新聞、雑誌等に書いたもの、どっかでしゃべったこと、書き下ろし……の置き場です。 主に文学・歴史関係が多くなるはずですが、何にでも好奇心旺盛なので、どこまで脱線するか?!。 モノによっては長いのもありますが、興味のあるところから御覧下さい。
 
2010/12/20 14:20:49|民俗・芸能
落語会
このところ演芸づいている。
日曜は甲府ココチ主催の落語会。
場所は懐かしい甲府市徳行のアウトドアショップエルクの旧店舗。
キャンプをしなくなってから久しいから、ここへくるのも久しぶりだ。

演者は二ツ目の立川キウイ、古今亭朝太、それに、地元の紫紺亭圓夢。
圓夢さんの話は、さすがにキャリアもあるから、肩から適度に力が抜けていて、とても聞き易い。
二ツ目の二人は一生懸命である。
キウイさんは来年真打に昇進するそうだ。

客が少なくてワリも少なそうで気の毒だ。

『びんぼう自慢』という本にある話だが、朝太といえば、五代目志ん生が、大正の頃、甲府の稲積亭ではなしていたときの名だ。
甲府で、後の名人志ん生は、下足番の爺さんによって得難い経験をする。

このところ鈴本も末広もご無沙汰だった。
泊まりの出張が殆どなくなったから、昼席じゃつまらないと思ってしまうのだ。
また、覗いてみようかな。

植松奈麻余美文庫主のうったそばをごちそうになって、丁度時間と失礼する。

写真:高座を終わって。左から万力文庫の佐野さん、キウイさん、圓夢さん、朝太さん。







2010/12/19 10:35:31|グルメ
煮こごり
今はこういうものがあるんだとびっくりした頂き物が「煮こごり」のパック。
M百貨店でこしらえたセットのようだ。
琥珀色のそれはいかにもうまそうだ。
しかも、アワビだとかウニだとかタラバだとか、贅沢な文字がシールに記されている。

昔々の寒い冬、魚を煮たり、鶏肉とゴボウなんかを煮た鍋の二日目には、しっかり煮こごりができていた。
それを熱いご飯に載せて、溶けかかったやつを食らうのも旨かった。
けれども、それに「煮こごり」などというしゃれた名があるとも知らなかったくらいだ。
それに、ごちそうだなんて思わなかった。
どちらかといえば、「残り物」「まとめ物」の感覚だ。

後に京料理かなんかでお行儀よく、小さく、羊羹のように切られた「煮こごり」を見たとき、「野郎、いつの間にか化けやがったな」と呆れた。
その味は出汁も上品で歯ごたえもあった。

煮こごりパックは、飯で食おうかおひたしと和えようかと考えながら、酒の肴に一つ、また、一つと消えてゆく。
期待したアワビは親指の爪かというほど小さかったし、ウニもいわれればそうだというかわいさだった。
味と歯触りは、割烹の「煮こごり」風で、おいしかったが、ちょっと口惜しかった。







2010/12/19 10:14:33|民俗・芸能
太神楽という芸

甲府文芸講座に、無理を言って鏡味仙三(せんざ)さんの出演を頼んだ。
聴衆(観衆?)には楽しかっただろうと思う。
あちらこちらからのつぎはぎだが、当日、私が作成して配った、「太神楽とは」というプリントの中身の採録。

 太神楽(だいかぐら)は、古くから神社を祭る式楽、舞楽(ぶがく)より生じ、伊勢、尾張(熱田)、水戸が代表的発祥地と伝えられている。

 伊勢、熱田の神人が各地を巡って(回檀)、神札を配り、竃祓いや村の辻での悪魔祓いとして行った神楽。
大神楽・代神楽とも言う。獅子舞と曲芸から成る。
伊勢太神楽の獅子舞は回檀先の多くの村々に移入され、それらは伊勢太神楽系の獅子舞と呼ばれる。
熱田派は江戸開府の際に本拠地を江戸に移し、各地へひろがった。
余興として行われていた曲芸は舞台芸としての太神楽に発展、江戸太神楽や水戸大神楽となった。

