もう25年も前のことになる。大学卒業と就職を目前に控え、2月から3月にかけて2週間余りの卒業旅行に出掛けた。
欧米とアジアを見てきたいという思いがあった。選んだのは米国と韓国。「地球の歩き方」を片手に、ニューヨークやワシントンDC、カナダのナイアガラの滝、そして韓国はソウルオリンピックに向けて整備が進むソウルや慶州、釜山などを、従弟や友人と途中で別れたり、合流したりしながら一人旅をした。
米国ではユースホステルに泊まり、見知らぬ米国人と相部屋になったり、バスターミナルで「Can you fight!?」とファイティングポーズで友人がお金を脅し取られそうになったところを日本語で撃退したりと、それはそれはドキドキの旅だった。
お金もない大学生のこと。飛行機は「自分ではまず落ちない」と安全性の高さを評価された大韓航空機を選んだ。成田からまず金浦空港経由でアンカレッジに到着。トランジットしてさらに大陸を西から東に向かった。
ニューヨークマンハッタン、ブロードウェーでミュージカルをたくさん見て、エール大学に遊びに行き、アーリントン墓地にお参りし、リンカーンの巨大な座像の前でゆっくり時間が過ぎるのを満喫した。9.11のテロの標的になってしまったワールドトレードセンターに上り、自由の女神の頭の中に入ってみた。ウォールストリートの活気に感動を覚えた。米国を離れると、再び韓国に向かった。まず板門店ツアーに向かった。38度線の休戦地帯は自然の宝庫といわれ、貴重な動植物が多いと聞いた。
板門店に行くのにあたり、まず注意されたのが「粗末な服装で参加しないこと」、「スニーカーではなく革靴を履くこと」などだった。「なぜ?」と思うが、その時の説明は「粗末な服装で行くと、北側に写真を撮られて、『南はこんなに貧しい生活をしている』とすぐに広められてしまうからだ」というものだった。
板門店の停戦協議会議室に入ると、中には机といす。そしてマイクのコードが机の真ん中にずっと渡されており、そのコードが南北を分けているのだと。一瞬だったが、「北」の地に立ってみた。複雑な心境だった。
机の上には北朝鮮とUN連合軍の旗があった。北側が旗の高さ競い、UN連合軍側も同じ高さにしていったら、ついに天井までついてしまったという逸話がある。「棒を同じ高さにしよう」と同意したはずだったが、北側は今度は旗の台座を二段か三段にしてきて、「棒の高さは同じにしたから問題はない」と主張したという。その分、北側の旗が高かった覚えがある。笑い話のようだが、真剣にこういうやり取りをする精神が笑えないところでもある。
北側の兵士は大きな銃を持っており、「ポプラ並木事件」などが脳裏に浮かんだ私には相当な緊張感があったが、そのころ親交のあった全国紙の論説副主幹に後で報告した時には「板門店なんて、いまや緊張感なんてない」と一笑に付された。
そして韓国を選んだ理由のもう一つは「3月1日」だった。
3月1日は韓国にとっては特別な日で、「三・一(サミル)独立運動」の結果、「三・一独立記念日」と呼ばれる。日本の植民地支配からの独立の記念日なのだ。
韓国の地ではこの日は一体どんな行動がとられるのか、この目で見ておきたかった。今のような日本の国旗を焼くなどの強硬な抗議活動こそ目にすることはなかったが、あちこちの公園で集会が開かれていた。その時だけは、自分の日本人の気配を消すことに努めた。
韓国のオンドルは最高だった。暖かく、宿泊費も安く、快適だった。「日本円をウォンに替えるよ」と街でしつこく声を掛けられたり、向こうで知り合った学生と相部屋にしていた時に、仲間がちょっと外出した際に、すぐフロント経由で「かわいい子を紹介するよ」という誘惑は数々あったものの、概して韓国民は非常に親切だった。
民族村に行ったり、仏国寺で掛け軸を書いていただいたり、同じアジアの文化に居心地のよさも感じた。
帰国は海路にした。釜山から下関に一晩かけてフェリーで渡るのだ。下関から釜山に向かう便は「関釜(かんぷ)フェリー」と呼ばれるが、釜山から下関に向かう便は「釜関(プカン)フェリー」と呼ばれる。響きだけをとっても日本と韓国の違いが感じられる。
ふぐの町下関に降り立ったときに、日本の女性に何か違和感を覚えた。韓国女性に比べると、日本女性の化粧は濃く、少々どぎつく感じた。その当時は。
そこからは新幹線に乗って広島に途中下車した。平和祈念館や原爆ドームを見るためである。
いろいろな乗り物を乗り継ぎ、しかも往路と復路を違う乗り物で移動するという手間暇のかかる方法だったが、今考えてみると「戦争」についてもっと知らなければならないという気持ちが強かったのだろうと思う。
先日、2度目の沖縄を旅した。「戦争を語り継いでいかなければならない」という思いも強くした。
「戦争を放棄」した国だからこそ、戦争を二度としないために知恵を絞り、工夫していかなければならないのだろうと思う。
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