新聞、雑誌等に書いたもの、どっかでしゃべったこと、書き下ろし……の置き場です。 主に文学・歴史関係が多くなるはずですが、何にでも好奇心旺盛なので、どこまで脱線するか?!。 モノによっては長いのもありますが、興味のあるところから御覧下さい。
 
文部省唱歌『冬景色』
冬の唄では、べただけれど、これもいいなあ。

『冬景色』文部省唱歌
作詞、作曲ともに不詳

1.さ霧消ゆる湊江(みなとえ)の
舟に白し、朝の霜。
ただ水鳥の声はして
いまだ覚めず、岸の家。

2.烏(からす)啼(な)きて木に高く、
人は畑(はた)に麦を踏む。
げに小春日ののどけしや。
かへり咲(ざき)の花も見ゆ。

3.嵐吹きて雲は落ち、
時雨(しぐれ)降りて日は暮れぬ。
若(も)し灯火(ともしび)の漏れ来(こ)ずば、
それと分かじ、野辺(のべ)の里。

 歌詞をよく見ると(私が気がつかなかっただけ)、
「冬景色」と言いながら、
1番は朝、2番は昼、3番は夕暮れとなっているのか!
歌詞の思い違いを言う人の多い唄だが、私も1番の「湊江の」を「港への」と理解し、水上からの眺めのように思い込んでいた。

1913年(大正2年)に刊行された『尋常小学唱歌 第五学年用』が初出だという。
石井柏亭あたりの農村画が連想される。
寒く、貧しく、老いて、寂しく……これからの「限界集落」もこれと余り違わないように思える。







2010/12/24 15:06:42|本・読書・図書館
氏家幹人『江戸の性風俗・笑いと情死のエロス』
ここ数日、寝しなに読んでいる氏家幹人『江戸の性風俗・笑いと情死のエロス』に、興味深い何点かを発見した。

一つは、川路聖謨の素顔、家庭像だ。
私の知るところでは、彼ほど非道、酷薄な官僚はいなかったはずだが、氏家が紹介した日記『寧府紀事』によって認識が改まった。
ま、官僚としてではなく、私人としてだけれど。

次に、戦国期から江戸初期に「隆盛」した「男色」の風潮が、明治になって復活し、2,30年代に再び「隆盛」したのは、東京に入ってきた「薩摩隼人」の習慣からだ、という指摘。
明治文学を相当読んでも来たが、こういう観点を強く持ったことはなかった。

また、この国に多い「情死(心中)」が、主君と寵童の、恋愛感情にも勝る「ピュアな契り」に由来する、という指摘。
「愛」の観念が、明治以降輸入されたものであり、この国で、男女の「契り」を完結させるには、戦場での戦死、主君の身代わり、殉死をなぞった「情死(心中)」しかなかった、と大胆な指摘である。

そのほか、寵童を巡る、武家同士の血闘、「恋」のために死ぬ……など。
また、江戸期の人々の「死体」への異常な関心。

以上の点は、近世の文楽や歌舞伎の演目、落語のモチーフなどからも、色々と思い当たることがあって、考えが広がっていって面白い。







2010/12/24 14:19:07|樋口一葉
一葉を考えるためのフレーズ(13)文明開化イコール百鬼夜行
一葉を読んでみて、彼女の短い生涯、その心の有り様を見るとき、どうあっても見過ごしてはいけない、と私が考えるフレーズを抜き出してみました。

 文明開化か、百鬼夜行か。筆こころにしたがはば材料は山ともいふべし「よもぎふ日記」二十六年二月七日

※この言葉で連想するのは河鍋暁斉の風刺画だ。
一葉は明治5年生まれで日清戦争直前の29年に没した。
物質的で迅速な開化の陰の部分を直覚していた。
24歳だから、晩年と言うのも気の毒だが、「にごりえ」「十三夜」「別れ路」「闇桜」などの最後の作品たちは、その思いの形象化だとも言える。

写真:井上探景画「東京上野鉄道汽車出発之図」







2010/12/23 20:09:03|グルメ
うなぎ@井筒屋(北杜市小淵沢)
久々の井筒屋の「のろ」でげすよ。
思いがけずすいていてラッキー。

おなじみの肝。
B級グランプリの鳥もつ煮は、ひょっとして、うな肝からヒントを得たのだろうか?
う巻きにうな箱三。
う巻きもあったかい分、野田岩よりうまいや。
うな箱はちょいと少なめと見えるが、食べ終わればちょうどいい。
かば焼きと卵載せ、白焼の三種を味わえる。

本日は鹿児島産の国産だそうです。
ごちそうさま。







2010/12/23 17:42:00|ことばグルメ
堀内敬三作詞「冬の星座」
 「唱歌」でとても心惹かれる歌が時折ある。
メロディもだが、歌詞のいいのが多い。
この季節になると、宴会帰りなんぞに知らず知らず口ずさんでいるのが「冬の星座」。
昭和22年(1947)に中学の音楽教科書に掲載されたものだ。
2番がとりわけ好きだが、中でも「きらめき揺れつつ 星座はめぐる」というところなど、冬空の清澄さと雄大な感じが出ていて、また、どこか華やかで大好きだ。

    冬の星座
            作詞 堀内敬三

1 木枯らしとだえて さゆる空より
  地上に降りしく 奇(くす)しき光よ
  ものみないこえる しじまの中に
  きらめき揺れつつ 星座はめぐる

2 ほのぼの明かりて 流るる銀河
  オリオン舞い立ち スバルはさざめく
  無窮(むきゅう)をゆびさす 北斗の針と
  きらめき揺れつつ 星座はめぐる


 いつかアメリカの作曲家ヘイスが1872年に作詞・作曲したという原曲『愛しのモーリー(Mollie Darling)』を聴いたら、テンポも調子も全く異なる、カントリー&ウエスタン風の甘いラブソングで面食らった。
耳になじんだ堀内敬三の歌詞と、ソプラノで歌いあげる歌唱の方がずっといい。
これは「訳詞」ではなく、「作詞」だろうが。

 よく似たメロディに讃美歌の次がある。

  星の界(よ)
    作詞 杉谷代水 作曲 コンヴァース

月なきみ空に、きらめく光、
嗚呼(ああ)その星影、希望のすがた。
人智(じんち)は果(はて)なし、
無窮(むきゅう)の遠(おち)に、
いざ其の星影、きわめも行かん。

雲なきみ空に、横とう光、
ああ洋々たる、銀河の流れ。
仰ぎて眺むる、万里(ばんり)のあなた、
いざ棹(さお)させよや、窮理(きゅうり)の船に。


 これも嫌いじゃないけれど、語彙が明治時代のキリスト教系の学生の唄みたいだ。

 こんなのもある。

  いつくしみ深き友なるイエスは
    作詞 ジョセフ・スクリヴェン

いつくしみ深き 友なるイエスは
罪とが憂いを 取り去りたもう
心の嘆きを つつまずのべて
などかは降ろさぬ 負える重荷を

いつくしみ深き 友なるイエスは
われらの弱きを 知りてあわれむ
悩み悲しみに しずめる時も
祈りにこたえて なぐさめたまわん

いつくしみ深き 友なるイエスは
変わらぬ愛もて みちびきたもう
世の友 我らを捨て去るときも
祈りに応えて いたわりたまわん


 これはキリスト教の葬儀でしばしば歌われる。
「冬の星座」からいささか脱線した。