102歳になる祖母(妻の祖母)を久々に訪ねてきました。海軍軍人だったという曾祖父は有泉姓であり、静岡県出身ですが、その出自は山梨県の中央市か西八代郡か南アルプス市のいずれかだったのではないかといわれています。
以前は茨城県結城市に暮らし、その後横浜、今は戸塚に暮らす曾祖母はとても元気でした。亡き海軍軍人の夫と似ているということで、私が30年近く前の大学生時代に初めてお会いしてから、以来、かわいがってもらっています。
水戸の偕楽園を一緒に歩いたこともありました。学生時代、祖母が食べ残した海老フライを私が食べたことで、それをきっかけに心を許してくれたという話を聞いたことがあります。
同じ学生時代、妻とおつきあいを始めて初めてのクリスマスで都心に行ったときのこと、あまりお金もなく、結局、駅の数百円のカレーでディナーを済ませたことがありました。そのときの寂しそうな妻の顔は今でも覚えていますが、妻がその話を茨城の両親にしたところ、特に父親が「ぜいたくをしない男の方が見所がある」と気に入っていただけたとのこと。衣食住のなかでも特に食に対する価値観というものは、結婚とか家族になるときには意外と重要な位置を占めるのかもしれません。
話は現在に戻って…。戸塚では祖母に手をぐいと引っ張られました。102歳とは思えない、その力強さに驚きました。歓迎してもらえてうれしかったです。孫の顔はあまり覚えていないようですが、孫の夫の方を強く覚えてくれているとは。戦争未亡人として5人の子どもを女手一つで育てて、まだまだ元気です。人間は怠けることなく、節制していけば、強いと感じさせられました。現代人も負けてはいられません。
祖母の節目節目のお祝いの写真がたくさんたくさんありました。わが家の長女、次女の幼いころの写真もたくさんあり、月日がたったことを感じました。
戸塚駅では結城のお父さんとその従兄弟が数十年ぶりに出会うというハプニングもありました。同じバス停で降りるという偶然。
帰りは向ヶ丘遊園に戻るのに、新宿を経由しました。新宿駅南口には宮崎県のアンテナショップもあり、非常ににぎわっていました。都心に物産館もありますが、山梨県はもっと新宿にアンテナショップをつくって知名度を上げていかなければならないと思いました。
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