二科 山梨支部

◇事務所 公益社団法人二科会山梨支部事務所 〒408-0036 北杜市長坂町中丸1498-3 [支部長]矢野兼三☎0551-32-3661     ◇事務局 [事務局長]出月智子☎055-272-2466 [事務局長補佐]菊島ちひろ☎0551-28-5447 [事務局長補佐/広報・ホームページ編集]坂本充☎0551-36-5903          
 
2012/09/25 20:17:01|山梨支部イベント・案内
第一回二科会山梨支部展、盛況の中終了

2010年12月3日から2011年1月6日まで、甲州市勝沼ぶどうの丘美術館で開催していた第一回二科会山梨支部展は、予想を上回り、800名を超える美術愛好家にご来場いただき、盛況の中、無事終了いたしました。「メディアの報道で、来場したと」か「山梨で二科展が見られるとは思っていなかったのに、良い展覧会を見せてもらった」とかいろいろありがたいお言葉を頂き、支部一同、ご来場者、ご支援を頂いた後援団体・報道各社・二科会関係者に心より感謝しています。又今回の一般出品者二名、特別出品者一名が新たに二科会山梨支部同人になり、本年から支部の活動に参加いただくことが決まり、加えて、学校関係者が多く見えられ、特別出品の甲府出身二科会会員五味祥子さんの作品が県立甲府西高に寄贈されることが、展覧会中に決まり、展覧会最終日に作品をお渡し致しました。 近いうちに新同人のギャラリーもこのホームページにて開設予定です。楽しみにお待ちください!!! 写真上から、                                二科会会員五味祥子「遺跡の人」(F100)、            新同人 岸ユキ「畑の雫」(F80)、                        新同人 長澤登美子「2001・11・15・誕生」(F80)、            新同人 曽我志緒美「憤怒」(F80)                                                                                







2012/09/25 20:17:00|山梨支部報
二科会について(出典: フリー百科事典『ウィキペディア』)
二科会(にかかい)は、「二科展」で広く知られる美術団体で、日展雄の前身で、明治・大正時代に官展と位置付けられた文部省美術展(文展・現在の日展)・帝国美術展(帝展)から分離・独立し、自由で形に縛られない在野美術団体の草分け的な存在です。

【沿革】

1914年(大正3年)文部省美術展覧会(文展)洋画部で、新しい傾向
         の作品の評価で意見が分かれ、日本画部に倣
         って、一科・二科分離運動が起こり、分裂。
         在野美術団体として『二科会』が結成された。

1919年(大正8年) 二科会で、初の彫刻家(藤川勇三) 会員推挙。藤川勇三
         の彫刻作品は、山梨県立美術館に常設展示されている。

1944年(昭和19年)第30回展開催後解散

1946年(昭和21年)二科展再開、第31回展開催

1947年(昭和22年)現代潮流を尊重し、一流一派に限定しない二科
          精神を宣言し、第32回展開催

1951年(昭和26年)「商業美術」部門(現デザイン部門)の新設。
         この年から、二科会で、絵画部・彫刻部の分離、
         二科展三部門になる。 

1953年(昭和28年) 東郷青児会長発案で四部門目に写真部創設、
         創立会員林忠彦・早田雄二・秋山庄太郎・大竹
         省二の4名。本年より二科展は四部門で開催。

1979年(昭和54年)絵画・彫刻部は、社団法人二科会設立登記。

2009年(平成21年)二科会写真部が有限責任中間法人から一般社団
         法人二科会写真部に移行

2012年(平成24年)二科会絵画・彫刻部(一般社団法人二科会)は、
         「公益社団法人二科会」として、4月1日登記。 
         デザイン部は一般社団法人二科会デザイン部設立。
 
 二科展は、公益社団法人二科会[絵画部・彫刻部]、一般社団法人 二科会デザイン部(1951年初参加)、一般社団法人写真部(1954年 初参加)、四部門・三団体で、開催しており、2007年から会場を 東京都美術館から、国立新美術館に移し、現在に至っている。 

