前回の投稿から2ヶ月が経とうとしている。光陰矢の如し。いつの間にか、夏が去ろうとしている。 久方ぶりにゆっくりした気分になって、午後から蓼科の笹離宮に行った。100種類以上の笹を集めた植物園である。鑑賞していると、笹の間から作業着姿で刈払機をもった老人が現れた。管理人さんと言うべきかもしれないけれど、そういう無機的な呼称より、老人というのがふさわしく感じられる人物だったので、ここでは敬いの気持ちを込めて老人と呼ばせてもらおう。連れ合いが、笹と竹の違いを質問した。老人は、今年育った笹と前年以前に育った笹との見分け方、弾力性の違いなどを、近くの2、3種の笹を手に取って我々に確認させた上で、見ての通り笹には一年を経ても鞘があるが、竹は鞘が落ちてしまって無いと教えてくれた。説明の前半で、せっかちな筆者は老人が質問内容を忘れてしまったのかと訝しく思った(連れ合いも後でそう言っていた)のだが、最後はよどみなく質問の答えに話をもって行った。その周到な説明の仕方に大いに感心した。(写真1:シロシマインヨウ。写真2:クマザサ) 老人と別れて見学を続けていると、いつのまにか連れ合いの姿が見えない。見学路の横に笹葉で屋根を葺いた竪穴式住居があったので覗いてみると、囲炉裏に火が入っていて、件の老人と連れ合いが談笑していた(写真3,4)。中は煙が立ち込めていたが、乾燥した暖かい空気で満たされていた。湿気を防ぐために下に竹炭を敷き詰めてあるそうだ。屋根を乾燥させるために、こうして時々薪を燃やすのだと、老人は言っていた。薄暗がりの中で火が揺れ、途切れがちに人の声がする。縄文時代の暮らしを想像した。 笹はいろいろな薬理作用を持つと言われている。そのせいかどうか、心身共にさわやかになった気がした。笹離宮の後は、少し足を延ばして「尖石の湯」で立ち寄り入浴をした。野趣満点の露天風呂は藻が繁殖するとかで、底がヌルヌルするのがちょっと気持ち悪かった。うっかり滑って、横の岩で頭を打ったら大変だ。冬には猿や鹿も入りに来るのではないかと思った。先客の、佐久の方から来たという若い人と少し話をした。 |