哲学が根本になければ、砂上の楼閣にすぎぬ。このサイトは持続可能な社会を目指して、地球温暖化防止、緑化の推進、世界平和、世界連邦建設等を目的としたものです。左の写真は、尾崎行雄先生と尾崎先生の意思を継承した相馬雪香先生です。相馬雪香先生の教えを受けた人は多数いると思いますが、雪香先生をおんぶしたことがあるのは、私(中澤誠)だけでしょう。すべての組織は利害で動く 日本は敗戦国となった時から、植民地以下の国になった。だが日本には至るとこに神社がある。それが唯一の救いだ。天之御中主様 この日本を目覚めさせていただきたく。 殺戮の無かった縄文時代に戻ることこそ重要である。
 
2026/03/25 0:04:20|その他
下村寅太郎著作集 第1巻 数理哲学 ? 科学史の哲学 科学以前  原始性と科学について 5p5g
いわんや我々の社会の如く、科学を既成品として受容し、それの形成や展開に参与せず、これを樹立するために血を流したり殉教者の存在したりしたことのないーーつまり「良心」の問題たる過程を体験せず、便利な既成の機具となり技術となった科学をしか見ない社会においては、科学は精神史的な背景をもたず、したがって意識の内部や深部に根を下ろしてはいない。もちろん、我々の先駆者がこの全く伝統を異にする考え方や知識を身に着けるためには絶大な労苦や努力が傾注されたことを無視しようというのではない。しかしその労苦はむしろ技術的な性格のものであって「精神」的な良心の苦悩ではなかったであろうーー。結局、我々の科学的意識はいずれの面においても我々の心の深部に達しているとは見えない。このことは逆に言えば、我々には神話的世界や精神からそんなに疎隔してはいないということである。しかしこれは必ずしも単に我々の社会の現実に止まらず、現代一般の現実でもあるであろう。あるいは人間そのものの現実と言うべきかもしれない。