新聞、雑誌等に書いたもの、どっかでしゃべったこと、書き下ろし……の置き場です。 主に文学・歴史関係が多くなるはずですが、何にでも好奇心旺盛なので、どこまで脱線するか?!。 モノによっては長いのもありますが、興味のあるところから御覧下さい。
 
CATEGORY:マリリン・モンロー

2012/07/29 16:23:22|マリリン・モンロー
スズキシン一さんのこと

毎年、この時季になると増穂(当時)のスズキシン一宅で、賑やか、かつ大真面目で「マリリン忌」を挙げていたのを懐かしく思い出す。


スズキさんは甲斐市の山中にアトリエを新築して移り、病を発して2001年8月12日に亡くなった。まだ60代で、あっという間の死だった。誕生日と同様、命日もマリリンのそれと(5日)とても近い。


銀座の青木画廊で日本マリリン・モンロークラブを中心に「マリリン・モンロー没後50年記念展」が開かれている。主体はスズキさんの作品。どれもこれも顔見知りの懐かしい作品ばかりだ。


決死の覚悟で画廊を訪れ、酒田に住む実弟の勉さん(写真左)と奥さんの和美さんに会う。帰ってからスズキ作品を表紙にした(エッセイも掲載した)雑誌「猫町文庫」第二集を差し上げることにした。画廊の展示にも雑誌を加えてもらおうと思っている。


隣の洋食屋が、この猛暑のせいか、行列もなかったので、地下でタンシチューの昼食をとるというのを唯一の贅沢にして帰路につく。


 







2010/12/07 18:04:23|マリリン・モンロー
マリリンin「アスファルト・ジャングル」
アスファルト・ジャングル(1950)
THE ASPHALT JUNGLE


 マリリン5作目の映画。
MGMに貸し出されて出演、一躍注目された。
touch of naivete(天真爛漫の味)があったという。
彼女は後に、たびたびこの映画に言及する。
「コメディやミュージカルがいやっていうわけじゃないの。でも、シリアスなのも演ってみたい。『アスファルト・ジャングル』みたいな。」
いつ、どこでのインタビューだったか。
マリリンはこの映画にどんな思い入れを持っていたのだろう。

 光量の少ないカットが多い。
闇の中に、男たちの欲望がうごめく。
競馬のノミ屋、刑事、ギャング、探偵、弁護士。
いずれも「悪徳」と冠し得る。
マリリンは悪徳弁護士エマリック(ルイ・カルホーン)の若い愛人アンジェラだ。
50年代のハリウッド映画では、禁句だったmisstress に代わり従姉妹となっている。
が、ふたつの屋敷、3台の車とともに「ブロンド一人」とカウントされる所有物であることにかわりはない。

 男たちは50万ドルの宝石強盗を企てる。
綿密な計画も思いがけないところからほころびる。
警報、仲間の銃創、エマリックのお抱え探偵の死。

 アンジェラはエマリックのために偽証するが、刑事に恫喝されて真実を話してしまう。
「ごめんなさい。でも、私、一生懸命努めたのよ。」
エマリックに甘えるカットから、夜中のノック、この台詞-マリリンの表情の変化がいい。

 登場場面は少ないが、マリリンの多様な面が出ていて、魅力的だ。
父親のような年令のエマリックの朝食のために好物の塩サバ!を買う女。
24歳のまことに知的でほっそりしたパンツ・ルックも珍しい。
気分転換に旅行をしようというエマリックに、かねて用意のリゾート案内を抱えて来て
「ウワアオ!」
と叫ぶ娘。
逮捕されたエマリックに、
「旅行には行ける?」
と尋ねて
「君は、行けるさ。」
と言われ、今泣いたカラスがもう笑ってしまうアンジェラ。
怖い刑事に対抗して、エマリックの権威をかさに着ようとする娘。
アンジェラは若い娘なのである。

「犯罪とは、人間の努力が裏側に現れたものにすぎない。」
と公言するエマリックにとって、アンジェラはつかのまのやすらぎだったのだ。
人は誰かの前ではとてつもない善人だ。
ジャングルでは野獣だったとしても。
どちらも本当の顔である。
「可愛い奴」というエマリックの台詞には実感がある。

