哲学が 根本になければ、砂上の楼閣にすぎぬ。このサイトは持続可能な社会を目指して、地球温暖化防止、緑化の推進、世界平和、世界連邦建設等を目的としたものです。左の写真は、尾崎行雄先生と尾崎先生の意思を継承した相馬雪香先生です。相馬雪香先生の教えを受けた人は多数いると思いますが、雪香先生をおんぶしたことがあるのは、私(中澤誠)だけでしょう。すべての組織は利害で動く 日本は敗戦国となった時から、植民地以下の国になった。だが日本には至るとこに神社がある。それが唯一の救いだ。天之御中主様 この日本を目覚めさせていただきたく。 殺戮の無かった縄文時代に戻ることこそ重要である。
 
2026/08/17 15:56:02|その他
アーネスト キーン著 現象学的心理学 1部 序論 2章  行動と世界=内=存在 32p16g
この生きられた経験こそが、他者と、その他者にとって何を意味するかを理解していくときの導きにならなければならない。私達が地平を分析により分離し、それらを層状に図式化することがあるとしても、これらの層は、例えばあの夜の第一の段階での家の内側についての娘の経験の中では、すべて統合されていたのである。そのとき彼女のいる部屋は、ちょうど今私の部屋が私の目の前に拡がっているように、彼女の目の前に拡がっていたのだ。その部屋は私達がこれまでその部屋の意味について語ってきたようなことすべてを意味していたのだ。だがその意味は層とか図式としてではなく、あくまでも彼女の家の内側として現れていたのである。経験は創造的である。つまり、経験は私達がここで述べてきたすべての地平を、さらにそれに加えて、テーブルや椅子、電話、それに人々といった対象の現前を、彼女の目の前に拡がる意味に満ちた場へと統合していくのである。そしてその場の中では、彼女はそこでの目的や意図にしたがって動いているのである。場とは知覚的な空間であり、まさに今、現前しており、すでに意味を持ち、いくつもの意味の層を持ち、多面的な地平を場=内=存在という一つのまとまりを持った現在の瞬間へと統合している空間なのである。