震災後初めて、茨城県県西地区を歩いてきました。栃木県に近い結城市の周辺でしたが、周囲を見渡すと、新潟県中越沖地震当時に目立ったようなブルーシートがあちこちの屋根に掛けられていました。塀もあちこちで補修作業が進められていました。
結城山安穏寺を訪れてみると、古い墓石は軒並み倒れ、新しいものでも墓誌が倒れて割れていたり、被害は想像以上でした。
妻の実家は蔵書が多く、2階の父の書斎は本棚が倒れて本が積み重なったままでした。
部屋の隅に飾ってあったリヤドロの「大好きなママ」が姿を消していました。よくよく探してみると、1.5bほどの高さのところから地震の揺れで転落して、部屋の隅に横たわっていました。破損を覚悟して拾い上げましたが、奇跡的に無傷でした。さすがリヤドロ。
娘2人が実家を離れて、寂しい思いをしている母親に、「題」そのままの気持ちを込めて妻が贈ったものでした。
両親は茨城県東部の日立市で被災しました。そこから一晩かけて県西地区までたどり着いたとのことです。まだ疲労の色が色濃くにじんでいました。孫の顔を見て、少しは気分転換ができたようでした。
東北3県の被害の大きさの陰で忘れられがちですが、茨城も被災県の一つです。隣は福島県であり、茨城の葉物野菜にも影響が出ています。取手地区の親戚はずっと給水制限が行われていたこともあり、たいへんな思いをしていたようでした。
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