新聞、雑誌等に書いたもの、どっかでしゃべったこと、書き下ろし……の置き場です。 主に文学・歴史関係が多くなるはずですが、何にでも好奇心旺盛なので、どこまで脱線するか?!。 モノによっては長いのもありますが、興味のあるところから御覧下さい。
 
2008/11/23 15:38:41|高校文芸集選評
過程(H19)
随筆・生活記録 H19

 随筆を読ませてもらう楽しみというのは、一人一人の書き手とじかに対話しているような気持ちになることに尽きる。
随筆では、書き手の一人一人が自分の内面と向き合って、かたちになりづらいものをかたちにしようとして苦心している一生懸命さに触れられる。
また、自分の外の世界の事物や人々に向けた書き手のまなざしも感じられる。

 自分に向かう視線はたいてい厳しく、自然や高齢者、障害者などのいる外界に向かってはたいていまなざしは温かい。
これこそが政治的あるいは経済的でも宗教的でもない、文学的な表現の価値なのだろうと思える。
ことに高文連の文芸部門に参加してくる世代の書き手には、こういう潔癖さと心優しさが際だっているように感じる。

 随筆は答えを想定せず書いてもいい。考える過程、見つめる過程、過程そのものを書いてもいいジャンルだ。
 
 田草川萌(めぐみ)さん(甲府南高)の「悩みについて悩む」は、まさにことばの不自由さ、コミュニケーションの難しさについて、マジメに「悩む」過程をかたちにしてくれた。
自分なりの当面の答えとして、田草川さんは「悩み」は結局自分一人のものだと気づき、「人生の同伴者」である「悩み」から逃げず、「誠意を尽くし」「とことん悩むことで見出せる新しい世界観や価値観の発見の感動を望む」と前を向いている。

 清水絵夢さん(甲府東高)の「『幸せ』の価値」では、障害者のことを「不幸・可哀想」と決めつける残酷さに触れて、幸せとは何だろうと考え始める。
「大切なのは、『幸せ』を共に感じることのできる存在や環境」だと気づき、幸せとは「全て誰かとの『幸せ』」だとことばにして、世界とつながっている。

 古屋有希さん(甲陵高)の「月下美人」は、その名のとおり、真夜中人知れず咲くサボテンの花である。
祖父にとってこの花は祖母との思い出があるようだ。
祖父は開花を見ることにこだわらない。
筆者一人、月下美人の開花を夕食時から真夜中まで見続ける。
花の描写が実に的確であり、作品は小説の一場面を切り取ったかのようだ。

 これからも多くの書き手の目や思いのこもった随筆を通して「対話」したいものだと思う。







2008/11/23 9:42:35|高校文芸集選評
「文芸評論」してみたら?(H20)
評論部門 平成20

 評論を書いて応募すると言えば敬遠されがちだが、普段「評論問題」で苛められている諸君は、リベンジのつもりで自分でも書いてみることをお勧めする。
ことに文芸評論と言えば、対象がしぼりやすいし、手をつけやすいのではないかと思う。

 今回の入賞作品は三タイプの文芸評論になった。

 甲府西高校の中村美里さんの「人類は将来河童になる」。
筆者は芥川龍之介の小説「河童」について「人間と河童は感性が逆」のはずが、様々な挿話を読むなかで「逆」とは感じず、むしろ、現代人が「大正時代の河童達のレベルに追い付いてきている」のではないかとさえ思う。
一例を挙げれば、生まれてくる河童に希望を聞くという有名なエピソードも、現在横行する親の養育放棄、責任の子どもへのなすりつけと軌を一にして見える等々。
文学作品から時代や社会に現実化して読めているところを評価したい。

 小林多喜二の「蟹工船」だけが、現代の派遣社員の悲劇を想起させる訳ではない。

 甲府第一高校の芦澤実彩さんの「『藪の中』に見られる『人間』」。
「藪の中」という慣用句に象徴される「事実」の多義性に目が行きがちなこの作品のテーマが、本当はエゴイズムにあるのではないかと指摘している。
三人の登場人物は、告白に一人称だけを用いて話し、「自らが犯人だと言いながら、自分の感情や正当性についてしか語っていない」のである。
作品を読み込んで微分することによって、そのなかから作品を解く鍵(導関数)を見い出すやり方の評論である。

