新聞、雑誌等に書いたもの、どっかでしゃべったこと、書き下ろし……の置き場です。 主に文学・歴史関係が多くなるはずですが、何にでも好奇心旺盛なので、どこまで脱線するか?!。 モノによっては長いのもありますが、興味のあるところから御覧下さい。
 
2011/03/01 20:05:58|出版「猫町文庫」
新刊「図書館が元気になれば学校が変わる」準備中
 読書への私自身の思いのまとめとして、また、昨今の教育・出版・図書館事情への危惧もこめて、本を編集していた。
同時に、大学や研究会の読書教育や図書館活用教育のテキストにもする目論見があってのことだ。
タイトルは、これまた景気よく「図書館が元気になれば学校が変わる」とした。
目を引きたいのと、願望を込めた。
折も折、日本図書館協会の学校図書館部会の幹事にもなってしまった。
体調を思えば、善かったのか悪かったのか?

 編集しながらのんびり本文をいじっていて、気付いてみたら2月も終わりにさしかかっていた。
印刷日程まで考えたら、ひどく焦りを覚えた。
ここ10日ほどは、オーバーに言えば、神経的にはノイローゼになりそうな、肉体的には入院しそうな情況になりつつ、ようやっと編集、版下作成にこぎつけた。
資料も多く収めて欲張ったせいで、なんとA5版で264ページの分厚いものになった。
日本図書コードとバーコードをつけ、表紙を、このところ気に入っている北欧柄(のうち比較的品のいいの)で表紙もデザインし、印刷所にデータを入れる。

 私も骨董市とつけ麺、それにDVDドラマ「蒼穹の昴」ばかり追っかけていた訳ではないのだ。

 印刷所は、ありがたいことに、新年度までに間に合わせてくれそうだ。
後は書店でぽつぽつ買っていただいたり(?)、自分で売ったりして(笑)、何年がかりかで作成費をペイしなければならない。
とは言え、表出したいものを表出するには、他人をあてにするより、これが一番手っ取り早い。
作業的や、マネージメント的には多少苦しいが、そんなことを言っていられない。
出版業を始めた理由には、ひとつにはこれがあったのだから。
引き続き出したいものは、後から後から控えている。
体力が続くか、お金が続くか、在庫置き場がもつか、だ(大笑)。
予約をしたい酔狂な人がいれば、乞連絡。

写真:表紙柄







2011/03/01 19:31:16|
谷村町駅in富士急行線
 ジオラマが好きだ。
といっても、山や谷を作って電車を走らせるようなことよりも、昭和的あるいはもっと以前の建物、街道の家並をこしらえたり、眺めたりするのが好きなのだ。

 ある日、富士急行線の谷村町駅の駅前に立って、あっと声が出そうになった。
懐かしい昭和の駅舎と駅前風景が、そこには、ジオラマではなく本物として、そっくり残っているではないか。
それから、時折、立ち寄ってみたり、駅なか食堂で昼間っから一杯機嫌の爺さんにじろじろ見られながらラーメンを手繰ってみたりした。
さらに隣接するいくつかの駅の駅前広場に立っても見た。
塗装などはし直してはいるが、やはりどこもレトロで懐かしい。
地元の人にそのことを言っても、
「直すことができませんからね」
とさして感動もしていない様子。
見慣れている人には、特に、何の感興も湧かない景色なのだろう。

 富士急行線では月江寺駅前商店街が最も有名だが、ほかの駅前も、そこに付随した商店街もいずれも味わい深い。

 思いついたら、これからもブログに写真を上げてみよう。







2011/02/28 17:45:19|その他
お土偶(でく)さん
 甲府護国神社骨董市の、今月の収穫その1。
飾り棚の隅にばらばらっと置いてあった。
三蔵法師ご一行だ。
元々、土偶人形とか張り子とかが好きな私だが、
この何とも素朴で、チープで、下手なたたずまいが気をひかれる。
「どこの?」
と訊ねても、店主も、
「さあ、中国か、どこかでしょ」
という程度で、熱心でもない。
中国沿海部のどこかでこしらえて転がして売っている、ひと組何銭という土産か童の玩具だろう。
なんだかなーと思いつつ、可愛いので買ってしまう。

