随筆・生活記録 H19
随筆を読ませてもらう楽しみというのは、一人一人の書き手とじかに対話しているような気持ちになることに尽きる。 随筆では、書き手の一人一人が自分の内面と向き合って、かたちになりづらいものをかたちにしようとして苦心している一生懸命さに触れられる。 また、自分の外の世界の事物や人々に向けた書き手のまなざしも感じられる。
自分に向かう視線はたいてい厳しく、自然や高齢者、障害者などのいる外界に向かってはたいていまなざしは温かい。 これこそが政治的あるいは経済的でも宗教的でもない、文学的な表現の価値なのだろうと思える。 ことに高文連の文芸部門に参加してくる世代の書き手には、こういう潔癖さと心優しさが際だっているように感じる。
随筆は答えを想定せず書いてもいい。考える過程、見つめる過程、過程そのものを書いてもいいジャンルだ。 田草川萌(めぐみ)さん(甲府南高)の「悩みについて悩む」は、まさにことばの不自由さ、コミュニケーションの難しさについて、マジメに「悩む」過程をかたちにしてくれた。 自分なりの当面の答えとして、田草川さんは「悩み」は結局自分一人のものだと気づき、「人生の同伴者」である「悩み」から逃げず、「誠意を尽くし」「とことん悩むことで見出せる新しい世界観や価値観の発見の感動を望む」と前を向いている。
清水絵夢さん(甲府東高)の「『幸せ』の価値」では、障害者のことを「不幸・可哀想」と決めつける残酷さに触れて、幸せとは何だろうと考え始める。 「大切なのは、『幸せ』を共に感じることのできる存在や環境」だと気づき、幸せとは「全て誰かとの『幸せ』」だとことばにして、世界とつながっている。
古屋有希さん(甲陵高)の「月下美人」は、その名のとおり、真夜中人知れず咲くサボテンの花である。 祖父にとってこの花は祖母との思い出があるようだ。 祖父は開花を見ることにこだわらない。 筆者一人、月下美人の開花を夕食時から真夜中まで見続ける。 花の描写が実に的確であり、作品は小説の一場面を切り取ったかのようだ。
これからも多くの書き手の目や思いのこもった随筆を通して「対話」したいものだと思う。
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