 伊勢大神楽は舞(獅子舞)と曲(放下芸)とに大きく二つで構成されている。

 舞は悪魔を退治し、清めてお祓いを行い、主に家とかまどをお払いする。
また、頭噛みのお祓いはどこでも一番の人気がある。地域によっては仏壇のお祓いもすることもある。

 曲は放下芸師とチャリ師(道化師)が萬歳のように掛け合いながら、スリル溢れる芸から不思議な芸を披露して観客を楽しませる。

 神様への奉納、氏子への祈祷などが主だった太神楽は、寄席の出現に伴い【神事芸能】から【舞台芸能】へと変化をし、獅子舞の余興として演じていた曲芸は、大衆への娯楽を提供する【寄席芸能】へと発展してきた。

 江戸時代に広まったこの太神楽曲芸は、明治・大正・昭和と時代と共に技芸を発展させて、平成の現在へと受け継がれている伝統芸能。

 太神楽は『舞』『曲芸』『話芸』『鳴り物』の四つの柱から成り立っている。

・「舞」   → 獅子舞・恵比寿大黒舞など
・「曲芸」  → 投げ物(撥・鞠・ナイフ・輪など) 立て物(傘・五階茶碗・皿など)
・「話芸」  → 掛け合い茶番(源三位頼政・祐兼参詣・五段目・鹿島の舞・すずめ踊りなど)
・「鳴り物」 → 下座音楽・祭囃子など

※太神楽曲芸の主な演目
「曲撥」「長撥」「曲鞠」「傘」「花籠鞠」「五階茶碗」「水雲井」「末広一万燈」「土瓶」「皿」など

 太神楽曲芸は、芸能の原点と云うべき要素を揃えている。

絵は寛政元年(1789)の喜多川歌麿。鏡味の紋「マルイチ」が染め抜かれている。
写真:鏡味仙三さんと作家でこの講座の委員長・三神弘さん。







2010/12/17 16:52:07|甲府
甲府文芸講座
明日の甲府文芸講座でおしゃべりをする。

私は江戸から大正までの甲府の芝居や芝居小屋=亀屋座(若松座)・三井座(桜座)の変遷をパワーポイントでご説明する。

その後、太神楽師鏡味仙三さんに由緒正しい太神楽の話・実演をしてもらう。

今回のは、「芸能」は芸能でも、近世期に門付芸から切り離された二つがテーマだ。

もっとも、歌舞伎は元来、芝居町・遊女町・旦那場(被差別部落)とセットになった「悪所」に淵源を持つ。
だから、歌舞伎役者が「制外者(にんがいもの)」の意識とパワーを失って、収入と名誉ばかり鼻にかけるようになると、元々の「お仲間」から手痛いしっぺがえしをくらう。
そういう、宿命にあることを忘れてはいけないだろう。

こないだまでは歌舞伎の市川家発祥の地(とされる)へ、「あいさつ」に来てもよさそうなもんだ、なんて思っていたが、今は、逆に、来てもらっては困る。

第3回講座
12月18日(土)13:30〜16:00
甲府市立図書館視聴覚ホール
<町場>の芸能 ―若松座・桜座ほか
講師 福岡哲司(都留文科大学講師 出版猫町文庫主宰)

 神事芸能から舞台・寄席芸能へ
  太神楽師 鏡味仙三


写真:大根畑の集い兼ひなたぼっこ







2010/12/17 14:03:02|文学
前田普羅@「甲斐の山々」
前田普羅が甲州に蛇笏を訪ねたのは、昭和11年の11月末。
そのとき、「甲斐の山々」と題する連作5句を作った。
「甲斐駒ヶ岳」の句もその一つ。

残りは、

茅枯れてみづがき山は蒼天に入る

霜つよし蓮華とひらく八ヶ嶽

茅ヶ嶽霜どけ径を糸のごと

奥白根かの世の雪をかがやかす


山岳俳句を得意とした普羅だが、これらの5句は、そのうちでも絶唱である。

写真は瑞垣山