新聞、雑誌等に書いたもの、どっかでしゃべったこと、書き下ろし……の置き場です。 主に文学・歴史関係が多くなるはずですが、何にでも好奇心旺盛なので、どこまで脱線するか?!。 モノによっては長いのもありますが、興味のあるところから御覧下さい。
 
2010/12/02 9:12:18|「純喫茶」
ケルンコーヒー
ぼーっと車を走らせるのが好きなので、時々は、山梨県北杜市白州のケルンコーヒーに行く。
この夏はベトナム・コーヒーのソア(練乳をグラスの底に入れてエスプレッソを落とす→氷の入ったグラスに投入)にはまっていた。
が、普段はたいてい「ほろにが」というブレンドにする。
パスタやカレーなどもあるようだが、食べたことはない。

別棟で豆や道具を売っている。

肌寒くなってくると、薪ストーブの脇のテーブルが好きだ。
火がちょろちょろ燃えるかたわらで本を読んでみたり、ちょっとした書き物をしたり、窓の外を眺めたり……憧れているが、家ではできない時間を過ごす。

勤め始めた時に、この地域の学校に通っていたから、冬枯れの粛条とした景色も、私には、むしろ、懐かしい。
ここでの教え子たちも、もう、いいおじさん、おばさんになっているだろうが、ケルンで土地の人らしい顔を見ると、じっと見つめてしまう。
農業科の子どもらに、夢を持ってもらいたくて宮沢賢治の『農民芸術綱領』なんかを教えて、「先生、百姓って、そんなに甘いもんじゃねーだよ」と苦笑されたことを思い出す。

日本の食糧費の高さの一方、TPP参加による農業生産者への打撃とか、60年以上もかけて狂わせてきてしまった農政を、このあたりから変えていかなければいけないのだろう。







2010/12/02 8:46:14|甲斐の夜ばなし
菖蒲巻き
 富士山の雪解流が湧き出す忍野八海は、水の清らかさと水車小屋のある富士の風景でよく知られております。
かつてこの八海は明見湖とか阿栖湖と言われていたそうでございます。

 八海のひとつに岸辺に菖蒲がいっぱいに咲き誇って初夏にはそれは美しい光景だったそうでございます。

 この菖蒲池のほとりに人目もうらやむほど仲むつまじい若い夫婦が暮らしておりました。
が、好事魔多しと申しますが、夫が労咳(胸部疾患)に罹り、悪くなる一方です。
余命もいくばくかという時になって、万策尽きた妻は、なんとか愛する夫の命を助けたいものと毎日池で水垢離をとり、三七二十一日の願掛けをいたしました。

 今日が満願という日、池の真ん中から仙元神が現れて、

「菖蒲の葉で身体を巻け」

と告げました。

 半信半疑の妻は両腕にとれる限りの菖蒲を抱えて家にとって返しました。
力無くやせ惚けて、熱を帯びている夫の身体に懸命に隙間なく菖蒲の葉を巻き付けました。

 すると間もなく熱も引き、血色もよくなってきました。
何日かたつと不治の病と言われた業病も立ち去ってしまったのか、すっかり治ってしまいました。

 この言い伝えがあるせいか、この里では、結婚初夜のお床入り前に、花嫁が花婿のモノに菖蒲を巻く習わしがございました。
どのような効験があったものか、古い方にでもうかがいたいものでございます。(南都留郡忍野村)







2010/12/01 18:57:55|甲斐の夜ばなし
女好きのモミの木
 信州往還の清春の諏訪神社は、昔、火事で焼けたことがございました。
再建するについて、なんと境内のモミの木の大木一本で社殿ができたと申します。
なにしろ樹高が五十メートルを楽々越えるという巨木でございました。

