新聞、雑誌等に書いたもの、どっかでしゃべったこと、書き下ろし……の置き場です。 主に文学・歴史関係が多くなるはずですが、何にでも好奇心旺盛なので、どこまで脱線するか?!。 モノによっては長いのもありますが、興味のあるところから御覧下さい。
 
2010/12/06 14:49:59|MY FAVORITE THINGS
「色匂ふ」ガラス器

web gallery & shop「色匂ふ」さんを通して頼んでいたグラスが届く。
作家は1975年千葉県生まれという若い須藤泰孝さん。
web上の画像で見たときより一段と落ち着いた色合いで、おじさんの照れくささも薄らぎ、大変気に入った。
持った感覚も大きからず小さからず、重からず、軽からず、側面の波打ち具合が手になじんで、とてもいい。
本格蕎麦焼酎のお湯割りを拵えて、指先を温めながら傾けるなどもろもろ使えそうだ。
その時は、できればこんなイベリコ・チョリソ(左)とか、ハモン・イベリコ(右)であってほしい。
嗚呼、どうしてこうなんだろう?







2010/12/05 20:57:00|山梨
今日の夕映え(2010.dec,5)
太良峠から







パワーポイントには気をつけろ
私も講座や講演などするときには、人並みに、プレゼンテーションソフトのパワーポイント・メディアを作成して持ってゆくことがある。
ただし、パワーポイントをむやみにありがたがってはいない。

というのも、自分自身がパワーポイントで研修や講座を受けてみて懐疑的になることが多いからである。
配られた駒どりプリントにメモなどしながら、画面を見ている時には、たいてい理路整然、見事につじつまが合っていて、なるほど、そのとおりだと納得させられる。
ところが、後でプリントやメモを見ながら考え合わせると、「なんだ、コトはそんなに単純じゃないじゃないか、そんな整理で済むのなら苦労はない」と思うことがしばしばである。

世の中の出来事は、なんでも箇条書きになったり、並列したりできるあり方では存在しない。
また、常に変転しているし、それも直線的に変って行くものでもない。
個々の事柄は互いに網の目のように結びあって成り立ち、常に変化の相をもって存在する。
かっこうよく言えば、「弁証法」的に存在する訳だ。
だから、それを箇条書きや一画面ごとに完結させた説明では、当然、無理がある。

テレビの世界でも、こういうことに気づいているのかどうか、最近は、フリップを次から次へと出す代わりに、むやみにでかいパネルを出して、端からめくってゆく手法がとられる。
たとえば、海老蔵事件なんか……。
でかいパネルのどこかには前の情報が残りながら、次々に別の情報がどこかに現れてくるという仕組みだ。
もちろん、カメラは部分ごとしか写さないから、視聴者には常に全体像が見えるわけではない。
けれども、コトのややこしさや、分からなさ、いかがわしさを表すのには、この「剥がし」は向いているのだろう。

パワーポイント・メディアは、世の中のややこしい事象を、極めて単純化して、一見明晰に説明するためにできているのだろう。
ビジネスの世界で、商売相手を「説得する」(騙す)ための香具師の口上のようなプレゼンテーションのためのツールだから無理もない。

これを文化・学術的な講座・講演の場で使うとするなら、節度を持たねばならない。
もちろん、「一兵卒たち」を育てるのではない、児童生徒学生向けの教育利用であっても。

たとえば、せいぜい画像のみを示す「紙芝居」効果。
自分のしゃべりが脱線して、元へ戻らなくなる弊を防ぐための「インデックス」として。
聴講者が家族にアリバイ証明をするためのプリントの元として。
講師の著書・作品等の「サブリミナル」な宣伝媒体として。
ま、これくらいにしておくのが適当だろう。







2010/12/05 9:40:40|グルメ
保存食(漬け物)大好き!
山国の生まれ育ちのせいか保存食が好きだ。
とりわけ漬物など目がない。
ぬか漬けはもちろん、白菜漬けから、野沢菜漬け、沢庵着けから千枚漬け、しば漬け、キムチ、日野菜漬け……なんでも好きだ。
地菜の煮た奴は匂いが苦手だ。
ちりめんぼしと煮たのは甘さが苦手だ。

寒くなってくると、一段と漬物がうまい。

昔のように、大根を何十本も干したり、白菜を日光に当てたりして、樽につければいいのだが、そこまではできない。
また、自分には、塩分やカリウムの制限があるから、多量に長期間保存はできないのである。
けれども、内心は、桶の上に薄氷が張ったのをぱりんぱりんと割って取り出した白菜着けの、白玉の歯に沁みわたるうまさは忘れられない。
あるいはそれをでご飯を巻いて食す。

昔はずいぶん寒かった。
窓にタンポポの葉っぱの模様の霜が着いている朝もあった。

土産物屋やデパ地下なんかで漬物のコーナーがあると試食しては離れ、離れては寄り、という具合で、いつも相当の量を買ってしまう。
いつぞや、銀座三越のキムチ売りの韓国娘につかまって、ずいぶん高い買い物をした経験もある。
魚心あれば水心という訳だ。

これは新宿高島屋のデパ地下の西利。
家が京都の仁和寺さんの裏だといういつものおじさんから買う。
お決まりの千枚漬けと日野菜漬け。
日野菜漬けのほのかな酸味と辛味が気に入っている。
このくらいの買い物で我慢したのは、我ながら偉いものである。
三日ともたないだろう。







2010/12/04 10:54:33|甲斐の夜ばなし
人穴(ひとあな)の孫爺
 金峰山を仰ぎ見る孫の山の山中に「孫の人穴」と言われる洞くつがございます。
洞くつは、遠くから見ると女性の前穴の姿によく似ております。

 この洞くつに、昔、孫爺と言われる山男が住んでいたということでございます。

 孫爺は山野を自在に駆け回り、山の獣をとらえては食らって暮らしておりました。

 山の荒れる年もあって、食べ物がなくなると、孫爺は村里に出没して、人をとらえて食らうことがありました。
それも生娘ばかりさらい、柔らかい陰部ばかりをえぐりとって、むしゃむしゃ食らうのを好んでおりました。

 近在の村では、昔から、娘たちが居ぎたない姿でもしていると、

「このあまっちょめ、孫爺に大事なところをむしり食われるぞ」

と叱ったものでした(北杜市)。

写真:金峰山古絵葉書