哲学が 根本になければ、砂上の楼閣にすぎぬ。このサイトは持続可能な社会を目指して、地球温暖化防止、緑化の推進、世界平和、世界連邦建設等を目的としたものです。左の写真は、尾崎行雄先生と尾崎先生の意思を継承した相馬雪香先生です。相馬雪香先生の教えを受けた人は多数いると思いますが、雪香先生をおんぶしたことがあるのは、私(中澤誠)だけでしょう。すべての組織は利害で動く 日本は敗戦国となった時から、植民地以下の国になった。だが日本には至るとこに神社がある。それが唯一の救いだ。天之御中主様 この日本を目覚めさせていただきたく。 殺戮の無かった縄文時代に戻ることこそ重要である。
 
2026/06/16 18:31:30|その他
三木清全集  第六巻  ?史哲學  第二章 一 存在の?史性 63p11g
ヘーゲルもこのやうな規定を踏襲して、「偶然的なものとは一般に、その存在の根據を自己自身のうちにでなく、却て他のもののうちにもてるが如きものである」、と語つてゐる。かくて神以外の一切の現實的なものは凡て偶然的であると云はれるのである。ことわるまでもなく、偶然性に就いてのかくの如き規定は、現實的なもののその存在に於ける規定であつて、今日普通になされる如き、認識の見地から、從つて法則、殊に因果法則の見地から偶然性を規定するのとは全く異つた仕方に於ける規定である。ひとはこの場合にも先づ認識論的偏見によつて導かれるやうなことがあつてはならぬ。
それでは如何やうにして我々は、現實存在並にそれの偶然性に關する右の如き傳統的な存在論の思想を新たなる理解にもたらし、我々の?史哲學の内容となさうとするであろうか。