一葉を読んでみて、彼女の短い生涯、その心の有り様を見るとき、どうあっても見過ごしてはいけない、 と私が考えるフレーズを抜き出してみました。
伊東夏子ぬし不図(ふと)席を立(たち)て「我にいふべき事あり此方(こなた)へ」といふ 呼ばれて行(いき)しは次の間の四畳計(ばかり)なるもののかげ也 「何事ぞ」と問へば声をひそめて「君は世の義理や重き家の名や惜しきいづれぞ 先(まず)この事問はまほし」との給ふ 「いでや世の義理は我がことに重んずる事也 是故(これゆえ)にこそ幾多の苦をもしのぐなれ されど家の名はた借しからぬかは 甲乙なしといふが中に心は家に引かれ侍り 我計(ばかり)のことにもあらず親あり兄弟ありと思へば」といふ「さらば申す也 君と半井ぬしとの交際断(たち)給ふ訳にはいかずやいかに」といひて我おもてつとまもらる 「いぶかしうもの給ふ哉(かな) いつぞやも我いいつる様にかの人年若く面て清らになどあれば我が参り行ふこと世のはばかり無きにしも非ず 百度も千度も交際や断ましと思ひつること無きならねど受(うけ)し恩義の重さに引かれて心清くはえも去あへず今も猶かくて有なり されど神かけて我心に濁りなく我が行(おこなひ)にけがれなきは知り給はぬ君にも非じ さるをなどこと更(さら)にかうはの給ふぞ」と打恨めば……「日記しのぶぐさ」二十五年六月十二日
※半井桃水に一葉が小説の指導を受けていることが、一葉の通う塾萩の舎では男女関係であるかのようなスキャンダルになっていた。大の親友で心を知った伊東夏子や娘のように思ってくれているはずの師の中島歌子さえも、一葉を疑うそぶりを見せる。 |