夜出発する夜間飛行というのは、あまり好きではない。
損をした気がする。
ある時、やむを得ず取った飛行機が、夜も宵のうちの出発だった。
その時に窓から下界を見下ろして、たまげたのである。
先ず、東京23区、湾岸に到るまでハレーションを起こしそうなくらい照明がまぶしいのである。
さらに高度を上げると、東京湾から横浜、三浦半島とまばゆい照明は海岸線をくっきり、地図どおりに縁取っていた。
我らが地元の内陸側は殆ど星雲か闇空に沈んでいるのだが、中京地帯から、阪神地帯に至るまで、太平洋側の光の縁取りはとぎれることなく続いたのである。
私は、何と豪勢なことか、と半ば呆れ、半ば感心した。
夜、外国の空港に降り立ったこともあって、それがアジアの近隣諸国だったりすると、たいてい国際空港の周囲でも闇に沈んでいる。
ハノイがそうだったし、マレーシアもそうだったように思う。
そして、乏しく青白い誘導灯の整列している滑走路が現れ、いきなり着陸となる。
これは旅情満点だが、夜の到着ということもあいまって、いささか心細くもなる。
けれども、あの東京上空から太平洋ベルト地帯の黄金の縁取りは、いくらなんでもやりすぎだろうと思う。
あのような電力消費のために、この狭い、地震の多い国土の海浜、山陰に55基(福島第一を含む)もの原発をこしらえているのならば、とんでもないはなしだろう。
火力発電も37パーセントしか活かしていないという。
電力需要が供給を超えそうだというのは、果たして本当なのだろうか、脅かしではないのかと思えてくる。
疑いだすと、「計画停電」も、原発一か所がダメージ食らうと、これだけ日常生活に響きますよ、原発はなくてならぬものですよというデモンストレーションのような気さえしてくる。
一斉に火力発電所を発動させればいいのだ。
水力の水門ももっと開けるがいい。
「節電」を個人に求めるのもいいが、大企業の無駄遣い、垂れ流し優遇から先ず止めよ。
前記のような疑いが晴れぬのなら、「計画停電」は、原発事故の経緯も含めて、国民を道連れにした、自爆テロのようなひどいやり方ではないか。
みんながもっと怒ってもいいのだ。
京大小出教授の見解(再掲)写真はNASAの撮った東京の夜景。
夜間飛行で見るまばゆさはこんなものではない。