アートギャルリー日本ぶっくあーと 見習い14年目のmayumiです。
「生誕200年 ミレー展 −愛しきものたちへのまなざし−」(7月19日から山梨県立美術館)の非公認PR活動の一環で、リール美術館で見てきた『ついばみ』のことや、私の個人的なミレーの思い出など、3回に渡り強引に書き連ねてきました。
「こぶとりじいさん」とか「スチャラカ社長」とか、もっとまともな話はないのかね、という指摘もありましたので今回はマジメに書きましょう。漢字もたくさん使ってみます。
ミレーとの思い出ばなし最終回、最初で最後のシリアスバージョンです。
時は流れ、1990年代後半、8月。
オルセー美術館でのミレー『晩鐘(ばんしょう)』観覧を人生計画に加えてから6年後のこと。
初のパリ旅行で、原画を見ることができました。
薄暮が迫るバルビゾン。広々とした畑で農民が仕事の手を休めて祈りを捧げる様が描かれている、ミレーの代表作。
「遠くの教会から鐘の音が鳴り響くのが聞こえた、感動に心が震えた」と美辞を並べたいところですが、ちょっと違うできごとがありました。
『晩鐘』を目にしたとき、周囲の音、鑑賞者、展示作品、あるはずの存在を感じなくなりました。無音の世界に『晩鐘』と私。とても静かでした。
そして胸をしめつけられる苦しさに襲われます。
その8ヵ月前、クリスマスを間近に控えた日に、私は身近な人を亡くしていました。
楽観的思考だけが自分のとりえと信じていたのに、気持ちの整理がうまくできず、悲しみは日ごとに強くなるばかり。
当時私は20代前半で、ロンドンに暮らす大学生。お金・経験・智恵はなく、それでもなんとか気を紛らわせようと、思いつくあらゆることを試みました。散歩をし、美術館へ行き、プールで泳ぎ、知っている歌は「ラジオ体操の歌」まで歌い...でも、亡くなるまでの1ヶ月半に襲われた猛烈な不安と恐怖が一瞬でよみがります。
仕方がない、運命だ、時間が解決する、友人たちからのなぐさめを呪文のようにくり返しても、ああすれば良かった、こんなことを言えば良かった、あの時もあの時もまだ遅くなかったと、後悔と自責の日々。夏が来て、住んでいた部屋の契約更新を機に引っ越してからというもの、状態はさらに悪化。「弱い人間は嫌い」と友から毒矢を射られても、応戦はおろか、刺さった矢を抜く力さえなくなっていました。
そんなときの『晩鐘』。
意識を失いそうな息苦しさ、自分の存在すら消えゆく感覚のなか、祈りを捧げる農民たちを前に気付きます。深い悲しみを遠ざけるのに必死で、私は死者の冥福を祈っていなかったと。耳の奥でキーンと鋭く高い音、しばらくして細い糸のように周囲の音が入ってきました。横から見知らぬマダムが話しかけています「気分が悪そうね、大丈夫?」「はい、大丈夫です...」
アスファルトからゆらゆらと立ち昇る熱気、華麗な建物すべてがうっとうしく感じられた夏の午後。美術館を離れてリール通りへ...もう今日は絵を見るのをやめておこう。カフェで炭酸入りオレンジジュースを飲み、落ち着きがもどりました。具合は悪くない、でも何だったんだろう。原因をボンヤリと分析し始めます。
「自分の気持ちが、とても強く絵に投影されてしまったからだ」
のちに、関連書籍や画集・展覧会図録に書かれた解説を読みました。
夕暮れの村に教会の鐘が響くと、「哀れむべき死者たちのために」と祈りを欠かさなかったミレーの祖母、作業の手を中断させてミレーにも祈りの言葉を唱えさせた、その思い出をもとに描かれたこと。
女中奉公していた女性と同棲し次々と子供をもうけたミレーが、厳格なカトリック信者の祖母に会う勇気を持てぬうちに祖母が死去、最愛の人を失った衝撃と後悔、何日も泣き続けた画家が思い出の昇華と鎮魂のために描いたこと。
『晩鐘』に込められた思いとあの時の私の心理状態が少し似ていたのだと感じました。敬虔さあふれる画面に心が大きく反応したのかもしれません。
実際、3年後に再びオルセーで『晩鐘』を見たときも、それ以降の再会でも、同じ現象は二度と起こらず穏やかに鑑賞できています。
画家の魂との共鳴現象のような思い出深いできごとでした。
日本の美術館や特別展には、もちろん作品があるのを知っていて足を運んでいます。でも面白いことに、ミレー作品とはただならぬ縁があるのか、海外の美術館で偶然会うことも多いです。その絵を目当てに訪ねたわけではないのに、館内で通りすがりに「あっ!」。
