久しぶりに上野の
国立西洋美術館へ行く。
JR上野駅から公園に入ると、焼きイカと銀杏の匂いが混じりあって、ものすごい匂いがする。
「アルブレヒト・デューラー版画・素描展」という渋いテーマだから、比較的すいている。
壁面に近づいて、好きな作品たちをゆっくり観ることができた。
それにしても「大受難」などは、イエス・キリストの逸話をもとにした数々の場面だから、
これはどんな場面だっけ、この図像は何の象徴だっけと、
考えながら観ているのだから、かなり疲れる。
しかも「受難」(パッション)をテーマとする版画群は3セットもあったのだから……。
よく分からないテーマもあって、
かつてよく眺めていたのだけれど、
もういっぺん「美術の中のキリスト教」的な本をひっくり返さねば駄目だと思う。
あり得ない自己犠牲とか、労苦とか、信仰の篤さとか、「聖人」という存在に、私はかなり関心がある。
中世に数多くまとめられた聖人伝や「黄金伝説」にも、かなり惹かれるものがある。
彼らの骨とか歯とかに対する「聖遺物」崇敬は、ちょっとぎょっとするけれど。
職人デューラーの腕の確かさにも、改めて感心する。
エッチングならともかく、「木版」の凸版でここまでの線が出せるか、とびっくりした。
一瞬凹版じゃないかと思えるような入り組んだ線跡がある。
木版じゃ、日本の浮世絵版画が最高峰だなどと、簡単には言えないなと痛感する。
印刷術の出始めの頃だ。
宗教改革の頃でもある。
デューラーの作品と出版、出版と宗教改革、また、人々のものの考え方の変化との関係にも関心があった。
電子書籍、オンラインの情報の占める割合が増え、書物が消えていく時代の、
人間のものの考え方はどう変わってゆくのだろうか、と、不安が一瞬頭の中をよぎった。