哲学が 根本になければ、砂上の楼閣にすぎぬ。このサイトは持続可能な社会を目指して、地球温暖化防止、緑化の推進、世界平和、世界連邦建設等を目的としたものです。左の写真は、尾崎行雄先生と尾崎先生の意思を継承した相馬雪香先生です。相馬雪香先生の教えを受けた人は多数いると思いますが、雪香先生をおんぶしたことがあるのは、私(中澤誠)だけでしょう。すべての組織は利害で動く 日本は敗戦国となった時から、植民地以下の国になった。だが日本には至るとこに神社がある。それが唯一の救いだ。天之御中主様 この日本を目覚めさせていただきたく。 殺戮の無かった縄文時代に戻ることこそ重要である。
 
2026/09/15 13:57:33|その他
ティリッヒ著作集 第3巻 哲学と運命 基礎論 哲学 (5) 19p12g
(5)哲学とその他の諸分野との関係は、それ自身哲学の運命に属しており、一般的な仕方では規定しえないものである。このことはなかんづく近接分野、一方では宗教、他方では科学とに関して妥当する。宗教と科学とは、そこでも根底的な問いが問われる限り、哲学に近接している。しかしこの問いは、哲学において問われるものとはちがった意味において、そこで問われている。宗教と哲学との関係は別に論じられるので、ここではただ哲学と科学とに関係についてのみ若干述べるべきであろう。まず第一に確認しておかねばならないことは、哲学はそれがもっている意味に従っていえば、科学に対して無制約的な優位を主張せねばならないということである。というのは、哲学の問いは、科学がそれ自身そのつどとり扱うべき対象を前提としなければならないゆえにもつことがきないラディカリテート(徹底性)をもつからである。したがって「科学的哲学」(wissenschaftliche Philosophie)を語るのは不適当なのである。科学が何であるかを規定するのは哲学することであり、その逆でないからである。