哲学が根本になければ、砂上の楼閣にすぎぬ。このサイトは持続可能な社会を目指して、地球温暖化防止、緑化の推進、世界平和、世界連邦建設等を目的としたものです。左の写真は、尾崎行雄先生と尾崎先生の意思を継承した相馬雪香先生です。相馬雪香先生の教えを受けた人は多数いると思いますが、雪香先生をおんぶしたことがあるのは、私(中澤誠)だけでしょう。すべての組織は利害で動く 日本は敗戦国となった時から、植民地以下の国になった。だが日本には至るとこに神社がある。それが唯一の救いだ。天之御中主様 この日本を目覚めさせていただきたく。 殺戮の無かった縄文時代に戻ることこそ重要である。
 
2026/03/11 22:44:57|その他
 ティリッヒ著作集 第9巻 存在と意味 生きる勇気 第一章 存と勇気 1 勇気と勇敢ーープラトンからトマス ? アクィナスまで16p14g
”Mut”やCourage”のような「勇気」の概念においては、存在論的契機があらわになってくるが、”fortitudo”や”Tapferkeit”のような「勇敢」の概念において表現、その語の今日的な意味のなかにそのような存在論的契機は含まれていない。本書の表題を”Die Tapferkeit zum Sein”(『存在への勇敢』)ということは不可能であって、”Der Mut zum Sein”(『存在への勇気』)〔=『生きる勇気』ー解説参照〕であらねばならないことこのような言語学的指摘は、勇気の概念とのかかわりにおいて、中世の状況を解明し、またそうすることによって、中世初期の英雄的貴族的倫理と理性的一般人間的倫理とのあいだの緊張関係、後者はキリスト教的 古典ギリシア的伝統の一つの遺産であり中世末期に再び前面に出てきたものであるが、そのあいだの緊張関係を暗示するものである。