みなさんは第二次の子供ですが、私は世界最初の全世界的な第一次世界戦争の子供でした。第一次世界戦争直後の世界の政治的、社会的な動きは、日本では想像もできないほど深刻なものでした。たとえば、一九一九年のアメリカでは、ボストン市ーー上品なおちついた東部の都会ですーー警官が組合を結成しようとして拒否されたためストライキにはいるというような事態がおこり、そのほかつぎつぎと大きなストライキがおこっていました。 しかし、ヨーロッパでは、事態はもっと深刻でした。ドイツやオーストリアは共和国になっており、食糧は不足で、道を歩いている人が私の前で栄養不足のためにパタリとたおれるようなことはがあり、小学生のあいだに結核患者が多く、またつぎつぎと大きなストライキがありました。このような事情のなかでなにも知らない私の注意をひいたのは、各国の平和主義者の活発な動きでした。ベルリン大学のアインシュタイン教授やフランスのロマン ? ロランは『平和の守り』という雑誌を出していましたし、アンリ?バルビュスの演説会のビラなどがベルリンの町にはられていました。 わたしがいちばん驚いたのは、英?仏?独の職業軍人のなかから反戦主義者が出たことで、ことに、ドイツのシェーナイヒ元陸軍中将(ベルリン大学名誉ドクトル)は、ドイツ軍部の戦時中の戦勝報道の誇大だったのを知って強い反戦主義者に成っていました。 |