| 彼女は二挺拳銃(1950) A TICKET TO TOMAHAWK
開通したばかりのトマホーク行鉄道。 ただし、途中のレールがはずされるという妨害を受けたため、第1号の車両は馬で牽いて運ばなければならない。 これに乗り込むドサまわりの芸人一座。 マリリンは4人のコーラス・ガールのひとりクララに扮する。
マリリンの出番は少ない。 出発の際の馬車から、にこにこ、手の平ひらひら。 野営地での即席ショー。 インディアンとの戦闘シーン。 タイトルをにらんでいても、おや、マリリンの名前がない、と思っていたら、読めないような小さな字でやっと登場。 物好きが数えたら22番目だったという。 ほんの端役だ。
けれども、デビューの時からの特徴で、マリリンはどんな端役でも、ひとり目立ってしまう。 その明るさ、きびきびした、しかし、多少不器用な動き、体全体から発散する華やかさ。 どこにいても光っている。 同じ新米女優のなかで疎外されやしないかと心配なくらいだ。 彼女の色気を、気だるい、スロー・テンポなところにある、と思っているのはかんちがいだ。
汗くさい男たちの、多分にエッチな興味で、野営地の即席のショーが始まる。 4人のコーラス・ガールが赤・青・黄・緑のコスチュームで、ふりをつけながら歌う。 黄色がマリリンだ。 「ジョーってずうずうしいのよ。あたしといっしょだと、いつでもキスしようとするの」 てな歌だ。 男たちは大喜び。
歌はともかく、手をあてて腰をふり、肩をゆらし、両腕をウェーブさせて、野球拳よろしく踊る。 けっしてうまいとはいえない。 スクール・メイツを(古すぎるか?)四人でやっているのを、もっと単純、素朴にしたようで、チイタカ、チイタカ。とても振付師がいたとは思われない。 まあ、幼稚園児のお遊戯といったところだ。
マリリンは、その単純、単調きわまりないふりを、心底楽しそうに、ふりふり、ゆらゆら、踊る。 女の子がひとりずつ、ジョニー(ダン・デイリー)と組んで歌い踊る時、バックで右手左足、左手右足と交互に、オイチニ、オイチニとつき出すふりなど、思わず「よしよし」と言いたくなる。 ノーテンキでのりやすいマリリンの一面がよく出ている。 ダン・デイリーと組んでの歌・踊りも、マリリンのが一番明るい。 けっして、ひいき目ではない。
野営のシーンには、もうひとつ、とっておきのおまけがつく。 祖父の代理で機関車護送の保安官を努める若い女キット(アン・バクスター)が、芸人たちのテントをのぞくシーンだ。 向こうむきになったマリリンが、まだ、肩甲骨の下まである長いブロンドの髪をほどいて、裸の背中を見せている。 それも一瞬で、すぐに腕ごと服の中にしまいこまれる。 が、その白い肩、背中の線、しなやかな腕は、こっちの目にやきついてしまう。
座長格の女が、キットに、髪、肌、目くばせなど、「女の武器」の手入れの大事さと絶大な効果について講義する。 それらは男たちの「銃」とおんなじだと言う。 色気、コケトリーなんてものと無縁に育ってきたキットは、目をぱちくり。 彼女の顔についての、座長の評が笑える。 「まるで、お墓ね」。
やりとりを聞いているマリリンと仲間のコーラス・ガール。 マリリンのほどいた長い髪。 細い顔。 のちのふっくらしたマリリンばかり見ていると、またちがう品のよさみたいなものがある。 この時のマリリンの表情は、なんとも複雑だ。 キットのあまりのネンネぶりに呆れ、「知らないのお」と馬鹿にする気持ち。 「知らないで、しあわせね」という、嫉妬し、うらやむ気持ち。 愛くるしく、無邪気なクララも、ほかのコーラス・ガール同様、やはり泥水をかぶってきているんだな、これからもかぶるんだな、と観ている者に、いっぺんにわからせてしまうようなカットである。 映画『バス停留所』のチェリーのかけだしの頃、と思って観ることもできる。
この映画の中では、思わず「芝居」を忘れてしまうマリリンにも気がつく。 主役級が芝居をしている。 その後ろや脇にマリリンがいる。 彼女は主役たちの芝居に見とれ、勉強する練習生の顔だ。 つったって、手や足をもてあましている。 おいおい、芝居しろよ。 ミーハーのファンみたいな目で観ていちゃだめだ。 遠慮か? あこがれか? お前は映画の中にいるんだぞ。 つったっていたって、一番目立ってしまうんだぞ。 そう思わず声をかけたくなってしまう。(「マリリンに会いたい」no.2 1992,oct)
画像は同題のフォックスビデオCFT1923(1992)より。
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