白樺 青空 南風・・・
ご存知、千昌夫の大ヒット曲ですが、作詞したのが、いではく先生なんですね。
つい先日新聞のコラムで、この方がなんと隣町、といっても長野県なんですが、南牧村のご出身やと知ったんです。
こぶし咲く あの丘 北国の・・・
この北国って、じつは東北地方ではなく、ふるさと南牧村海ノ口の、風景やったんやそうです。 びっくりしました。 子どもの頃に観た、春の訪れを告げる神社の境内のコブシの印象が、心に深く刻み込まれてたんやとか。 この神社が現在もあると知って、今朝早く、訪ねてきました。
千曲川の脇、JR小海線の鉄橋のたもとに、それはありました。 ちいさなちいさな神社でした。気をつけていないと見落としそうになるくらい。 湊神社。武運長久と、水防の神様が祭られてるそうで。 水防・・・ひっくり返したら防水でんがな。 これはもう、しっかりお参りしとかなあきません。 「良いご縁」お賽銭115円に願いを託し、拝ませていただきました。
参拝のあと、こじんまりした境内をぐるっと歩いてみると、あった! 白い大きな花びらを重ねて、コブシの花が咲いていました。もぉ盛りは過ぎたんでしょうか、花の勢いは今ひとつでしたが、たしかにそれは、いではく先生が子どもの頃に観た、「北国の春」に唄われたコブシでした。
ところで、なんでワタシがそんなに「北国の春」にこだわるんでしょう? これには深い訳があるのです。 笑ろたらあきまへんで。
じつはワタシ、子どもの頃、本気で歌手になるつもりやったんです。 電車に乗っていく幼稚園通わされてましたんで、家の近所に友だちはおらん。 いっつもひとり公園の箱ブランコこいで、「あれはさんねんまえ、とめる、あなた、えきにのこしぃ、うごきはじめたきしゃに、ひとりとびのぉったぁ・・・」とか唄いながら、ブランコ飛び乗ったり飛び降りたりして遊んでました。 ワタシの友だちは歌でした。それもムード歌謡とか演歌ばっかし。
生まれて初めてオーディションなるものに行ったとき、予選で唄わせていただいたのが、この 「北国の春」やったんです。 13歳くらいやったかな、もちろん親には内緒で、「スター誕生」の予選会場のある大阪まで、 ひとり電車に揺られて行ったっけ。 当時、千さんがよれよれコートにボロいトランク持って唄ってたんで、ワタシなりに衣装も考えて、その結果、詰め襟の学生服、麦わら帽子、黙って持ち出した父親の通勤カバンといぅいでたちでした(爆)。 審査員には大ウケやったんですが、結局不合格。当時は演歌っちゅもんは、ある程度人生経験積んでから唄うもんじゃといぅ空気が流れてまして、時代を先取りし過ぎたんでしょな(猛爆)。
けど、後にその経験が役に立ちまして、時効やからいぃますが、16歳のころから飲み屋へ出入りしてたんですけど、お客さんたちによぉ可愛がられまして、カラオケのリクエストいただいては唄ぉて、お酒やお料理をたいへん御馳走になりました。
そんなわけで、「北国の春」は、ワタシにとって思い出深い一曲なんでございます。
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