新聞、雑誌等に書いたもの、どっかでしゃべったこと、書き下ろし……の置き場です。 主に文学・歴史関係が多くなるはずですが、何にでも好奇心旺盛なので、どこまで脱線するか?!。 モノによっては長いのもありますが、興味のあるところから御覧下さい。
 
2011/04/11 15:35:11|その他
体調悪し
 このところ体調が悪い。
初めからだと1ヶ月半にもな
る。
腎不全の人工透析の不十分かと、ここまでクリニックと県立病院でやってきてくれたが、
もうそういうレベルではなさそうだ。
心臓にかかわる箇所で、体内にいままで経験のない何か異変が起きている。
それに食べられない、寝られない、呼吸困難の三重苦がつきまとう。
今回は、入院、手術ということにならなければ、これは決着しないだろう。
いくつかの仕事はお休みし、いくつかは数ヶ月遅れるだろう。
申し訳のないことである。
このノーテンキナブログも、休みがちになるかも知れない。







2011/04/08 16:11:09|文学
雑誌「猫町文庫」NHKローカルで紹介
 10月22日、NHKローカル「もうすぐ山梨のお昼」(昼前)で、「猫町文庫」第2集が紹介される。

 紹介してくれるのは、山梨書籍商組合の後藤さん(石和・ブックス天野)の予定。

 山梨教科書販売はじめ県内の書店さんも、この活動に関心を持ってくれていて、おいおい応援してようということになっている。
ありがたいことである。
近々、東浦さん(山梨教販)、後藤さんらと打ち合わせをする予定。







2011/04/07 10:33:13|甲府
武田神社参道の桜並木
 思い出の中の一番の桜は、私にとって、武田神社参道の桜並木だ。
幅員も今の半分ほどもなく、未舗装の埃っぽい路だったが、4月初めの、太宰治が、武田信玄の命月というのもできすぎていると書いている(当選の日)頃の、ふさふさとした桜のトンネルと花影の薄暗がりは、今、思い出しても夢幻のごとくであった。

 中学の頃には、季節にはこのトンネルを毎日くぐって自転車で通ったのだから、贅沢なものだった。
中学の途中から、道幅を広げるために、桜並木は惜しげもなく切り倒されていった。
今も昔も、行政や都市計画の名の下に、何の先見もなく、とんでもない愚挙を犯すものである。
桜の切り倒された路は、舗装工事の済む間、ただのほこりっぽい田舎路だった。

 中学を卒業してからは、自宅からさほど遠くもないのだが、武田通りはしばらく無縁になった。
大学へ入る頃までは。

 大学へ入ってみたら、参道は広くなり、舗装されていて、ただの郊外の路だった。
誰が、どう気が引けたのか、ある頃から、4月の初めには安っぽいビニールの桜の枝が電柱にくくりつけられるようになった。
かえって無惨で、目にしたくなかった。

 通りのところどころに「○○守屋敷跡」といった立て札が立つ頃、人の背丈にも足りないほどの桜の若木が植えられて、今に至る。
やはり、寂しいことに変わりはない。

 信玄公祭りも中止だという。
イベント会社任せの祭りもいかがな物かとは思うが、余り苦悩した様子もなく、自粛のため中止というのも、いかにも情けない。
「おみゆきさん」のような盆地を巻き込んだ大きな祭りが衰退してしまった今、観光的でも、商業的でも、祭りは維持しておく方がいい。
この自粛、「節する」「歌舞音曲の停止」「中止・廃止」のいやな連鎖は、昭和天皇の「御不例」の時以来の感がある。
スキさえあれば、ものごとを縮小して行きたいという心根は情けない。

写真は昭和初期の武田神社








2011/04/04 14:58:17|本・読書・図書館
新年度だけれど
 定職を退いた身の上としては、年度替りもさほどおおごとではない。
とは言え、来週あたりから大学の新年度は始まる。
大学からは、震災後だが講義開始は予定通りと言ってきた。
出席に不具合のある学生がいるかもしれないが、配慮してくれ、という添書付きだ。

 こういうファジーな「お願い」がまことに困る。
私の行っているところの学生などは、極めて質朴で、「人や事情によるなんて、訳分からん」などと言い出さないからいいけれど、普通は色々文句を言われたり、便乗されたりするパターンである。

 毎週毎週A4で10枚ものプリントをこしらえて講義していたが、今年は、メインに使う教科書を作成した。
これに従って講義は進める。
まあ、学生の反応、質問により、例によって、寄り道が増えるだろうが。
だからこその教科書編集でもある。
プリントするのは、タイムリーな新聞、雑誌のデータ、記事、実践例などに留めようと思う。
これだって少なくはない。
教科書は大急ぎでこしらえたから、ところどころミスがあるが、使い易ければ改版して直そう、と思う。
R堂書店でたくさん並んでいるのを見ると、気恥ずかしいが、目にとめてくれる人がいるといい。

 体調不振やら気持ちの沈滞が続くが、こういう時だからこそ、意識的にも自分自身を盛り上げていかねばならないと思う。







わに塚の桜
 ウグイスがホーホケキョ。
そよ風の冷たさもさほどではない。
畑にはギシギシやキュウリ草(と言っていたが)が揺れている。
そこで、私はロードサービスの到着を待っている。

 ちょっと時間があるので、山梨県韮崎市神山街にわに塚桜の「今」の様子を見たくてやってきた。

 取り付け道路から元はあぜ路を畑の中に入って行く。
あぜ路をコンクリートで固めただけだから、ずいぶん狭い。
今まで近づいたことのないアプローチである。
何とか写真に撮れるあたりまでと入って行く。

 元あぜ路の哀しさ、畑の曲がり角で急に狭くなったのである。
右側は低いけれども石垣。
何とかすれすれ通り抜けられるだろうと思った矢先、左の全林を畑の中にすとん。
しまったと車を前後させて、いったんタイヤを持ち上げたものの、さらに段差のあるところへタイヤはすとん。
車の腹は路につくは、右後輪は浮いて石垣にくっついているはで、万事休す。

無鉄砲なのか不器用なのか、私には時々こういうことがある。
両方だろうと思う。

 まもなくロードサービスもやってきそうだ。

 わに塚の桜はあと10日ほどだ。