哲学が根本になければ、砂上の楼閣にすぎぬ。このサイトは持続可能な社会を目指して、地球温暖化防止、緑化の推進、世界平和、世界連邦建設等を目的としたものです。左の写真は、尾崎行雄先生と尾崎先生の意思を継承した相馬雪香先生です。相馬雪香先生の教えを受けた人は多数いると思いますが、雪香先生をおんぶしたことがあるのは、私(中澤誠)だけでしょう。すべての組織は利害で動く 日本は敗戦国となった時から、植民地以下の国になった。だが日本には至るとこに神社がある。それが唯一の救いだ。天之御中主様 この日本を目覚めさせていただきたく。 殺戮の無かった縄文時代に戻ることこそ重要である。
 
2026/03/08 17:36:42|その他
田邊元全集 第七巻 「種の論理」論文集 ニ  實存哲學の限界4p14g
そこには、自己が世界の内に否定せられて自己を失ふことにより却て自己を實現し、斯かる自己の心身脱落により世界が脱體現成して絶對現實に達するといふことがない。斯くて超越は他者に止まり、他者超越?自己内在といふ轉換が成立たない。超越が絶対無にまで徹底せられずに存在として有たる性格を留める所以である。これは實存哲學が行の立場ならぬ觀或は覺の立場に止まる結果に外ならぬ。それが?史的行為的辯證法に到達せず、單にいはゆる内的行為としての思惟の自覺に終始するのは已むを得ない。ヤスパースがその自覺内容に於ける對立契機の關係を分極とか緊張とか言表はすのもシェリング的であるが、現實は單に分極緊張に止まるものでなく、分裂崩壊と綜合統一との轉化更代をも示す。實存は斯かる現實の轉化を自己の行為と媒介する實踐者の内的自由の發動でなければなるまい。ヤスパースの實存は、なほハイデッガーに於けると同様に静力學的均衡的觀想を脱しない。眞に動力學的危機的に?史的現實へ破り出る無の行為的自發性にまで徹底せられて居らぬ。これは超越が?内在であり、往相が?環相である絶対無の動静一如に達せざる為である。ヤスパースの現代に對する批判は『當代の精神的状況』以來人の注意を惹く所であるが、そのいはゆる豫後診斷が哲學的覺者眞人の運命愛的自由への覺醒に止まり、積極的に?史的實踐へ死?生的に參加することを目標とするものでないことは、周知の通りである。私は此處に實存哲學の限界を感ぜざるを得ない。