 ほかにも印象的なキャラクターも多い。
父親の死と不作で失ったサラブレッド牧場をとりもどしたいと願うディックス(スタリング・ヘイドン)。
彼の目には、今も少年時代に見た馬(コーン・クラッカー)の雄姿が焼きついている。
今はただの用心棒だ。
彼に思いを寄せる酒場の女ドール(ジーン・ハーゲン)。
銃創を負ったディックスは、ドールに付き添われてケンタッキーのヒッコリー・ウッド牧場にたどりつき、息絶える。

 マリリンはもういっぺんアンジェラを演じたかったのか、それとも、ドール?(「マリリンに会いたい」6 1993・2)






2010/12/04 10:45:13|マリリン・モンロー
マリリンin「イヴの総て」(1950)
イヴの総て(1950)
ALL ABOUT EVE


 「役者バカ」。
『イヴの総て』を見ていて、そんな言葉を思い出した。
元来、これは芸への執着と外への無頓着をいうほめ言葉なのだろう。
僕が思い出したのは、その意味ではない。

 芸で客をつかみ人気を得ていると役者は思う。
けれども本当は、脚本家・演出家、さらには興行主・ジャーナリズムといった「寄生虫」によって「役者」となっていくのかも知れない。
あるいは、美貌と若い肉体によって。資金・コネ・PR・セックス。

 マーゴ(ベティ・デービス)は、40を越えてそれを痛感する。
「時分の花」が衰え始めて、はじめて気がついたのである。
彼女をいっそういらつかせるのは、自分を崇拝し「教科書」にしたいと公言するイヴ(アン・バクスター)である。
イヴは若く美しく、謙虚で細々と気がつく、模範的な「内弟子」であるかのようだ。

 彼女は芸だけでなく、マーゴをスターにしてきた脚本家・演出家・興行主・ジャーナリスト、愛人さえ盗もうとする。
彼女のこわいところは、彼らの役まわりを知っていて、利用しようしている点だ。

 演劇学校出の役者の卵カズウェル(マリリン・モンロー)は、まだ、それに気づいていない。
彼女は劇評家アディソン(ジョージ・サンダース)の愛人として引き立てられている。
彼女は自分の美貌と受けてきた役者修業に自信をもち、この業界に雄飛できると思っているから「寄生虫」どもへのイロニカルな態度を崩さない。
本当は彼らがそれを許容しているのだということを、彼女は知らない。
細面のマリリンは、横目で口許に笑みを浮かべてしゃべる。
僅かな出番だが、生意気でちょっと意地悪そうで無知な新米役者を、マリリンはうまく演じている。

 彼女はイヴと競り負け「寄生虫」どもに見放されTV界におもむく。
「英仏海峡を泳いで渡ったみたいだわ」
という名台詞を残して。
「TVではオーディションがあるのかしら」
と問う彼女に、アディソンは「TVはそれだけだ」と言う。
TVの安直ぶりは、50年代に夙に見抜かれていたのかと興味深い。

 イヴも、また、「寄生虫」どもの食い物にされ、「役者」を演じさせられる運命である。
我らが女優マリリン・モンロー自身も?(「マリリンに会いたい」・3 1992・11)






2010/12/03 15:54:30|マリリン・モンロー
マリリンin「彼女は二挺拳銃」(1950)

彼女は二挺拳銃(1950)  
A TICKET TO TOMAHAWK


 開通したばかりのトマホーク行鉄道。
ただし、途中のレールがはずされるという妨害を受けたため、第1号の車両は馬で牽いて運ばなければならない。
これに乗り込むドサまわりの芸人一座。
マリリンは4人のコーラス・ガールのひとりクララに扮する。

 マリリンの出番は少ない。
出発の際の馬車から、にこにこ、手の平ひらひら。
野営地での即席ショー。
インディアンとの戦闘シーン。
タイトルをにらんでいても、おや、マリリンの名前がない、と思っていたら、読めないような小さな字でやっと登場。
物好きが数えたら22番目だったという。
ほんの端役だ。

