哲学が 根本になければ、砂上の楼閣にすぎぬ。このサイトは持続可能な社会を目指して、地球温暖化防止、緑化の推進、世界平和、世界連邦建設等を目的としたものです。左の写真は、尾崎行雄先生と尾崎先生の意思を継承した相馬雪香先生です。相馬雪香先生の教えを受けた人は多数いると思いますが、雪香先生をおんぶしたことがあるのは、私(中澤誠)だけでしょう。すべての組織は利害で動く 日本は敗戦国となった時から、植民地以下の国になった。だが日本には至るとこに神社がある。それが唯一の救いだ。天之御中主様 この日本を目覚めさせていただきたく。 殺戮の無かった縄文時代に戻ることこそ重要である。
 
2026/08/06 14:26:49|その他
三木清全集  第六巻  ?史哲學  第二章 三 存在の?史性 95p1g
ニイチェが、「現存在はただ一つの間斷なき既存在である、自己自身を否定し、食ひ盡し、自己自身に矛盾することによつて生きる物である。」Dasein ist
nur ein ununterbrochnes Gewesensein , ein Ding,das davon lebt,sich selbst zu verneinen und zu verzehren,sich selbst zu widersprechen.
と記してゐるのは、かくの如き消息を傳へるであろう。辯證法は存在の?史性に對する最も根本的な且つ最も包括的な表現である。ところでここに一の原理的な命題がある。ーー存在と存在の根據との間に於ける辯證法的關係は存在そのもののうちには現はれる辯證法的關の基礎である。存在としての?史そのもののうちには辯證法的關係が見出されるのであるが、かやうな辯證法的關係の根抵となつてそれを現出せしめるものは、もともと事實としての?史と存在としている?史との間に於ける辯證法的關係である。これは後の章に於て示されるべき根本命題である、その準備の意味をも含め、今はこれまで述べて來たこととの聯關に於て次のことを記すにとどめよう。