八ヶ岳南麓山鳥亭の日常を綴ります。
 
2022/01/23 16:18:00|教育
高大接続について(15)
写真:ブランシュたかやまスキー場

英国流文章教育(2)8歳~12歳
 
次に、児童は「目的を決めて報告・レポート」を書く方法を学ぶ。例えば「好きな乗り物について書く」という課題が与えられると、児童は教師が用意した乗り物についての数冊の本を読んで、ワークシートに自分が選んだ乗り物がどういう乗り物か、その特徴は何かなどを書く。ワークシートには乗り物の絵も描く。乗り物にまつわる自分の経験について書くこともある。これらの作業を通して、児童は、得た情報を整理することを学ぶ。このようなワークを一学期に1回の割で行う。ワークシートは、特別なものではなく、厚手のA3の白紙を二つに折って閉じたものである。子供たちはそれを「ブック」と呼ぶ。1回目は白紙3枚からなり、表紙・裏表紙と、文字や絵を書く作業ページが10ページある。2回目は、用紙が4枚になって、作業ページは14ページ。3回目は、用紙は6枚で、作業ページは22ページと、ブックが厚くなっていく。A君が作ったブックとしては、「ぼくの感覚器官」「ぼくの爬虫類ブック」が紹介されている。
 
ワークシートを使った学習と並行して、子どもたちは国語(英語)の授業でテキストを読んで問いに答えたり、綴りの練習や句読点の使い方などを学んだりする。そこは日本と同じだが、句ではなく文で答えることが、繰り返し求められるところが違う。
 
物語を書いて「ブック」の体裁にまとめる。教師は、読んだしるしに最後にチェックマークを書いて返す。教師は、この年齢では綴りや時制の間違いは、最小限の修正しかしない。文章の正確さより、まとまったものを書くことに意味があると考えているようである。よく書けている作品には「良い(Well done)」とか「がんばったね(Good try)」などと書いて返す。日本の学校でも児童に物語を書かせることはあるが、それほど頻繁ではない。物語を書かせる教育的意味は何か。一つは、物語を書く経験を積んでいけば、本を読んで自分ならこう書くと批判的に読書することができるようになるだろう。そして主人公(多くは自分)が、常に何らかの状況の中にいることを意識し、それを読者に分かるように説明する練習にもなるだろう。
 
教科以外の活動でも書く練習をする。「子どものための交通安全規則」の時間では、7枚のワークシートが渡された。1枚目は、絵の色塗りをしたり、適語を埋めて注意事項を完成させたりする。2枚目は、順不同に書かれた注意事項を、正しい順に並べて文を書き写す。注意事項の前後関係に注意を向けさせると同時に、大人が書いた文章を書き写すことによって、普段の作文とは違った表現を学ぶことができる。日本のテストによくあるように、注意事項に番号を振って、正しい順になるよう番号を並べて書きなさいといった質問の仕方はしない。あらゆる機会を捉えて児童が文を書くようにしむけるのである。3枚目は、「道路は斜め横断ではなくまっすぐ横断するのはなぜか」など、規則の意味が問われる。次に、4枚目から7枚目までは、裏表で7コマの交通事故の一連の場面を描いた絵が描かれている。生徒は、コマの絵を見て、ストーリーを組み立てる。学習時間の初めに聞いた事例や注意事項を、自分の頭の中で再構成する機会となる。
 
あった事を書く段階から一歩進んで、「推論」や「説得」、「議論」の要素を含む文を書く。
例1:手がかりとなる出来事(「二階で物音がする」、「黒板に字が書いてある」等)を基に、状況を推理(または想像)し文章で表す。
例2:物語を読んで登場人物を説得する。たとえば、登場した幽霊にもう出てこないでと説得する文を書く。
 
教師は、綴りの間違いや文法の間違っている箇所に下線を引いたりするが、子供が書いた内容には手をつけない。「良い」「良くなった」「短すぎる」などの評を加えるだけである。子供は、間違いを指摘されたスペルを三度練習し、それを教師が確認する。教師は、日付や題がないとそのことを指摘し、句で書くと文章で書きなさいと注意する。教師は、修正された箇所を確認してチェックマークを付ける。このような教師の指導方法は、初等・中等教育全体を通して一貫している。
 
