哲学が根本になければ、砂上の楼閣にすぎぬ。このサイトは持続可能な社会を目指して、地球温暖化防止、緑化の推進、世界平和、世界連邦建設等を目的としたものです。左の写真は、尾崎行雄先生と尾崎先生の意思を継承した相馬雪香先生です。相馬雪香先生の教えを受けた人は多数いると思いますが、雪香先生をおんぶしたことがあるのは、私(中澤誠)だけでしょう。すべての組織は利害で動く 日本は敗戦国となった時から、植民地以下の国になった。だが日本には至るとこに神社がある。それが唯一の救いだ。天之御中主様 この日本を目覚めさせていただきたく。 殺戮の無かった縄文時代に戻ることこそ重要である。
 
2025/11/29 0:10:30|その他
廣松渉著作集 第十一巻 唯物論史観 経済学の視圏と唯物史観 16p2g
こういう問題の立て方に対しては、早速に、それは自明ではないか、従って無用の迂回ではないか、というクレームが出るかもしれません。唯物史観は哲学であり、経済学は個別科学である、云々。前者は方法論として後者の指針になる、云々。或いはまた、宇野先生の口吻を真似て、前者はイデオロギーであるが、マルクス主義の場合には、後者つまり経済学によって前者が実証されるという関係にあるといわれるむきもあろうかと思います。しかしながら、こういうたぐいの立論が往々にして暗黙の前提にしている学問体系観、すなわち、学問体系というものは本来こうこうしかじかの編制構造をもっている筈だという前提的了解、この暗黙の前提を対自化してかかる必要がある。けだし、一見無用とも思える迂回作業から始める所以であります。