幼いころから親しんでいたミレーの色彩を無意識にキャッチするようです。
「ミレーおじさん」ゴッホが敬愛を込めてそう呼んでいたようですが、私も「ミレーおじさん、発見!」と、嬉しくなる瞬間です。
美術館、個人コレクション、そして売買される作品などに多く接し、ミレーとの思い出もずいぶん増えました。
「楽しいこと辛いことを経験して、30年後に同じ絵を見たらまた違うかもしれない。フランスにあるミレーの絵を見て、ここのミレーを見たら印象が変わるかもしれない。」
フランス人画家・アンドレ・バルリエ先生に言われたとおり、ミレーや作品に対する私の意識も大きく変わっています。
やっと、これで私の思い出ばなしは終わりです。長らくのおつきあいありがとうございました。
さて今年は、ボストン美術館の『種をまくひと』
※1、オルセー美術館の『晩鐘』
※2が来日しています。
※1:
名古屋ボストン美術館「開館15周年記念ボストン美術館 ミレー展バルビゾン村とフォンテーヌブローの森から」8/31まで。10/17〜東京・三菱一号館美術館へ巡回
※2:
六本木・国立新美術館「オルセー美術館展 印象派の誕生 ―描くことの自由―」10/20まで)
そして「生誕200年 ミレー展 −愛しきものたちへのまなざし」(山梨県立美術館 7/19〜8/31、以降巡回)では約80点ものミレー作品が一堂に会します。
特に山梨県立美術館のおひざもとの山梨県民のみなさま、「生誕200年 ミレー展 −愛しきものたちへのまなざし」にはぜひ行ってくださいね。
多くの素晴らしい作品を近くで見られるのに、その機会を逃すなんてもったいない!
山梨に暮らしていても「ミレーは見たことないよ」という人、実は多いんです。
「ただの百姓の絵でしょ」と思っている、そこのあなた! 本当にそうなのか、ぜひ美術館でご確認くださいね。
それでは、お好きな一枚に巡り合えることを心よりお祈りしています。
アートギャルリー日本ぶっくあーと、見習い14年目
mayumi
2014.07.11.
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〜世界の巨匠と日本画の原画・版画〜
アートギャルリー日本ぶっくあーと
WEBショップもよろしくおねがいします。
http://nihonbookart.com/
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【 生誕200年 ミレー展 −愛しきものたちへのまなざし− 】
◇山梨県立美術館: 住所: 〒400-0065 山梨県甲府市貢川1丁目4−27
電話:055-228-3322
◇会 期: 2014年7月19日(土)〜8月31日(日)
◇開館時間:午前9:00〜午後5:00(入館は午後4:30まで)
◇休館日: 7月22日、28日、8月4日、25日
◇観覧料: 一般1,000円 大学生500円
20名以上の団体、 一般840円 大学生420円
山梨県内ホテル・旅館宿泊者割引料金 一般840円 大学生420円
※以下の方は無料です
小学校、中学校、高等学校、特別支援学校の児童・生徒
山梨県内在住65歳以上(健康保険証等持参、県外の65歳以上の方は常設展のみ無料)
障害者手帳をご持参の方はご本人と付き添いの方1名
◇前売券: 一 般 840円、大学生 420円
◇前売り券の取り扱い
・山日YBS本社受付(甲府市北口2丁目)
・山日YBS富士吉田総支社(富士吉田市下吉田)
・山梨県立美術館
・ローソンチケットLoppi(Lコード:34223)
・セブン-イレブン チケット(セブンコード:030−526)
■記念講演会
◇7月19日(土)午後2時〜、総合実習室、聴講無料
講師
井出洋一郎さん(府中市美術館館長)、ルイーズ・ル・ギャルさん(トマ=アンリ美術館館長)
ミレーを取り巻く環境や風土とのかかわりについての講演とトークセッション
◇8月2日(土)午後2時〜、総合実習室、聴講無料
講師
馬渕明子さん(国立西洋美術館館長)
社会的な背景を踏まえた、絵画における農民像や家族像の需要についての講演
■キッズプログラム
◇7月30日(土) @10:00〜12:00 小学生対象 A13:30〜15:30 中学生対象
講師 西岡優子さん(アナンダ)
展示作品の説明と羊毛を使った実技
定 員 各回30名程度
申し込み期間 7月8日〜7月29日