9歳半ごろに学校として行う国語の正式の試験がある。問題は読解とエッセイ。読解はテキストについて質問に答える。ここでも「文章で答えなさい」と注意される。エッセイは三つの題から一つを選んで作文する。A君が受けた試験で出された題は、「淋しい海岸」「その瞬間!」「屋根裏部屋」だった。書く時の着眼点についての助言が付記されている。たとえば、「淋しい海岸」については、「淋しい海岸を想像し、詳細に興味深くなるよう描写しなさい。(以下略)」などとある。単に淋しいと書くのではなく、どのように淋しいのか、なぜその海岸が淋しく感じられるのか等、以前より詳しい描写力が求められている。
 
国語で養った話をしたり説明をする能力は、歴史や科学といった他の科目でも訓練される。歴史でローマについて学んだあとの1時間のテストでも、やはり「すべての質問に文で答えなさい」という指示がある。「ローマを築いた兄弟の名をあげなさい」という質問に、A君が「ロムレスとレムスがローマを築いた」と答えると、著者は「一応点がもらえた」と書いているから、もう少しなにか書かないと満点をもらえないようだ。単に「兄弟の名をあげなさい」という質問に対しても、兄弟の出自や時代背景を説明の中に織り込まなければならないのかもしれない。自分の知識や解釈を披歴する機会を与えられているのに、最小限の答えでは、機会を有効に使ったとはいえない、という考えだろうか。
 
理科室の使用に先立って、A君は「実験室での危険」について、絵を描いて説明文を書いた。A君が絵だけ描いて提出したら、『教師からは「C」の評価をもらって、「絵はだいたいよいが、文はいったいどこにあるの」と書かれた。そこで、注意事項を書き足して再度提出したら、「よくなった」という評になった。』教師は子どもが、教師の助言(コメント)を参考にして、文章を直しているかどうかを確認している。教師にとっては大変な労力だが、生徒にとっては、一度評価されて終わりではなく、助言を得て文章を修正することによって、自らの力量が上がるのを実感できるのだろう。
 
A君は、理科の授業が始まってすぐに、ガスバーナーの使い方を学んだ。「バーナーに火をつける」という題で、教師の説明を聞いて、バーナーの使い方を、バーナーをマットに載せるところから、順を追って箇条書きで書いた。日本でもガスバーナーの使い方を教師が説明するが、それを筆記させることはほとんどないだろう。これは、定まった教科書がないことと関係する。教科書がないから、このような基本的な事も自分で記録しなければならないのだが、その真意は、逆で、児童が書くよう仕向けるために、教科書を使わないのだろう。この頃になると、学習帳を用いる。上のような事情があるので、要点のみを書くのではなく、びっしりと文章による説明を書く。教師が配った資料を切り取って貼ったりもする。児童はこれを「ノート」とは言わず、「ブック」と呼ぶ。「ノート」は元々「短い記録」を指すから、このような学習帳は「ブック」が適した呼び方と言えるだろう。
 
理科の実験では、初めのうちは「タイトル」以下を一連のものとして書いているが、そのうち「タイトル」「目的」「器具」「方法」「結果」「議論」と区別して書くようになる。「議論」が導入されたばかりの実験では、生徒は、教師が用意した質問に答える形で、結果を基にした推論を書く。その後、質問も自分で考えるようになる。レポートを書く要領を、10歳前後から順を追って学習していることが分かる。
 
12歳前後になると、国語の時間に文学ジャンルに特徴的な比喩や描写の手法を学び、たとえばゴシックの手法を用いて物語を書くなどの課題が出される。異なる文体を模倣することによって、文章の目的にふさわしい文体への意識付けがされるだろう。
 
この頃、「議論文」の書き方を学ぶ。議論文とは、人によって意見の相違が生じる状況を扱う文章を指す。山本(2003)には次のように書かれている。
(p.119)あるトピックに対して賛成か反対かを論じるときには、次のような手順を踏むようにと指導されていた。「議論のもととなる事実を書きだすこと」「事実と考えを分けて整理する、それによって自分の見解が明確になるはずだ」「偏りのない公正な見方をするために、それぞれの立場の長所と短所を根拠を挙げて論じる」などである。
フランスのディセルタシオン(哲学小論文)(本稿「(3)論述問題とは何か」を参照)の手法と似通っている。A君が練習のために与えられた課題の一つは、「マクベスは王となるにふさわしい性格であるか」だった。文学作品の鑑賞と文章指導が一体となって、徐々に高度な課題が課される。
 





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