哲学が根本になければ、砂上の楼閣にすぎぬ。このサイトは持続可能な社会を目指して、地球温暖化防止、緑化の推進、世界平和、世界連邦建設等を目的としたものです。左の写真は、尾崎行雄先生と尾崎先生の意思を継承した相馬雪香先生です。相馬雪香先生の教えを受けた人は多数いると思いますが、雪香先生をおんぶしたことがあるのは、私(中澤誠)だけでしょう。すべての組織は利害で動く 日本は敗戦国となった時から、植民地以下の国になった。だが日本には至るとこに神社がある。それが唯一の救いだ。天之御中主様 この日本を目覚めさせていただきたく。 殺戮の無かった縄文時代に戻ることこそ重要である。
 
2026/05/30 14:11:48|その他
笠信太郎全集 第五巻 私の人間像 ? 日本像 頭脳と情熱の人 三木清 501p
昭和十四年前後のことであった。それ以前から手紙の往復はあったが、三木清君との親しい交友は、このころ、およそニ、三年の間のことであった。私は、昭和十五年の末に、海外に出たので、その後のことはよく知らないわけだが、私が三木君の非業の死を知ったのは、戦後まだスイスに滞在中のことであった。もう戦争も終わって、海外には居るものの、私などもなにやらこのからだにからみついた目に見えぬ鎖が、一時に解け落ちた気持ちでいるときであっただけに、三木君の死を聞いたときは、まるで大切な持物を橋の上からあやまって川の中に取り落したような気持ちであった。それからニ十年が過ぎてしまったが、三木清君は、私のなかでは依然として四十三、四の元気な姿である。元気とはいえ、日毎に重苦しく濁ってゆくあのころの空気が、おかにも三木君の平生からわるいノドを刺激して、あのひどいセキをいよいよはげしくしてゆくといった
思いのする三木君の姿である。