哲学が根本になければ、砂上の楼閣にすぎぬ。このサイトは持続可能な社会を目指して、地球温暖化防止、緑化の推進、世界平和、世界連邦建設等を目的としたものです。左の写真は、尾崎行雄先生と尾崎先生の意思を継承した相馬雪香先生です。相馬雪香先生の教えを受けた人は多数いると思いますが、雪香先生をおんぶしたことがあるのは、私(中澤誠)だけでしょう。すべての組織は利害で動く 日本は敗戦国となった時から、植民地以下の国になった。だが日本には至るとこに神社がある。それが唯一の救いだ。天之御中主様 この日本を目覚めさせていただきたく。 殺戮の無かった縄文時代に戻ることこそ重要である。
 
2026/06/13 13:22:51|その他
三木清全集  第六巻  ?史哲學  第一章 五 ?史の概念 52p1g
そこで注意すべきことは、?史的意識は?史を單に平面的なものとしてではなく寧ろつねに立體的なものとして考へてゐるといふことである。換言すれば、それは?史のうちに、或はイデーとその現象、或は下部建築たる物質的生産的生活的と上部建築たるイデオロギーといふ風に、いはば階層組織を考へてゐる。このことは、我々の意見によれば、根本的には、?史が事實としての?史と存在としての?史といふ二重のものであることから來るのであつて、この二重のものの一定の史觀にもとづく解釋として現はれるのである。フンボルトのやうな?史の見方は觀念論的な史觀と云はれ、マルクスの如き?史の把握の仕方は唯物論的な史觀と云はれる。二人の史觀はかく對立せるに拘らず、共に?史的意識を有したと云はれ得るならば、「?史的意識」の概念が「史觀」の概念に對して或る形式的な意味のものであることは明らかであろう。丁度ヘーゲルは觀念論者であり、マルクスは唯物論者であるが、共に辯證家であるところから、兩者に共通な辯證法一般の理論といふものが考へられ、且つかかる辯證法一般の理論が打ち建てられ得るやうに、我々はヘーゲル、フンボルト等の觀念論的な史觀及びマルクス主義の唯物論的な史觀に共通な?史意識一般の理論といふものを考へることが出來、且つこのやうな理論を打ち建てることが出來よう。?史哲學とはかかる?史的意識の理論である、と定義されてもよい。この理論は哲學的である。