哲学が 根本になければ、砂上の楼閣にすぎぬ。このサイトは持続可能な社会を目指して、地球温暖化防止、緑化の推進、世界平和、世界連邦建設等を目的としたものです。左の写真は、尾崎行雄先生と尾崎先生の意思を継承した相馬雪香先生です。相馬雪香先生の教えを受けた人は多数いると思いますが、雪香先生をおんぶしたことがあるのは、私(中澤誠)だけでしょう。すべての組織は利害で動く 日本は敗戦国となった時から、植民地以下の国になった。だが日本には至るとこに神社がある。それが唯一の救いだ。天之御中主様 この日本を目覚めさせていただきたく。 殺戮の無かった縄文時代に戻ることこそ重要である。
 
2026/08/06 16:51:46|その他
田邊元全集 第七巻 「種の論理」論文集 ニ  實存哲學の限界 ニ 8p10g
斯かる主觀性を脱しない實存を以て、世界の方向に超越と面することは出來る筈がない。ハイデッガーが超越を説くも、單に地平の脱自的統一に含まれる主觀的内在的超越性に止まること、死を説くも「死に對する存在」としての生に止まるが如くである。實存を超越に當面せしめて、自己を超越から授けられたものと自覺する立場に轉ずるやうなことはない。これに對しヤスパースが理性の統一する存在の諸段階を、いはゆる包括者の無限包容性に據つて展開し、その包容の界位にいはゆる限界境位を實存に對し認めたことは、氏の哲學をハイデッガーの主觀的實存哲學に對し現實的實存哲學たらしめるものである。一が時間的實存哲學たるに對し、他が空間的實存哲學として性格づけられるのも、當然の事である。これは實存哲學をより具體的なる地盤に立てるものとして、確に大きな進歩といはざるを得ない。