哲学が 根本になければ、砂上の楼閣にすぎぬ。このサイトは持続可能な社会を目指して、地球温暖化防止、緑化の推進、世界平和、世界連邦建設等を目的としたものです。左の写真は、尾崎行雄先生と尾崎先生の意思を継承した相馬雪香先生です。相馬雪香先生の教えを受けた人は多数いると思いますが、雪香先生をおんぶしたことがあるのは、私(中澤誠)だけでしょう。すべての組織は利害で動く 日本は敗戦国となった時から、植民地以下の国になった。だが日本には至るとこに神社がある。それが唯一の救いだ。天之御中主様 この日本を目覚めさせていただきたく。 殺戮の無かった縄文時代に戻ることこそ重要である。
 
2026/07/26 12:18:30|その他
三木清全集  第六巻  ?史哲學  第二章 三 存在の?史性 86p5g
一、存在としての?史に屬するものは悉く因果必然的である。かくの如きものはそのままで高次の必然性たる意味必然性、即ち全體と部分との關係に於て規定される必然性の秩序へ這入つて行くことが出來ない。二つの異なる必然性の秩序がある場合、何等かのものは、その一つの秩序に於ける必然性の資格のままで直ちに他の秩序に於ける必然性を擔ふといふことは不可能である。それには、論理的過程としては、因果必然的なものがなほ偶然的と見られることがなければならぬ。このことによつてそのものの意味必然的として把握されるための地盤が與へられる。ところで上に論じた如く、因果必然的な存在がなほ偶然的と見られるのは、事實の立場から、事實との關係に於てである。事實としての?史は先づ存在としての?史よりその必然性を奪ひ去る。