 宝暦二年(1752)の序の付された野田成方の『裏見寒話』では、御岳の名物が様々触れられている。
名産としては今も目にする土鈴がある。 三月、十一月の十一日から二十五日までの金桜神社の祭礼で売る。 明治十九年から甲府教会の牧師だった山中共古(笑)の『甲斐の落葉』では、祭礼は四月になっていて、「新道」は山桜やツツジが美しく、「遠足」が人々が参拝するという。 さらに土鈴は、元は大和から送ってきたものだが、今では、甲府で作っていいると言い、「大さは五六分より一寸位のものにして丹赤及金色柿色の三通りあり虫除とて子供の腰へさげさせ置く者あり又火除とて自在竹へ結付おくものもあり」と記す。 同書には山中自身の手になる土鈴の絵も添えられ、「虫除の文字あるは近頃製したるもの」という聞き書き(だろう)も書かれている。
先ず「太蕎麦」。その名のとおり大変に太いが、つなぎに小麦粉を使わないから風味がいいという。 ただし、汁は甚だ悪く、その理由は、山中で湿気が多いから味噌醤油を拵えることが難しく、済まし汁に出来ないからだという。 鼠のような形の大根も取れ、これを蕎麦の薬味とする。 別に「辛味大根」の記述もあって、「予(筆者)古府大泉(寺 現甲府市緑が丘)に遊ぶ、蕎麦の味甚だ辛く、再三感味し、和尚云、此大根は、胡麻畑に植ゆ、水気胡麻に採られて辛味別段也と」とその味を気に入ったらしい。 鼠のような大根と「辛味大根」の異同はよく分からないが、昇仙峡の或る蕎麦屋では同じだと言って客に出している。
次に「水晶」。 これは御岳から金峰山の間から採れる。 帯那山からも出るが、こちらのはまだ若く、まま曇りがある。雲母沢などからも水晶は出る。 「磨き砂」は御岳の入口にある。
シャクナゲも御岳山、ことに金峰山辺りに多く、四月頃が花盛りだという。 末尾に(一本薪を鬻ぐ者採りて府中へも売に来る)と追記している。 時代は随分下るが、明治末に甲府中学の英語教師だった野尻抱影は、後年、『星恋』(俳人山口誓子と共著)に「山峡暮春」なる秀逸なエッセイを書いて、「山地からは、しやくなげの枝を売りに出て来て、甲府の大かたの家々はこの爪紅の莟の枝を投げ入れ、暮れ遅い食後の散歩にも、あちこちの店先にもう咲き出したこの花をみかけるやうになる」と記す。 この「山地」こそ御岳のことだったのかも知れない。今に名残惜しい風俗である。
ようし、今年の暮春は御岳にシャクナゲを探してみようと心に決めた。(2010年2月6日)
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