新聞、雑誌等に書いたもの、どっかでしゃべったこと、書き下ろし……の置き場です。 主に文学・歴史関係が多くなるはずですが、何にでも好奇心旺盛なので、どこまで脱線するか?!。 モノによっては長いのもありますが、興味のあるところから御覧下さい。
 
2011/01/23 11:09:02|その他
甲府西高学年同窓会
 お招きを受けて甲府西高二期生(昭和54年卒)の学年同窓会に、甲府富士屋ホテルに行ってきた。
私のクラスはもう30年もクラス会をやっているが、学年の会はこれで3回目。
学年で11クラスもあったし、いよいよ母校の同窓会総会の中心になるというので、今日の出席者も120名以上という盛会だ。
教師側は進藤学年主任、中山、井村、馬場の各先生に私という、いささかさびしい状況。
ま、彼らが50歳で教師で最も若かった私が、彼らより干支が同じで一回り上というのだから、こちら側は年をとるわけだ。

 進藤先生が、
「他校の同窓会とちょっと違うね」
と言われるから、
「自分たちも若かったし、西高も生まれ変わった時だから、余計懐かしいのじゃないでしょうか」
と言った。

 遠く近くから来ていて、その個々と思い出話や久闊を叙して、いささかくたびれたものの、幸せな時間である。
NHKの政治番組でお馴染みのK君や選挙で忙しいはずのH君も駆けつけて、こちらも思わず激励。

 最後にスピーチをさせられて、
「新聞部がほとんどだった」
と言ってしまって、あながち大げさでもないような思いがした。

 今はない応援団(ある事件で応援委員会になってしまったはず)の団長だったK君のリードで久しぶりに校歌を大唱したら、思わず涙が出た。
若い日々とその情熱へのノスタルジーである。

 3年時のクラスごとの写真も全クラス撮ったが、ここには載せきれない。
メールなどで希望されれば、送ってあげます。
各自の写りの善し悪しは責任持ちません。

写真は教師席。







2011/01/22 13:52:19|ベトナム
版画村ドンホー(ベトナム)3
 とにかく2時間弱、泥の土手の道を延々と走って、ようやくドンホーの一番の名人で人間国宝のような存在、海外でも知られているというチェーさんの家についた。

 そこで見たチェーさんの作品(400年にわたるという先祖代々の版木も含めて)には感銘した。
中国風、ベトナム風入り交じっているが、生活や民俗、冠婚葬祭をバックにした、おそらくは定番だろう、素朴きわまりない作品の数々の絵柄は、どこか奈良絵扇子とか大津絵の素朴さを連想させた。

 チェーさんで20代、息子で21代、孫22代、ひ孫23代の4世代で手作りする伝統のドンホー版画。
これもまた、日本の「民芸」のように、現地人ではない外国人によって再評価、再認識される日が来るのだろうか。
そのときに現役の創作者が皆無ということになりはしないだろうか?(完)

写真:左上息子と嫁、左下孫、右上チェーさん、右下ひ孫を含めて







2011/01/22 13:44:27|ベトナム
版画村ドンホー(ベトナム)2
 9時、ホテルにぴかぴかのトヨタがやってきた。
ハノイ市内を案内したのと同じガイドだ。
日本語はあまりうまくない。
本人は

「ドンホーは10度くらいも行った。つい先月も客を案内した」

という。

 「大水があって道路が壊れ工事中なので少し時間がかかる」

と言う。
普通ならハノイから1時間程度のところだが、今日はもっとかかるだろうという。

 ハノイ市街から紅河にかかるチューン・ズーン橋を渡り、工業団地のようなところをすぎて田舎道へ入った。
さらに両側が河や沼、湿地帯の中をまっすぐ抜ける土手の道だ。
一車線半ほどしかない。
もちろん舗装などはない。
まわりは点在する村々を囲むように水田からバナナ園、放牧された馬や牛、鶏、アヒル、そこに老若男女が働くでなく、遊ぶでもなく点々と動いているというのどかな風景である。
私自身は車窓から、普通なら見られないだろうこの田園風景を存分に楽しむことができた。
ハノイの劇場でやっている水上人形劇というユニークな発想も、村々が沼沢に囲まれ、人々が半身水につかって農作業をしているこういう風土から生まれるのは当然だと、いたく感心していた。
けれども、ドライバーとガイドは必死である。