 幇間(たいこもち)のことを、落語なんかで、よく
 幇間あげての末の幇間
と言う。
芸者や娼妓、幇間をさんざんあげて遊んだ「旦那」のなれの果て
が幇間と言う訳だ。

 骨董屋にも、
 骨董屋買っての末の骨董屋
とでも言いたくなる風情がある。
好きだから、集めちゃったから、買ってきちゃったから、店でも、露店でもござの上に古物を並べている。
とんでもないものまで並べている。
そして、ここの客になんか分かりっこねーよ、
売れても売れなくてもかまわねえ、という本音がぷんぷん。

 神田の老舗の古書店の主か大番頭みたいだ。

 また、眺め、冷やかしている客の何割かは、
骨董屋候補である。
店主も客も、みんな生命力はなさそうで、
言っていることがいちいちひねくれていて、
やりとりもおかしい。







2011/02/26 9:41:46|グルメ
今日は鴨くんだ!!@わらじ
 寒いシーズンには必ず何度か鴨そばを食べる。
鴨南蛮とか、鴨せいろとか。
甘辛いつゆに浸された鴨肉独特の風味が好きなのだ。
厚く身にまとった脂身もいいねえ。

 「鳥もつ」騒ぎで、そばや自体に足が遠のいていたけれど、
塩山に再オープンしたそば屋のがんばりぶりをTVで放映していて、
「そういや、この冬、鴨そばを食べてないぞ、こりゃいかん」
と思い出して出かけた。
天の邪鬼な私はTVのお店には行かない。
以前、F温泉のお店に行って、そばも雰囲気も知っているから。
山梨駅近くの「わらじ」です。
根津嘉一郎記念館でまとめてもらったクーポン券をしっかり握りしめて、いざ、出陣。
これがあれば420円の追加せいろがただだもんな。
あるなしの違いは大きい。

 昼はいつも空いているが、そばは確かだ。
今日の粉は会津磐梯産という。
十割そばのせいろは追加を含めて3枚。
甘みというより、香ばしさのたったそばである。

 鴨は柚子胡椒でローストされているから、ちょっと洋風な感じも。
しかし、厚みも噛みごたえをしっかりしていてうまい。
もう一切れ、二切れ食べたいぞ、と思うが、我慢する。
十割蕎麦わらじ







2011/02/25 17:22:39|文学
木々高太郎と松本清張
 2010年に開催された「三田文学創刊100年」展を見損なって、とても残念な気がしていた。
最近の「三田文学」に出入りしている都築隆広さんに頼んで、このほど、同展の図録が手に入った。
美術展と違って、文学資料展は「図録」をゆっくり鑑賞するのも、有効な手である。
こんなことを言うと文学館に迷惑がられるかもしれないが、元来、鑑賞を狙いにしていない文学資料は、図録や目録の上で整序され、排列された方が、ずっと意味の明らかになるものだ。

 「三田文学」と言えば、創刊時の永井荷風とか、西欧文学への窓とか遠藤周作、それになんと言っても西脇順三郎とか、私の愛好する文人の多い文芸誌である。
当分の間、私はこれを眺めるのを楽しみにすることだろう。

 今日は、こんな話だけご披露しておこう。

 松本清張を世に出したのは木々高太郎であることは有名だ。
清張が処女作「西郷札」で「週刊朝日」の懸賞小説に入賞したとき、木々は直木賞の選考委員だった。
また、木々は「三田文学」の編集にも当たっていた。
木々は清張に熱心に「三田文学」への寄稿を勧め、清張の第2作としてかかれたのが「或る『小倉日記』伝」である。
結果として、この作品は芥川賞作品となる。
その事情のわかる木々の手紙が図録に収められている。
木々がばらしているのが、直木賞の選考委員会で口々に「この作品は芥川賞委員会の方がふさわしい」という意見の出たことだ。
芥川賞選考委員会も作品を受け取り、選考の上、授賞と決定した。

 手紙の中で、木々は、
「さて君は芥川賞をもらった以上出来れば上京して筆一本で食ふ道に入るように望む」
と書いている。
こういう口ぶりには、医学者で大学教官、詩人で推理小説家、テレビタレントのはしりで「人生二度結婚説」の提唱者である「器用貧乏」木々高太郎自身の、自戒も含まれているかもしれない。