前の記事で、『脚立釣り』を、紹介させて戴きました。 写真で見てもお分かりの通り、 あんな高い脚立の上で、 長〜い『のべ竿』を、使っていますよね。 今な船でその場に行って、 短いリール竿で釣れちゃいますもんね。 どうしてわざわざ、こんな面倒臭い釣りをしてたんでしょう?
日本の釣りは、『リール』の登場によって、 革新的に変わりました。が、一方で、 リールに代わる物はなかったのかと云うと、 決してそう言う訳ではありませんでした。
その場所の水深よりも長い道糸を確保する為の道具として、 竿の手尻近くに、『テバネ』と、呼ばれる、 糸巻きを取り付けて、それに道糸を巻き付けていました。
が、その長さはせいぜい10bくらい巻けば充分で、 要は、それ以上の水深がある場所には、 和船では、なかなか漕いで行くことは不可能でした。 その為、リールは必要ともされていなかったのです。
が、戦後、手漕ぎの和船から、 船外機付きのボートが登場し、 より水深のある場所へもアクセスできる様になり、 その分の道糸を確保できたり、 岸からもより広く、遠いエリアを釣りたい欲求から、 GHQなどが使っていたと思われるリールが、 日本にも持ち込まれました。
そして、終戦の年(1945年)に、 日本で初めての国産リールとして、 『富士リール』(写真左)が登場したのです。
このリールは、瞬く間に釣り人の間に広がりました。 また、このリールは、珍しい「横軸リール」で、 リール本体を横倒しにすることで、 投げる事も可能になったのです。
そしてこのリールは、 様々な釣りに対応できることから、 なんと2006年まで、長く釣り人に愛されたのでした。
一方、投げる機能が付いたリールとして、 先ず持ち込まれたのは、 両軸リールの頭に帽子を被せた様な形をした、 『クローズドフェイスリール(写真右)』でした。 このリールは、スピンキャスティングリールとも呼ばれ、 クラッチ操作ひとつで、スプールがフリーとなり、 こぼれる糸を帽子が受け止める事で、 投げた時、糸は遠心力で螺旋状に進むことで、 投げ易さを演出したのです。
日本の釣りの歴史は、 神世の時代まで遡るのですが、以外にも、 リールは、戦後になってから、一気に広がったのです。
日本でのリールの草創期は、 戦後の工業の発展にも大きく貢献したと言えるでしょう。 |