併し内容上顯著なる相違の兩者間に存することも亦否定出來ない。之に對しアリストテレスの存在論は、却て分析論理を以てプラトン後期の辯證法を本來の希臘的存在論に引戻さうとしたものと解せられろ。其中心思想を形造る濳勢存在現勢存在の聯關は、プラトンに於ける存在が存在と非存在との統一として矛盾的存在たる傾向を含み、却って存在は自由に自己を定立する高次の非存在の限定として非存在を存在の根源とする歸結を免れないことを避ける爲めに、飽くまで自同律の要求に從ひ、所謂高次の非存在の代りに濳勢存在を置きて現勢存在と同一連續性を保持せしめようとしたものである。併しこれに由つて命題の繋辭が表はす判斷作用の對立統一的構造が見失はれ、ヘーゲルの判斷論にまで問題が持越されなければならなかつたことは、私の會て論じた如くである。非存在はアリストテレスの濳勢存在に由つて正常には置換へられるものではない。古くはシェリングや近くはテイラーなどが『ティマイオス』に於ける質料を解した如き、自由の可能契機としての矛盾的存在、存在の根源としての高次の非存在、にして始めて判斷の地盤たることが出來る。併し斯かる高次の非存在の超越性、之を存在の根源にまで限定する自由の否定性、は既に本來の希臘的存在論を超える立場に於て始めて積極的に發展せられろものである。之を存在論の地盤に留めようとする時現れるものは神秘主義の外無い。希臘哲學の最後がプロティノスの神秘哲學に終る論理的理由は此處にあつたといはれるであろう。 |