【結成の経緯、名前の由来、気風】
文部省美術展覧会(文展)は官展(=政府主催の展覧会)であり、大正初めには、画家の登竜門のひとつとして重要な存在になっていた。 その日本画の部門は、旧と新の二科に分かれており、新しい傾向の画家たちも比較的活動しやすかったのに比べて、洋画部門はそのようになっていなかった。そして、審査側が硬直的・停滞的な体質に陥っていた。 山下新太郎、津田青楓、有島生馬ら、新帰朝者を中心にしたグループは、1913年の文展の審査に不満を持ち、日本画同様の新旧「二科制」を政府側に建白書を提出したが、受け入れられそうにないため、新しい美術の発展を図るために文展を脱退し、在野の団体「二科会」を結成した(文展に出展しないことが参加条件であった)。 創立メンバーには、石井柏亭、田辺 至、津田青楓、梅原龍三郎、柳 敬助、山下新太郎、小杉未醒、有島生馬、斎藤豊作、坂本繁二郎、湯浅一郎らがいた。続いて、安井曽太郎、正宗得三郎、熊谷守一も参加。宮本三郎、小出楢重、小山敬三、国吉康雄、松本俊介等も所属。 後に独立美術協会、一水会、行動美術協会、二紀会、一陽会が独立した。 その後も、創立時の気風は受け継がれ、新しい傾向の作家に活躍の場を提供、多くの芸術家を輩出し続けている。
 







2012/09/25 20:16:52|山梨支部イベント・案内
第一回二科会山梨支部展開催中

二科会山梨支部が昨年12月に設立され、一周年に、甲州市営勝沼ぶどうの丘美術館で、12月3日〜平成 23年1月6日まで、第一回二科会山梨支部展を開催しております。 出品は  ●同人六名の二科展出品作等大作各人3点、小品各人2点 ●一般出品二名により大作3点 ●二科会常務理事や理事など、支部設立に支援して頂いた 会員四名の賛助出品4点 ●二科展で活躍する山梨ゆかりの作家として、元常務理事 故天野三郎の小品3点、甲府市出身の二科会会員五味 祥子のF100号、韮崎に畑を持つ女優・レポーターで活躍 する岸ユキのF80号 大作から小品まで、バラエティーに富む展示作品は充実したものになり、反響が大きく、新聞・テレビの取材も相次ぎ、来場者に楽しんでいただいています。 二科会山梨支部は、昨年12月に設立した時点では同人6名でスタートしたのですが、3名の同人が、来年から加わることになり、9名となります。二科展に挑戦しようという方、一緒に、やろうという方、大歓迎です。







2012/09/25 20:16:10|同人二科出品作
2010年 第95回二科展 会友出品作品

第95回二科展が、例年通り、秋の公募団体展第一陣として東京都港区六本木の国立新美術館にて9月1日から開催されています。県内からは、二科会山梨支部同人の会友二名と一般の部入選四名(同人全員入選)の作品を紹介いたします。又今年は、30年ぶりに、韮崎市在住のレポーター・タレントの岸ユキさんも、二科展に出品され、見事入選されました。岸さんは、いろいろ委員会に参加され、社会奉仕活動や、山梨県韮崎に居を構え、農業に勤しんで、地域住民と交流されています。 二科会会友 矢野兼三 「美術館の見える散歩道」(冬)F100 二科科会友 原ユキ子 「孤独(ひとり)」F100 山梨県ゆかりの一般出品者 岸ユキ 「はたけの雫」F100







2012/09/25 20:15:53|同人二科出品作
2010年 第95回二科展 二科会山梨支部同人一般の部入選

二科会山梨支部事務局長 外川昌宏「花火」F100 二科会山梨支部同人   浅利美伎子「卓上の詩」F100 同           佐藤久美子「憩う・・・ビュッフェの庭で」F80 同           外川照女 「街角」F100 山梨県内では、タレントの岸ユキさん以外に、三名の方が二科展に出品されましたが、残念ながら、今年は入選見送られましたが、今後二科会山梨支部にご参加いただく方向でご検討いただいています。