ーーーーこちらは下です。上からお読み下さい☆ーーーー
茶色の包装紙から出て来たのは、黒地に赤い眼の描いてある表紙に赤字で『赤い隻眼』と書いてある、なんとも地味な本だった。 「おぉ、これじゃ!神永学の『赤い隻眼』!新品同然!キズ一つ無い!すばらしいぞティガー君!」 会長は大喜びだ。ティガーがたたみかけるように続ける。 「良いでしょう?初版ではないが、なんとサイン入りです。」 「なな、なんと!サイン入りかね?!偽造じゃないかね?」 「俺がそんな品もって来た事あります?」 「ム、それもそうか。だがこの間のを鑑定士に見せたら函があるそうじゃないかね?」 かぁいちょー・・・とため息をつくティガー。 「この前それは説明したじゃないすか。もう函が現存しているとは思えないんですってば。そのかわりに安くしましたしぃ。」 「おぉ、確かにそんな事を鑑定士も言ってたのぅ。」 「今度見かけたら持って来ますよ。もちろん追加料金は貰いますが、格安で!」 ・・・なんともディープな会話をしている二人に、ポチダは口を挟めずにいた。 追加料金の交渉に入りかけていた二人だが、会長が途中でポンと手を打った。 「おぉ、そうじゃ!すっかり忘れておった。歩千田君、もう分かっとるだろうが、彼がワシの眼となり足となって古書収集に励んでくれとるティガー君じゃ!古書収集が本業ではないのはもう聞いたかね?」 やっと思い出してくれた・・・ポチダはちょっとホッとした。 「はい。」 「彼の本業は聞いたかね?」 「会長さん、それはちょっと・・・」 会長のその質問に顔をしかめるティガー。 「いかんかね?」 「はい、とても。」 即答だ。もしかして、彼はとんでもなく危険な仕事をしている人間なのではないだろうか。探偵とか、スパイとか?ポチダはチラッと思った。本の読み過ぎだ、とすぐ打ち消したが。 「そうか・・・まぁ、仕方あるまい。」 会長は残念そうに言った。 「では、うな重を食べながら値段交渉といこうかの?チミ、凍り出し緑茶を!」 「はいっ!」 ポチダは慌てて用意しておいた特上うな重と凍り出し緑茶を取りに走った・・・
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「でも、なんでこんな新しそうな本が欲しかったんですか、会長?」 値段交渉の後、残りのうな重を食べながらポチダは会長に訊いた。 「まだまだですねぇ、歩千田さん。」 うな重をもぐもぐやりながらティガーがクツクツと笑う。食べながら笑ってきちんとした発音で話すなんてものすごい芸当だ。 「この本は、絶版なのはもちろん、作家『神永 学』の出版本としての処女作なんじゃよ。出版当時はあまし売れなかったせいで数も多くなく、おまけに今、上の中程度の人気の作品『心霊探偵八雲』シリーズの前身でもあるのでそれなりに価値がある。元々は千円くらいだが、今はサイン無しで九千〜一万円くらいかの?」 会長が(きちんと口の中のモノを飲み込んでから)答えた。 「『心霊探偵八雲』、ですか?」 「知らんのかね?」 会長が避難がましく言う。そんな眼で見られたって、知らないモノは知らない。ポチダは困ってしまった。 「『心霊探偵八雲』。現在六巻まで+外伝が一つ出ており、霊の見える青年『斉藤 八雲』が大学生をしながら様々な心霊事件を解決していく物語。八雲を慕う同級生『小沢 晴香』を主体に描かれているが、時折ちがう人物が主体になるなど『映像を意識した文体』が読みやすく特徴的な作品。読者層は八雲の捻くれた性格と時折見せる優しさにメロメロ・クラクラになっているコアな女性ファンが主で、年齢は幅広い。・・・こんなとこっすよね、会長さん?」 ティガーがさらっと言った。情報に関心してか、会長はすぐに機嫌を直した。 「ウム、その通り!ホレ、歩千田君、チミも少しは見習いたまえ。」 「は、はいっ。にしても、さすがは古書収集のプロ。すごい情報量ですね。」 ティガーがまた笑う。 「元は只の本好きですから。気になった本をチェックしてるうちに色々と集まるんですよ。」 会長はうんうんと頷く。 「本好きの旅好きだからこそできる副業だのぅ。ちなみにこのシリーズのワシの感想はただ一言、『こういった人物こそが業界には必要だった!』・・・才ある人材は皆マンガのストリーテラーなどになってしまうから、中々新しい文体の作品が生まれて来ん。この人材は大切にせにゃならん。ココの出版社は人使いが荒いみたいじゃから心配だの。」 ティガーもうんうんと頷く。 「俺はこのシリーズそんな読まないんですけど、同じ著者の『山猫』はけっこう好きっすよ。なんか、意欲作って感じがすごい出てて、よーし、良いぞ、作者ガンバレ〜って言ってやりたくなります。」 「未来ある作者なんですね・・・」 ポチダはしみじみと言った。 「まぁ、そんなトコです。」 ティガーがさっと立ち上がる。いつの間にかうな重はきれいに空になっていた。 「会長さん、お昼ご馳走様でした!では、次の依頼は例の函だけで良いですね?」 「ウム。よろしくの。」 会長も立ち上がる。ポチダは(秘書らしく)サッと重箱を片付けた。 軽くお辞儀をして会長室を退出しようとしたティガーに、ポチダは慌てて声をかけた。 「ロビーまで案内しなくて大丈夫ですか?」 「記憶力には、自信ありますから。」 ティガーは日だまりの猫の様な、否、正確には日だまりの虎の様な笑顔で答えて去って行った・・・
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 不思議なお客・完 (でも、古書収集のプロはまた出て来るかも。)
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