ベトナム戦争(ベトナムでは「アメリカ戦争」と言う)の時のホーチミン主席は、チェ・ゲバラなどと同様、私などには英雄のひとりだった。 今の若者ことばでいえば「神」であったのだ。 なにしろトンネル網と落とし穴、肩に担いだロケットランチャーで、ハイテクで無慈悲で物量にものを言わせるアメリカ軍の空爆に耐え抜き、終には追い払った指導者なのだから。
ベトナムのハノイへの旅は、だから、私には「物見遊山」のような気持ではいられなかった。
ただ、社会主義国の常で、霊廟で生けるがごときホーチミンの亡骸を見せられた瞬間、それとホーチミン博物館の「御本尊」のような展示(写真下)には違和感を覚えた。
また、通用しやすいのが、英語とドルというのも微妙だと感じた。
一昨日のビジネスニュースで、ベトナムは30歳代以降の年代が7割を占める若い国だ、と報じていた。 ますます、本質的ではない、偶像崇拝的なホーチミン像ができていきはしないか。 そうなった時、ベトナムの体制がお隣の大国のように硬直化しないだろうか。 大好きな国ベトナムがそうなっては困る。 もちろん、同じくお隣のように単なる「エコノミック・アニマル」になっても困る。
写真上はホーチミン博物館にひっそりと飾られていた肉筆。 「団結! 団結! 団結! 成功! 成功! 成功!」 とある。 これを見ると、勇気づけられるような、原点に立ち返るような思いがする。 |