらの本は部屋の中に、ある一定の位置を持っており、その部屋は私の生活の中に、ある一定の位置を持っており、その部屋は私の生活の中に、ある一定の位置を持っている。私の子ども達の写真が何枚か机の上に置いてある。彼らは私の子どもであり、私は彼らの父親である。子ども達をそのように知っているので、彼らの写真がこの部屋についての意味ある経験の一部となる。私は子どもが小さかったときを覚えているし、今よりももっと大きくなっていくときを予期している。