 甲府西高校の長坂優香さんの「星新一という寓話作家」は、千一編ものショートショート(掌編小説)が書けた星新一の手法を分析する作家論である。
筆者の指摘を一つだけ挙げれば、「固有名詞の不使用、性描写や時事風俗の描写をしない」等である。
筆者の信奉具合は、星新一を「『巨匠』を超越した『神様』」だとするところにも現れている。
どこかでお会いした氏は「巨匠」にも「神様」にも見えず、まことに礼儀正しい紳士だったことを思い出した。
ただし、作家論は本一冊になるほどの枚数を書かないと、ただ抽象的なラブレターになってしまうことが多く、愛読者以外には説得力を持たないことが多い。
つまりは作品論の地道な積み上げが作家論になる。







2008/11/23 9:37:21|高校文芸集選評
小さな日常に向ける眼(H20)
随筆部門 平成20

 「KY」なる流行語だか隠語だかがあって、「空気が読めない」を省略したものだという。
このことばにはいろんな意見があるようだ。
「実際、『空気』の読めない奴がいて、困りもんだ」という声。
これは若い人に限らず、おじさんおばさんでもこう言う。
かと思えば、「『空気』を読む読むなんて言って、周りばっか気にして、本音も言えない奴ばっかだ」という声。
これはおじさんおばさんが「今どきの若いもん」について言うことが多い。
おじさんおばさんは、どっちみち両方の意味で、ちょっと新しがって「KY」を使うのである。

 両方の意味で使うのは、おじさんおばさんに限らないかも知れない。
流行ことばはこのように多義的で曖昧なものが多いように思う。

 けれども、おそらくは若い世代が「空気が読めない」という否定文を「KY」と略して使い始めたときには、この言い回しには否定的なニュアンスがまとわりついていた。
しかも、特定のタイプの人間を決めつける、心ない言い回しとして。
多義的で曖昧なのを強みにして、何やら人に強いたり、時に人をばっさり切るようなことばが、今や巷には溢れている。

 山梨学院大附属高校の小川由莉さんの「小さな四角い箱からの情報」は、それをテレビ番組に見ている。
一部の意見や都合のいい場面を放映し、評論家にコメントさせたり、執拗に非難することで情報をコントロールしているとしか思えない、と書く。
見逃しがちな日常の生活のなかの疑問や恐れにしっかりと視点を置いている点を評価したい。

 甲府西高校の中村美里さんの「人を笑うこと」は日常の母子関係を取り上げている。
ここでは題名の「人を笑うこと」が笑われた人を救う一例を描いている。
ドジで、結構深刻な事態を引き起こしている娘を笑い飛ばすことで、母は娘を救っている。
娘は照れくさいから「ありがとう」も言わないけれど、心から感謝している。
ユーモラスで温かみのある作風だ。

 日常の細部に目を留めることは随筆の勘所でもあるだろう。







2008/11/23 9:20:58|甲斐の夜ばなし
煙でいぶして
 昔、若者は娘の寝所に夜這いをかけることが普通でしたが、所帯を持っていたり、年配になるとそういうわけにもまいりません。
自然、銭を貯めて、サボシと言われる商売女の所へ通うことになります。

 サボシは商売ですから、線香で焼くなり、軽石で摺るなりして、下の毛をきちんと整え、膨らみには白粉で化粧するようなこともしました。
そこで素人女はサボシを軽蔑して、嫁入りの際、股の間をわざわざ焚き火の煙で煤けさせるような慣わしもあったそうでございます。

 南都留の忍野では、昔、嫁入りで婿の家の門口をくぐる時、カツノキ(ヌルデ)を焚いた火の上をまたがせる習わしがあったそうですが、その名残だったのでしょうか。
それともただのお清めでしょうか。(南都留郡忍野村)
写真:冬の河口湖からの富士







2008/11/23 9:16:23|アート
アート都市・ハノイ(ベトナム・ハノイ)
 ハノイの国立美術博物館は館の名称が示すとおり、古代美術から近現代までを守備範囲だ。
つい先だって発表されたホーチミン廟近くのバーディン地区で発見された壮大な王城遺跡の発掘調査が進めば、美術館の古代領域は飛躍的に充実することだろう。
七世紀から十九世紀までの重層的な遺跡だというから、歴史博物館として独立させなければとうてい無理かも知れない。