 けれども、デビューの時からの特徴で、マリリンはどんな端役でも、ひとり目立ってしまう。
その明るさ、きびきびした、しかし、多少不器用な動き、体全体から発散する華やかさ。
どこにいても光っている。
同じ新米女優のなかで疎外されやしないかと心配なくらいだ。
彼女の色気を、気だるい、スロー・テンポなところにある、と思っているのはかんちがいだ。

 汗くさい男たちの、多分にエッチな興味で、野営地の即席のショーが始まる。
4人のコーラス・ガールが赤・青・黄・緑のコスチュームで、ふりをつけながら歌う。
黄色がマリリンだ。
「ジョーってずうずうしいのよ。あたしといっしょだと、いつでもキスしようとするの」
てな歌だ。
男たちは大喜び。

 歌はともかく、手をあてて腰をふり、肩をゆらし、両腕をウェーブさせて、野球拳よろしく踊る。
けっしてうまいとはいえない。
スクール・メイツを(古すぎるか?)四人でやっているのを、もっと単純、素朴にしたようで、チイタカ、チイタカ。とても振付師がいたとは思われない。
まあ、幼稚園児のお遊戯といったところだ。

 マリリンは、その単純、単調きわまりないふりを、心底楽しそうに、ふりふり、ゆらゆら、踊る。
女の子がひとりずつ、ジョニー(ダン・デイリー)と組んで歌い踊る時、バックで右手左足、左手右足と交互に、オイチニ、オイチニとつき出すふりなど、思わず「よしよし」と言いたくなる。
ノーテンキでのりやすいマリリンの一面がよく出ている。
ダン・デイリーと組んでの歌・踊りも、マリリンのが一番明るい。
けっして、ひいき目ではない。

 野営のシーンには、もうひとつ、とっておきのおまけがつく。
祖父の代理で機関車護送の保安官を努める若い女キット(アン・バクスター)が、芸人たちのテントをのぞくシーンだ。
向こうむきになったマリリンが、まだ、肩甲骨の下まである長いブロンドの髪をほどいて、裸の背中を見せている。
それも一瞬で、すぐに腕ごと服の中にしまいこまれる。
が、その白い肩、背中の線、しなやかな腕は、こっちの目にやきついてしまう。

 座長格の女が、キットに、髪、肌、目くばせなど、「女の武器」の手入れの大事さと絶大な効果について講義する。
それらは男たちの「銃」とおんなじだと言う。
色気、コケトリーなんてものと無縁に育ってきたキットは、目をぱちくり。
彼女の顔についての、座長の評が笑える。
「まるで、お墓ね」。

 やりとりを聞いているマリリンと仲間のコーラス・ガール。
マリリンのほどいた長い髪。
細い顔。
のちのふっくらしたマリリンばかり見ていると、またちがう品のよさみたいなものがある。
この時のマリリンの表情は、なんとも複雑だ。
キットのあまりのネンネぶりに呆れ、「知らないのお」と馬鹿にする気持ち。
「知らないで、しあわせね」という、嫉妬し、うらやむ気持ち。
愛くるしく、無邪気なクララも、ほかのコーラス・ガール同様、やはり泥水をかぶってきているんだな、これからもかぶるんだな、と観ている者に、いっぺんにわからせてしまうようなカットである。
映画『バス停留所』のチェリーのかけだしの頃、と思って観ることもできる。

 この映画の中では、思わず「芝居」を忘れてしまうマリリンにも気がつく。
主役級が芝居をしている。
その後ろや脇にマリリンがいる。
彼女は主役たちの芝居に見とれ、勉強する練習生の顔だ。
つったって、手や足をもてあましている。
おいおい、芝居しろよ。
ミーハーのファンみたいな目で観ていちゃだめだ。
遠慮か? 
あこがれか? 
お前は映画の中にいるんだぞ。
つったっていたって、一番目立ってしまうんだぞ。
そう思わず声をかけたくなってしまう。(「マリリンに会いたい」no.2 1992,oct)

画像は同題のフォックスビデオCFT1923(1992)より。






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