自分は、根っからの釣り好きだ!! と、自負しています(^_^)v 初めて釣りをした年齢と云うのは、 今となっては全く思い出せません。
が、仕掛け作りから全て自分でする様になったのは、 割と遅くて、 小学校5年生くらいだったと記憶しています。
実家の男ども全員が釣りが好きで、 爺ちゃん、父ちゃん、兄ちゃんと、 釣りバ○のDNAは、確実に受け継がれていて、 仕掛けの作り方を教えてくれたのは、 主に爺ちゃんでした(^o^)/
糸と糸の結び方、 糸と針の結び方、 チチワ結びなども、 全て爺ちゃんから手ほどきを受けました。
で、近所の友だちと一緒に、 土曜日ともなれば、 竿を担いで自転車で釣りに行きました。
行く場所は主に2カ所でしたが、 釣りをする川は、ほぼ決まっていました。
それが、左の写真の川です。 自分の実家は甲府市なのですが、 甲府市と当時の東八代郡石和町を、 跨いで流れているのが、この平等川です。
今では川原はすっかり背の高い草に覆われていて、 見るからに都市河川―。みたいな流れですが、 当時はまだ川原もも少し広くて、 子どもが釣りをするのには、うってつけの川でした。
ここで釣るターゲットは、 主にオイカワ(ヤマベ)でしたが、 時々、アブラハヤや、クチボソ(モツゴ)や、 フナ、鯉の子、ニゴイなんかも釣れました。
また、何故か亀が釣れた事もありました。 釣り方は延べ竿のウキ釣りで、 エサはサシ虫でした。 ミミズは高かったので、 エサは大体サシでしたね〜(^^)/
ところで、大島関連の投稿が続いていましたが、 先の投稿で、自分がマス釣りを楽しんだ、 思い出の釣り場も紹介しました。
その時、この川にも立ち寄って、 写真を撮って来たのです。
上から2枚目の写真の奥の方に、 小さな堰堤があったと記憶していて、 そこは足場も良かったし、 堰堤の前は魚もたまっていたので、 行けばほぼ確実に何か釣れたので、 お気に入りの釣り場でした。
ところで、井伏鱒二と甲州での釣りの話しに、 ちょいちょい触れていますが、 なんとこの平等川でも、井伏は釣りをしたそうです。
その当時は、もっと清らかな流れだったのでしょう。 どんな釣りをしたかと云うと、 「蚊針を打った―」と、 確か随筆『川釣り』に、書いています。
蚊針というのは、「毛針」の事で、 「瀬ウキ」と呼ばれる専用のウキを付けて、 扇状に引っ張りながら釣ると、 瀬ウキによって針が浮いて流れるので、 それにハヤ(オイカワ)や、 時にアユも食いつくのです。
その釣り方の様子は、 3枚目の絵図の様にして釣ります。
自分もこの釣りをした事は当然ありますが、 平等川では、自分の記憶の中ではできなかったですね。 汚いからではなく、狭かったからです。
けれど、自分が釣りのノウハウを覚えたこの川で、 あの文豪も釣りをしたんだ―。 って考えると、なんだか嬉しい気持ちになりますよね。
このポイント、 実は今ではある魚釣りの、隠れスポットみたいですよ。 ご覧の通り、これだけ川原が草ボウボウですから、 カエルなんかが多いんですよね〜(^_-)
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