新聞、雑誌等に書いたもの、どっかでしゃべったこと、書き下ろし……の置き場です。 主に文学・歴史関係が多くなるはずですが、何にでも好奇心旺盛なので、どこまで脱線するか?!。 モノによっては長いのもありますが、興味のあるところから御覧下さい。
 
2011/01/03 21:03:56|ベトナム
ハノイ旧市街(ベトナム)2
古い街だったり、昔、都があった街なんかには、
たいてい「旧市街」と呼ばれる一郭がある。
そこは城壁に囲まれていたり、運河に取り巻かれていたり、今や繁栄とは縁がなくなっていることも多い。
けれども、そこには土地の人の暮らしぶりがそのまま残っていて、とても心惹かれる。
人々が、どこでもゆったりと柔和で、旅人に懐を開いてくれるのも魅力の一つだろう。
一時期、勤めが一段落したら、世界の「旧市街」歩きなどをしてみたいと思っていた。
残念ながら、それは先ず不可能になった今、アルバムの中に残しておいた思い出の「旧市街」を時折は拾ってみよう。

ハノイの旧市街第2弾である。
仏具屋、菓子型屋、楽器屋等々、何処を切り取っても面白い。
ベトナムでは、若い人はたいてい英語がうまく、コミュニケーションにも困らない。
たとえ、言葉は通じなくとも、こっちの率直な興味や驚きに、向こうは懸命に応えてくれようとする。
ようはこっちの興味関心のアンテナ次第だ。
ハノイでは、公用語が英語で、通用金がドルというのも、微妙ではあるが。







2011/01/02 12:41:38|甲斐の夜ばなし
転がり込んだ泉玉
 これは大泉の谷戸(やと)のおはなしでございます。

 村一番のお大尽の八右衛門の家にお花という一粒種の娘がおりました。
近郷近在にもこんな娘はいないというほどのすらりと背の伸びた器量よしでございます。

 当時のことでございます。
村の年頃の娘たちで夜這いの若い衆を拒むものは誰一人おりません。
ところが、このお花、もったいないはなしで、親や親戚のもってくるどんな良縁も眉をひそめて受け付けません。
屋敷や近所の男衆にもその美しい姿形を見せないうえに、遠くに村の若い男衆の姿を見るのもいやというのでございます。
お花のひどい男嫌いは近郷近在に知れ渡っておりました。

 血気盛んな村の若い衆はしゃくに障って、

「お大尽の娘だとってえらいもんじゃん。お花は小野小町と同じで穴なしずら」

とよくない噂まで流す始末です。

 そう言われてみれば、器量のいいお花ですが、顔の肌の色つやが悪く、年齢相応の潤いというものがありません。

ある夏のこと、お花はいつものことひとり花を摘みながら近くの井出原を歩いておりました。

 涼しさにつられて思いがけず草原深く入ってしまいました。
慣れた山麓の草原ですが、珍しくお花は家路を見失ってしまいました。
草原の向こうに見え隠れする権現岳や赤岳の方角を見ていくら歩き回っても、屋敷の方角はまるっきり見当がつきません。
陽も傾き始めています。
気はせきますがすっかりくたびれ果てたお花は、途方に暮れてしまいました。

 ふと見れば、同じように道を踏み迷ったのでしょうか、草原の窪みに白髪の老人が倒れております。
駆け寄ったお花は少しでも葉陰になるところに老人を引っ張りこみ、帯をゆるめるやら、顔に風を送るやら、手ぬぐいで額の汗を拭うやら、甲斐甲斐しく介抱をいたしました。

