新聞、雑誌等に書いたもの、どっかでしゃべったこと、書き下ろし……の置き場です。 主に文学・歴史関係が多くなるはずですが、何にでも好奇心旺盛なので、どこまで脱線するか?!。 モノによっては長いのもありますが、興味のあるところから御覧下さい。
 
2011/01/30 11:16:40|本・読書・図書館
故吉川悦司さんの蔵書
 「23年になります」
と言われて、もうそんなに経つのかと、私は驚き、胸にずしんとくるものがあった。
静岡市の三井甲之の信奉者吉川悦司さんが74歳で亡くなられてからの時間だ。

 文学館建設当時、私は吉川さんに出合い、長い時間ではなかったが、心通うお付き合いをさせていただいた。
それは、山梨の敷島生まれの歌人で文芸評論家、思想家だった三井甲之のとらえ方が主だった。
吉川さんの感じていたことと、私が、甲之の青年期以来の歌や評論を読んできて感じたことは、いわゆる、今なお行われている文学辞典などの甲之の定義とは食い違っていた。
私たちに共通していたのは、一言でいえば、甲之は、「『民』と『ことば』を信じ、芸術・文化活動、啓蒙活動を行っていたのであって、北一輝のような扇動活動をおこなっていたわけではない」というものだった。

 私は吉川さんの甲之に対する思いにとても共鳴をした。
その気持ちは、以前「完結しなかった三井甲之全集ー吉川悦司さんのこと」という一文に記したことがある(『遠い散歩近い旅山梨文学散歩』山梨ふるさと文庫,2003)。

 吉川さんは大変な蔵書家で、自宅の3階を本格的な書庫にし、3万冊ともいわれる蔵書を残した。
ちょっとした学校図書館レベルの蔵書である。
『広文庫』から『古事類苑』などさえある。

 しばらくして、奥様から、
「どこか一括して保管、利用してくれるところはないだろうか」
とご相談を受けた。
すでにあちらこちらを尋ねあぐねたようだった。
私も、いくつかの施設に相談してみたが、なにしろ大量の蔵書なうえに、どこもキャパシティに余裕はなく、現在に至るも、収蔵についてはめどがついていない。
私は、まだ諦めてはいないのだが、奥様も元気とは言えご高齢である。
なんとか、解決策を見い出したいと、常に頭の片隅にある。
どこか、廃校の何室かでもいい、「保存図書館」として、私に貸してくれないものだろうか。

 預かりしていた吉川さん手書きの蔵書目録をお返しすると、
「主人の遺志ですから、あなたの必要な本を、いくらでもお持ちになって」
と言われるものの、虫食いにしてしまうのも気が引けて、甲之の関係のもの、歌誌の復刻版をいくらかいただいて、静岡のお宅を辞去した。
甲府に比べて、日差しも違って暖かだった。

写真:書庫の片りん。
吉川悦司さんの遺影の前の奥様とご長女。
いただいた本の一部。







2011/01/28 14:34:54|グルメ
みそわさび@小口わさび店in松本
 「みそわさび」というのはおそらく初めてかもしれない。
松本城の門前近くの、通称「二の丸」というらしいが、路地に小さなわさび店を発見。
思わず「みそわさび」と「わさび漬け」を買い込む。

小口わさび店
松本市大手3-7-7

 創業80年以上で、安曇野に自家栽培しているという、市内でも老舗だった。
こういうことに私は鼻が効くのだ。

 「みそわさび」は甘めの味噌に、手切りしたわさびの千切りがたっぷり。
酒の肴によし、ご飯のお供に、また、いい。
さわやかな香りが立ち上って、しごくおいしい。
また、松本に来る楽しみが一つ増えた。







2011/01/28 14:14:22|文学
「猫町」山梨日日新聞に載る
 「猫町文庫」第2集の刊行を知らせる記事を、「山梨日日新聞」文化欄(2011年1月28日付)に載せてくれました。
ありがとうございます。
問い合わせがたくさん来るとうれしい。