 雨のせいか、土手の道もひどく荒れている。
でこぼこがある程度ならいいが、ぬかるみのなかに車の腹がつくのではないかというほど陥没しているところもある。
ドライバーはそれでも土手のへりすれすれを通ったり、勇敢にもぬかるみにつっこんだりしながら、なんとか通り抜けていく。
ぴかぴかのトヨタも泥だらけ、窓まで泥が飛んでくる始末。
私自身でもこんな道は通らない。
まして、車が高価な財産だし、メシの種でもあるベトナムでは身を切られる思いがしたことだろう。

「車は会社(現地旅行社)のものか」

と聞くと、

「チャーターしたものだ」

という。

「それでは高くつくだろう」

と言うと、

「免許を持っていて、車を持っている人間は日本語ができない。ガイドは免許を車の免許は持っていない」

という。

 途中で出会う村人に、ガイドが何度も

「ドンホーはどこだ」

と尋ねる。
めったに見ない車だから村人もビックリして、あきれ顔で

「ドンホー? まだ遠い」

ぐらいなことしか言わない。
ガイドが

「普段通らない道なもので不安になって」

と言い訳する。

「観光客はドンホーへはあまり行かないのか?」

と聞くと、ガイドは

「行かない。ドンホー版画は人気がない」

という。

「不便なこともあるのか?」

というと

「それもある」

と言う。(続く)

写真右下は林立するベトナム煉瓦の工場。川の舟運で運び出す。







2011/01/22 9:21:42|ベトナム
版画村ドンホー(ベトナム)1
 ハノイから30キロメートルくらいのところにドンホーという村があって、何百年の昔から素朴な木版画で知られている。
「紙の村」という異名さえあると言うではないか。
200軒あった版画工房も、今はほとんどの家が、古い版木をプリントすることで生計を立てている。
現在、彫りも、摺りもやっているのは2軒だけで、伝統的な技術の継承者も二人だけだという。
これを聞いたときから、この村には必ず行ってやろうという気になった。

 できれば、半日をドンホー、残りを陶器で知られたバッチャンへ行きたいと考えた。
どちらも、距離から言えばハノイを拠点に半日で十分見ることができそうである。

 ところが、陶器で知られたバッチャン村への半日程度のツアーはあるものの、ドンホー村へのはない。
現地の旅行社などの情報を見るとあるらしいが、詳しい情報は得られない。
調べるとバッチャンへはタクシーをチャーターしても20ドル程度、ドンホーでも30ドル程度らしい。
ままよ、こうなったらホテルでタクシーをチャーターして、半日ずつ動けばいいと考えていた。

 空港に迎えに来た現地ガイドに話すと、

「チャーターはトラブルもあるかも知れない。そういうことなら自分のところ(現地の旅行社)で引き受けるがどうか」

という。
またもや現地セールスかと思って多少警戒した。
料金を聞くと、会社に電話をして確かめて、90ドルだという。
タクシーのチャーター料金からすればずいぶん高いではないか。
それなら自分で行くからと言ったが、

「おいしい昼食がセットだ」

とか、タクシーは行かないかも知れないとかいろんなことを言う。

「お客さん一人に、日本語のできるガイドも付けるし、車代も込みだ」

というから、私も迷い始めた。

 結果、決して高くはないと判断して頼むことにした。
この判断が賢明だったことはすぐにわかった。(続く)







2011/01/22 8:49:38|グルメ
村上のハラコづけ
塩引き鮭で有名な越後村上から、
またまた、手作りのハラコの正油づけをいただく。
塩分も程よく、出汁も効いている。
何よりも驚くのが、口に入れた時の歯触り。
一つ一つの粒粒がしっかりしていて、
噛もうとすれば歯から逃げる始末。
酒によし、ご飯のお供によしで、
しばらくはぜいたくな思いができそうだ。