都留文科大学の正門の前の珈琲店バンカムでトルココーヒーを頼んで、茶漉しで漉して盃にとって口に含んだ瞬間、マジョルカ島のカフェテラスを思い出した。
夜になっても四十度近い空気の中、カフェテラスはそれこそ多国籍の人々で混み合い、空席を待って席を取るような具合だった。
賑やかだが、決して不愉快な騒々しさではなく、快い喧噪が辺りを包んでいた。
そこで頼んだカフェ・ソロがスペインの猛暑と乾燥と葉巻の煙とに似合って至極旨かった。
下がすぼまったデミタス用に似ている小振りのカップ。
そこに濃い色のコーヒーがどろりと溜まっている。
シュガーを一匙半さらさらと落として、かき混ぜるのではない、スプーンを一回さすだけで口に運ぶ。
とても濃い。
けれども、苦みはさほど強くない。
コーヒーの旨味だけを濃縮した感じで一滴一滴に満足感がある。
たまにコーヒーの粉を舌先に感じるが気にもならない。
カップの底を覗くと溶け始めたシュガーがわだかまり、そこにコーヒーの粉がいくらかまとわりついている。
このところコーヒーにシュガーは全く入れずに飲んでいたが、カフェ・ソロばかりはシュガーが合う。
一啜り毎に僅かずつ甘さが増してくるのも……。
あんまりあっけなく飲んでしまったものだから、最後にカップの底に精製前の蜜のようになってわだかまっているシュガーを未練気に眺めて、しかし、十分満足したのだからもういっぱい頼むのも気が引けて、ミネラルウォーターを口に含む。
見上げれば澄んだ夜空にイスラームの旗のような三日月。
彼方には壮大な島の大聖堂が断崖の上の夜空にそびえ立っている。
崖に面した壁面の三角屋根の物見櫓。
ここは地中海に浮かんだ島だがまさしくアフリカにつながっているのだ、と不意に思った。
都留のバンカムで「トルコ」と頼んで、ベイルートの土産にもらったというイブリックに袴付きの盃が三つ、盆に載って出てきた。
コーヒーを漉すための緑茶の茶漉しをつけたのは店主の工夫だろう。
盆には如何にもイスラームな文様がしかも素朴至極に筋彫りされている。
イブリックは蓋がはずれてしまったのか蝶番をハンダ付けしてあった。
一杯目を口に含んで思い浮かべたのは、まさしくマジョルカ島のカフェ・ソロではないか。
あの晩、ライトアップされた大聖堂が青白く浮かび上がっていたのを瞼の裏に思い出しながら、二杯目を注いだ。
窓の外には文大坂。背後には黄葉し始めた里山。
バンカム都留