 この間、甲府市貢川のR堂書店に行ったら、「猫町」も10部ほど店頭に出ていました。
皆さま、よろしくお手に取ってください。







2011/01/27 17:32:51|文学
尾崎紅葉・なにがし作『笛吹川』ゲッツ!!
 松本の慶林堂さんで、3年越しで欲しかった尾崎紅葉・なにがし著の『笛吹川』1冊(明治28年刊)をようやく手に入れる。
「なにがし」は知られる通り田山花袋で、この小説の実質的な著者だ。
古書価格が高くてためらっていたが、ようやく買う決心がついた。
とは言え、紙魚(しみ)が食っていなければ、もっと高かったろう。
店主の山本初夫さんには大分「勉強」してもらった。
この本の刊行の事情については一文ものするつもりだから、とりあえずゲットの自慢だけにとどめる。

 山本さんにお茶をごちそうになりながら、電子書籍の話、昨今の古書店や書店の話、大田治子さんの話などする。
雑誌「猫町文庫」第1,2集を読んでくださっており、しきりに、
「甲府の文化活動はすごい、立派だ。それに比べ松本は……」
などと言われるから、こちらが面映ゆくなってしまう。
私にしてみれば、松本の方が昔からはるかに文化的な、あるいは知的な雰囲気はあると思えるのに、今やそうでもないのだろうか。
「年輩の方の学習熱はありますがね……」
と壮年の人が学ばないことを嘆いている。
このゆとりのなさはいずこも同じだろう。
我々の活動を見て「甲府は云々」と言われるのなら、責任重大である。
我々の仕事に眼を留める人は留めているからだ。
いい加減な取り組みをすれば、それもまた、すぐに見抜かれてしまうだろう。
そういう意味では怖くもある。







「三上」
 昔の人は、文章を練るのに考えがまとまりやすい環境のことを「三上(さんじょう)」という言葉で表した。
それは、馬上、枕(ちん)上、厠(し)上だ。
馬に揺られながら、横になって枕に頭をつけながら、トイレに座って……という訳だ。

 私の場合、「枕上」は、まず、駄目だ。
夜の発想はとめどもなくて、とりとめもなくて、白昼の下に曝すには及ばない。
『夢十夜』を書いていた夏目漱石を例に出すのもおこがましいが、不眠症になるのがおちである。

 「厠上」も大層危険だ。
最近はいす式が多くなり、便座も暖かかったりしてみれば、なおさら危険である。
立って出るタイミングを逃す恐れもある。
お尻のためにもよくない。

 私の場合、意外に「馬上」がいいし、好きである。
車を走らせながら、とつ追いつ、書くべきことのネタを思い出し、並べ替え、捨て去りすることだ。

 もちろんこれは車から降りて、紙上に書きとめてみたり、また、抹消したりの作業に続く。
また、紙上に書きとめたメモや梗概を、車上で思い起こしながら、あれこれ考えを巡らせることもある。
想起することは多く、捨て去ることも、また、多い。

 思うにこれは、いよいよ紙の上に書くことへの、ものすごい抵抗感のハードルをいくつも跳び越えているのかもしれない。
いざ、紙に向かって下書きを書き始める前のこの作業は、意外に時間がかかる。
頭の中では構成があらかた出来上がったのに、紙上に下書きをし始めてみると、大幅に変更せざるを得ないこともないわけではない。

 ここで、このようにブログを書いていても、たいていのものは何日も車上で考えられたり、何度もメモされたり、下書きされたりして仕上がったものが多い。
写真説明程度の記述ならともかくも、モニターとキーボードに向かってぶっつけ本番ということは、殆どない。
これは相手がいて、書くことや話すことを仕事としている限り、当たり前のことだと思うし、それをしなければ相手に失礼千万だと思う。
要は、どこのうどんがうまい、まずいというような内容も含めて、ブログでもホームページでも、私は自分の「作品」「表現」だと思っているのである。

 ことばを用いることを覚えた業のようなものかもしれない。

 そして、車の運転は長時間になればなるほどいい。
渋滞していても、一向に構わない。