哲学が根本になければ、砂上の楼閣にすぎぬ。このサイトは持続可能な社会を目指して、地球温暖化防止、緑化の推進、世界平和、世界連邦建設等を目的としたものです。左の写真は、尾崎行雄先生と尾崎先生の意思を継承した相馬雪香先生です。相馬雪香先生の教えを受けた人は多数いると思いますが、雪香先生をおんぶしたことがあるのは、私(中澤誠)だけでしょう。すべての組織は利害で動く 日本は敗戦国となった時から、植民地以下の国になった。だが日本には至るとこに神社がある。それが唯一の救いだ。天之御中主様 この日本を目覚めさせていただきたく。 殺戮の無かった縄文時代に戻ることこそ重要である。
 
2026/04/29 6:40:47|その他
バートランドラッセル著作集 別巻 私の哲学の発展 五 一元論にそむいて多言論へ 81p8g
私は、その日書きつけた覚え書きの中から、次の文章を示して、彼女に反対した。その文章とは、「ある意味するものはある。それゆえ、あるの意味するものは、あるとは異なる。〔もし同一だとすると、『あるの意味するものはある。』、と言う代わりに『あるはある』と言えるはずだが〕、『あるはある』と言うのは無意味であろうから」(What is means is and therefore differs from is,for “is is”would be monsense.)この文章がむずかしいのは長い語のせいであるとは言われないのである。しかし時が経つにつれて、私はそういう問題にわずらわされなくなった。そういう問題は、ひとつの語が何らかの意味をもつ場合には、その語の意味する何ものかが存在せねばならぬ、という信念から生じたものである。一九〇五年に私が到達した「記述の理論」は、上の信念が誤っていることを明らかにし、他のやり方では解決不可能な問題の多くを一掃した。