 生気を取り戻した老人は、

「娘さん、よくぞこの年寄りを助けてくださった。わしは八ヶ岳権現の使いの者じゃが、下界の暑気にあてられてしもうた。せめてもの礼に何でも望みのものを与えよう」

というのです。

 安心したとたん、どっと疲れの戻ってきたお花は、

「何も欲しくはございません。ただ、水一杯を飲みとうございます」

と答えたそうです。

 老人はうなづいて、懐からまばゆく輝く玉を取り出してお花の手のひらに載せました。
手のひら一杯の大きさの水晶玉でございす。

「これは、いつでもどこでも、念じさえすれば水が湧いて来る泉玉じゃ。これをお前に進ぜるから、決して人には見せず、常に肌身に着けておくがよい」

 言ったかと思うと、老人の姿はふっと消えてしまいました。

 お玉は言われたとおり玉をいただき、水が飲みたいと念じました。

 すると、あら不思議、玉からこんこんと冷たく浄い水があふれ出し、お花の手のひらからしたたり落ちました。
唇をつけてお花は甘露のような水をこくりこくりと飲みました。

 元気づけられたお花はカナカナの鳴き始めた草原を足並みも軽く無事に家路につくことができました。

 その日からお花は、誰にも言わず、寝ても覚めても、泉玉を腹帯の下に巻き込んで我が身の守りとしておりました。

 珍しく蒸し暑いある夜、お花が寝返りをうった途端、腹帯の中の泉玉が転がり出たかと思うと、なんと、お花の股の間の大事な穴につるりと入ってしまいました。

 見違えるようにつやつやとして生気の満ちたお花が、村一番の若者と熱烈に恋をして夫婦の契りを交わしたのは、それから間もなくのことだったと言います。

 泉玉が転がり込むまで、お花の「谷戸」はからからの枯れ谷だったというおはなしです(北杜市)。







初夢・宝船

なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな

(長き夜の 遠の睡(ねむ)りの 皆目醒(めざ)め 波乗り船の 音の良きかな)

 室町時代から伝えられる初夢にちなむめでたい回文。
前から読んでも、後ろから読んでも同じになる。
明治のころまで、元日に「お宝〜、お宝〜」と言って、左のような宝船の刷られた紙を売り歩いたようだ。
これを枕の下に敷いて眠ると、善い初夢が見られるという。

 いい初夢の代表格は「一富士、二鷹、三茄子(ナスビ)」だ。
これは徳川家康の好物を列挙したものという。
富士の眺望(残念ながら駿河からだ)、鷹狩、これも富士のすそ野などで盛んにやった。
そして、煮ても焼いてもうまいナス。
家康も凡人でかわいらしい。

 昔の人は「一年の計は元旦にあり」などと言った。

 個人的な目標としては、雑誌「猫町文庫」を充実させて、継続刊行。
そのためには維持会をさらに発展させなければならない。
いい書き手も見つけなければ。

 次には出版(猫町文庫)の活動を活発にしたい。
そのためには佳い作品だが、表に出ていないものを見つけねば。
また、もっとPRして、売れなければ。
書店ではまことに売れないんだな、これが。
せめて必要経費ぐらいは出て、トントンでいけるようになりたいものだ。

 自分の調査・執筆・発表もしてゆかなければ、本末転倒だし……。

 教職を目指す学生や図書館関係者に、学習と学校図書館、読書、本の意味・大事さを、今年も訴えていきたい。

 いい絵を観て、いい本を眺めて、不埒な妄想をして、たまにはいいものを食らいたい。

 そのためには、なんといっても健康第一。

 今夜、いい夢が見られるだろうか。

 賀状をいただいた多くの方々に、今年も幸あれ!!







2011/01/02 10:41:59|甲府
雑誌「ココチ」6号
 「ココチ」6号落手。
ココチの制作発行による34ページの機関誌のようなもの。
食と健康、エコ等をメインテーマとしている。
ノスタルジックなトーンが目立つ。
山梨には珍しいテイストのムックで魅力を感じるが、もっとテーマ性を強調してほしいと思うこともある。
スポンサーや会員、書き手などを考えると、こういうほんわかした気分(微温的)でゆくのかも知れない。
「やせったい」(甲州弁で「せっかち」とか「そうぞうしい」)自分だから、そう思うのかもしれない。







2011/01/01 10:53:36|民俗・芸能
三番叟
追分人形式三番叟

さんば〜
はじまり〜 はじまり〜

オーサイヤー
オーサイヤー
こーのところの喜びは
よそにはやらじと おもう

どっこいこら
どっこいこら
どっこい どっこい
どっこいな!
どっこい どっこい
どっこいな!

ひゅー
ひゅー ひゅー
えんまー はっしゃー


(解釈)
なんとめでたい
おめでたい
この喜び!
こんな喜びは他にはやららないで
ここに見に来た人と、
踊る者とだけで
分かち合おうじゃないか

笹子追分人形公演予定 ■
◇2011年 1月15日 有楽町のギャラリー砂翁にて16時過ぎに三番叟を披露
◇2011年 1月21日 猿橋小学校
◇2011年 2月 5日 大月市民会館 パルシステムの集会?で披露
◇2011年 2月 6日 大月市民会館にて本公演 【先代萩・日高川】 今年は有料 1,000円です。

今年は市からの助成金がなくなりました。本公演には30万円以上の費用がかかります。只今資金はマイナス。事務局立替となってしまいました。会場費も徴収されるそうです。仕方なく、今年度は入場料1000円となります。演目は“先代萩”と“日高川”の二本立てとなります。