 美術館を観て感じたことを率直に言えば、ベトナムの近現代美術が質量共にこんなにも豊穣だったのかという驚きだった。
また、おのれの無知を恥ずかしく思った。日本では十九、二十世紀のベトナム美術なんてほとんど紹介されてこなかったのではないか。

 展示室に入る前は、フランスを追い出し、社会主義国家を樹立し、ベトナム戦争で米帝国主義に勝利して南北統一を果たし……という、いわゆる革命画や戦争画なんかが多いのだろうとたかをくくっていた。

 ところが、そういったものはせいぜい二室、後はことごとく人物や田園や都市の風景をモチーフとした水彩と油彩あるいはカシュー(いわゆる漆)画だ。
とりわけ二、三階の近現代の美術に惹かれたのである。

見ようによっては、モチーフは日本の大正期の民衆画や田園風景画に似ていないこともない。
けれども、日本のそれと比べて、まったく貧しい感じはしない。
暗くもないし、底抜けにおおらかなのだ。ソフトで温かく静かである。
年代を見ると、これが烈しい植民地戦争やベトナム戦争(ベトナムではアメリカ戦争という)の間の絵画でも、この雰囲気はまったく失われていない。
少数民族をモチーフとしている作品も多い。

 一体どういう国民なのだろうと思う。
精神的な強さとナイーブさと楽観主義とが根本にあるとしか思えない。
街角で触れる花や絵画を愛する、貧しくともブラウスだけはこざっぱりとして、微笑みを絶やさないというベトナムの人々の生活感情は、こういう民族性に連なるのかもしれない。
近現代絵画を観て、これこそベトナムの民衆の強さの表れなのだと痛感させられた。
かつてフランスの植民地だったからというようなことでは、ベトナム美術の豊穣さは説明がつかないだろうと思った。

 展示室内は鑑賞者もまばらで、これだけの内容なのに、実にもったいない。必見の価値がある。

 美術博物館を出ると、激しいスコールに見舞われた。

 大聖堂からホアンキエム湖に通ずる通りには大小の画廊がたくさんある。
大きな画廊は案の定つまらない売り絵の大きな作品が多いが、小さな画廊には、現代の若い作家の作品のいい物が多いように思える。
もとより観光客相手の売り絵ではない。
こういう画廊を一軒一軒覗いて歩いたが、ベトナムの現代の美術が充実している印象は強まりこそすれ弱まることはなかった。
版画、肉筆画など、荷物になることが苦にならなければ、買いたいような作品を扱っている画廊も何店か見かけた。

 カシュー画もとても魅力がある。
それも工芸的に使うのではなく、画材として使い、日本の漆細工のような気取った装飾的な使い方ではない。
無論、美術館のショップ、町の土産物屋などでは、ブリューゲル風な民衆の生活風景をカシューで描いた作家のものを除けば、装飾過多のいかにも土産物や記念品めいたものも少なくない。

 とある画廊はとりわけ小さく工事途上のような素朴な造りだったが、一階といい、二階といい、壁面に掲げられた作品のレベルはとても高かった。
その時展示していた、伝統的なカシュー画の技法を現代に活かし、山岳地帯の少数民族をモチーフにした作家の作品群はとても魅力的だった。

 立ちつくしている私に、店番の女の子が流ちょうな英語で熱っぽく語りかける。
三十歳そこそこの作家で、才能があるが、画材にも困るような生活の中でも日雇い仕事に出ながら制作意欲は高いという。
若い作家はほとんど同様だという。胸の熱くなるような話だった。
こういう思いの中で表現は持続されるのだと思った。
美術博物館で驚嘆したベトナム人の美術への情熱は、いまも脈々と続いているのだ。

 このあたりの画廊では、サムホール程度の肉筆画(墨絵)や版画の、割合質のいい作品を気の毒になるような価格で扱っているところもあった。
ベトナム・ドンの残りを、私はこの界隈で使い果たしたほどだった。
日本の知人には、これが通り一遍の観光土産より遥かに喜ばれたことは言うまでもない。

 ハノイの街は画廊回りだけでも四、五日はゆっくり楽しめそうな街だ。

 国立美術博物館に引き替え、ホーチミン博物館のシルクスクリーンのギャラリーはいけない。
革命、戦争、労働者、ホーチミンがモチーフで、美術的価値は薄い。プロパガンダ用のポスターばかりでうんざりした。
よくあるアンディ・ウオーホールの社会主義版という奴だ。