哲学が根本になければ、砂上の楼閣にすぎぬ。このサイトは持続可能な社会を目指して、地球温暖化防止、緑化の推進、世界平和、世界連邦建設等を目的としたものです。左の写真は、尾崎行雄先生と尾崎先生の意思を継承した相馬雪香先生です。相馬雪香先生の教えを受けた人は多数いると思いますが、雪香先生をおんぶしたことがあるのは、私(中澤誠)だけでしょう。すべての組織は利害で動く 日本は敗戦国となった時から、植民地以下の国になった。だが日本には至るとこに神社がある。それが唯一の救いだ。天之御中主様 この日本を目覚めさせていただきたく。 殺戮の無かった縄文時代に戻ることこそ重要である。
 
2026/03/22 23:16:28|その他
ハイデッカー著 存在と時間 (上)序論 存在の意味への問いの提示 第一章 存在の問いの必然性、構造および優位 第一節 存在への問いをあからさまに反復する必然性19p4g
もしも「自明の理」が、そしてほかでもなくそれこそが、すなわち「通俗的理性のひそかな判断」(とカントが呼んだもの)が、哲学的分析論の明確な主題(すなわちカントのいう「哲学者たちの仕事」)となるべきものであり、かつこの主題でありつづけるべきものであるとするならば、哲学的基礎概念をめぐる領域で、いわんや「存在」の概念を念頭におきながら、自明性を典拠にしようとすることは、どうにもいかがわしい仕業である。
ところで、これらの予断を考慮して同時にはっきりしてきたことは、存在への問いにはただ答えが欠けているだけでなく、問いそのものさえ不透明で無方向なものだということである。したがって、存在問題を反復するということは、とにかくまず問題設定をゆきとどいた形で開発するということを意味するのである。