 この樹が茂っていた頃の不思議な話でございます。
闇夜に樹の近くを誰でも通りがかりますと、必ずというほど根本が怪しい光を放って辺りが明るくなるのでございます。
それは都合が良いのですが、びっくりして転んだりすると大変です。
樹上から得体の知れぬものが飛び降りてきて、転んだ者の両足をつかんで樹上高くさかさ吊りにしてしまったということです。
びっくりするのが多かったせいか、モミの木が女好きだったせいかわかりませんが、樹に宙づりにされるのは女ばかりでした。

 当時の女は着物の下は腰巻き一つでございます。
逆さ吊りにされればホオヅキのように裾ははだけ、腰巻きもまくれ、腹から足まで丸出しでございます。
女は恥ずかしいやら怖いやらで悲鳴を上げるばかりだったそうです。

 被害を受ける女が増え、騒ぎが近郷にも広まったので、村の若い者が樹の下に集まって夜明かしして様子を見ましたが、そういう晩は何も起こりません。
怪異の正体も分からずじまいでございました。

 その後も事情を知らない旅の女などが時折被害にあったそうです。
村人はいつとはなしにこのモミの木のことを、

足もところりん天吊し

と歌うようにはやしたということでございます。

モミの木は毎年の秋、毬果をたわわに結ぶのですが、かたちと言い、褐色の色と言い、男の持ち物にそっくりだったそうでございます。(北杜市)







2010/12/01 17:31:23|樋口一葉
一葉を考えるためのフレーズ(7) 半井桃水の第一印象
一葉を読んでみて、彼女の短い生涯、その心の有り様を見るとき、どうあっても見過ごしてはいけない、
と私が考えるフレーズを抜き出してみました。

 色いと良く面(おもて)おだやかに少し笑(え)み給へるさま、誠に三歳の童子もなつくべくこそ覚ゆれ。丈(たけ)は世の人にすぐれて高く、肉豊かにこえ給へぱ、まことに見上(あぐ)る様になん「若葉かげ」二十四年四月十五日

写真:一葉の小説の師・半井桃水(なからいとうすい)。
一葉の日記を見ると、あるいは一葉生前、没後の対応を見ると、彼は最も誠実に一葉にかかわった男性だとわかる。
けれども、下司な人が思うのとは違い、二人の間はあくまでもプラトニックなものだった。







2010/12/01 17:19:17|グルメ
山もとうどん

山梨の人間が「吉田」と言えば、富士吉田のことだ。

名物は、もちろん「吉田のうどん」。
私がひいきしているのは2〜3軒だ。
パンフレット持って60店以上も歩いたわけではない。
ほんの20軒くらいだけれど、富士吉田の「麺許皆伝」と「花屋」、西桂の「山もとうどん」、あと強いて言えば、櫛形町の「たっちゃんうどん」に絞られてきた。

決め手は、麺そのもの、というか小麦粉のうまさ。
次に、つゆが薄味で、無論うまいこと。
店の雰囲気もある。
観光の人ばかりでもいやだし、なじみ客ばかりでたまに行く人に排他的というのも困る。

中でも一番気に入っているのは「山もとうどん」である。
親父さんが富士急行の元車掌で、脱サラして10年ほどというのは、つい最近知った。
とすると、県下を回る仕事をしていて、一緒だった誰かの提案で寄ったのは、店ができて間もない頃だったのだろう。
その時、麺とつゆのうまさと、あまりコアではない入りやすさが気に入ったのだ。

特段変わったところもない。
キャベツと馬肉の煮つけと、足してもわかめか卵くらいなもの。
勤めの人や工事の人、地元の年寄りまで幅広い客層である。
女性や子供も少なくない。
対応するパートのおばさんも、そっけなくもないし、うるさくもない。
清潔すぎもせず、不潔でもない。

時々は行っていたのだが、毎週、都留文科大へ行くようになって、頻度は増えた。
たまにはつゆとネギ、油揚げ、わかめ、辛味、麺のセットを買って帰ることもある。

去年、親父が交通事故か何かで、店を休んでいる時には、正直、途方に暮れた。
何ヶ月かして、店が再開して、とてもほっとしたものである。