私は、すでにここに
「本はなくなってしまうのか?」と題した一文を載せたことがある。
「電子書籍元年」などと、例によって、ジャーナリスティックな見出しが躍った2010年が明け、このテーマでは、@大日本印刷+NTTドコモ連合、A凸版印刷+KDDI+ソニー、Bアップル+ソフトバンクの三国志が繰り広げられようとしている。
@は丸善、ジュンク堂、文教堂、図書館流通センター、ブックオフ、主婦の友社を仲間としている。
Aは朝日新聞社がコンテンツを提供する。
Bは毎日新聞社、西日本新聞社、電通が一緒だ。
今のところ、それぞれで読書端末の機器も違っていれば、使い勝手は悪いし、提供されるソフトにも互換性はないし、負担する金も安価とは言えない。
だから、本が電子書籍にとって代わることはあるまい、と言いたいところだが、長期的なスパンで見ればそれほど楽観できない。
また、無視して済ませられる問題でもない。
あるメディアに、標題のテーマで考え方を整理しておきたいと提案したら、「書いてみたら」と言われたので、現状と見通しをなんとか限りある字数に収めたいと苦慮している。
その際、はずしてはならないと思っているのは、次のような点だ。
●電子「書籍」と書籍は違うこと。
前者はデータで提供しようが、画像で提供しようが、単発的な「情報」をまとめたメディアである。
後者はまとまりを持った一つの総合的な内容である。
前者は検索性には優れるが、後者で得られるセレンディピティ(佳きものの偶然なる発見)は得られにくい。
それぞれに強みと弱みがある。
●電子「書籍」は、様々なハンディキャップを持った人や高齢者の利用、また、図書館などにおける大量の資料の保存性には優れている。
だから、一概に嫌悪すべきものでもないし、一概に「本」ののノスタルジーばかりを語っていてもしょうがない。
●ただし、前者であっても、メールやブログやネットがそうであったように、重点は「文字情報」であり、「文字メディア」である。
ということは、「読み」「書き」能力が相変わらず大事だということだ。
●また、受け取り手が、電子「書籍」と書籍とに同じ態度で接するのは間違いだろう。
また、作成・提供する側も前者が後者の代替となると考えては、文化形成、維持・継承を誤る。
図書館が、全てを電子「書籍」に代替して、書籍を廃棄してしまえというのも困る。
・元来弱小なマネージメント・サイズしか持たない出版界は、コスト志向を捨て去れない。
となると、販売するのは「質」より「量」に傾くおそれはある。
このことはとっくに始まっているともいえる。
これは、電子「書籍」だろうが、書籍だろうが、同じである。
となると、少数派の必要とする書籍は、書籍の形でも、電子「書籍」のかたちでも提供されづらくなるおそれがある。
はっきり言えば、詰まらないものは安く大量に出回り、優れたものは高価で少量しか出回らないということだ。
・ハードカバーの書籍は、価格的にも、出版部数的にも入手しづらくなり、個人が求められるのは、文庫やブックレットのようなソフトカバー中心になるだろう。
冒頭の電子「書籍」にかかわる課題が解決されれば、この見通しも分からない。
総体的に文字メディアそのものの提供が減るかもしれない。
これは文化の後退でしかない。
・こういう情況だから、「猫町文庫」出版のように、廉価で軽便な出版を志向している者にはチャンスかもしれない。
流通のノウハウさえあれば……。
これは蛇足である。
さて、さて、こういったことをどうやって1400字でまとめるか?
●の部分を中心とするのが、自分にはふさわしいだろうと思う。