新聞、雑誌等に書いたもの、どっかでしゃべったこと、書き下ろし……の置き場です。 主に文学・歴史関係が多くなるはずですが、何にでも好奇心旺盛なので、どこまで脱線するか?!。 モノによっては長いのもありますが、興味のあるところから御覧下さい。
 
2008/11/19 14:57:42|本・読書・図書館
自分創りとしての読書
 子供が大人になるためにぜひとも読んでほしい本がある、というのが、すべての前提である。
それは身体でいえば骨組みや血液、筋肉を作るのに欠かせない栄養素となるような本のことである。

 あえて言うが、多少の強制や意識的な指導を加えてもそれらの本を子どもたちに読ませたいと思うのだ。

 学生時代のことだ。
親しい友人の父親がとても悲惨な交通事故で亡くなった。
告別式に弔問に行きはしたものの、ショックと二十歳にもならぬ若さとで、友人にどう声を掛けて力づければいいのか、私には分からなかった。
挙句、

「頑張れよ」

などという月並みしか、私には言うことができなかった。
その時、友人は、

「大丈夫だよ。ドストエフスキーとか、本読んで鍛えているから」

と言ったのである。場合が場合だけに、私にはその言葉が唐突に聞こえた。
その瞬間の正直な気持ちを言えば、格好をつけるのもいい加減にしろという思いだった。

 しかし、しばらくして私は気づいた。
彼だって、当然のことながら、父親の死がショックだったし、心情的に打ちひしがれていたはずである。
が、いなり寿司や太巻き寿司などの仕出しを生業とするその家で、今や、男は彼一人である。
家には悲嘆にくれている母もいれば、何が起きたのか分からず呆然としている姉もいる。
彼の言葉はただの粋がりではなく、残された肉親を思いやって、しっかりしなければと自分に言い聞かせる言葉だったのである。

 また、別の話である。
私は初冬の電車に乗っていた。
車窓からは鉛色の時雨に沈んだ街道沿いの街並みが見えていた。
寒そうに背中を丸めて歩む人の姿も、顔も見えぬほど雨カッパに埋もれて走りすぎるバイクもいた。
その時、同行していた一人の女性が、不意に

「こんなところに住みたくはないわね」

と言った。何気ない彼女の言葉に私は無性に腹が立った。
それは、彼女の言葉になんと返答しようか迷ったからではない。

〈君が住ろうが、住みたくなかろうが、あそこに時雨の中を歩いてゆく人も、あの灰色の街に住んで懸命に暮らしている人もいるじゃないか。)

そう言いたかったのである。
そして、

〈この女性は美しいことは美しい。美術にもグルメにも詳しそうだ。けれども、他人の身に自分を置き換えてものを考えることはできない人なんだな。〉

そして、私は結論づけた。
彼女は、おそらく読書の習慣は持っていないのだろう、と。

 そうなのだ。
本を読むことは、他人の立場や気持ちがくみ取れるようになることなのだ。
つまり、自分が感じる以外の感受性にも配慮できる寛容さが読書によって育つのである。
自分の身の回りだけではない「世界」を、それがたとえ架空であっても、未知の「世界」を知ることで力づけられ、勇気付けられるのである。

 読書からは、世の中の善や徳と共に、悪徳や不条理さえ知ることができる。
そして、自分を含めて、人間が如何に卑小で有限なものかをいやというほど知らされるのである。

 読書とは、一つには、こうした意味において「他者」に出会える「他人探し」の旅でもある。

 本を読めば読むほど、現在の自分のものの考え方や生き方は相対化される。
「今」、「ここ」に留まってはいられない。
少しでも動きたい、たとえ身じろぎでもしたいという衝動に駆られる。
こういうとき、人は独善的ではいられない。
ある人の描いた宮本武蔵のように、「我ことにおいて後悔せず」などという荒っぽい決断はできなくなるのだ。
常に自己を相対化し、伸びたいと思う者にとって、後悔はつきものである。

 読書はこうした意味において「他人探し」以上に「自分創り」の最善の方法でもある。

 サッカー選手の中田英寿は、引退にあたって「自分探しの旅」に出るという名言を残した。
「探す」のは、本来、外に向かって「他者」を探すはずである。
「自分」とは「探す」というより「創る」ものである。
確かに、「自分創り」も「他人探し」も「出会い」によって得られる点では共通している。
読書はそんな「出会い」の一つである。

 ひとりきりで、本の著者を仲立ちにして、自分と向き合うことは厳しい。
好んでしたくないと思える時もあろう。
けれども、読書は、この厳しさによって、寛容で謙虚な、しかも積極的な態度で「他者」に向かい合える「自分」の「構え」を培ってくれる。
このことは読書の効用として、実社会における「出会い」による経験の蓄積と同値だといっても言ってもいいだろう。
実社会では時間や空間の制約があるが、読書の世界ではそれがないだけ、より多種多様な経験を得られるだろう。

 だからこそ、子どもたちには本を読む習慣を身に付けさせたいのである。
写真:拙著「本の本」(山梨ふるさと文庫)2006







2008/11/18 10:21:29|高校文芸集選評
「私」を探す(H11)
随筆部門 平成11年度

 いちばん関心があるのは「私」ですか? 
いちぱん厄介なのも「私」。
皆さんの作品を読ませてもらっていつも感じるのは、そのことです。
皆さんの年代が、その厄介な「私」をどうやって探すのか、いつも興味があります。
大人と違って金や地位や家族や仕事や、表面的にしがみつかなければならないものや守らなければならないものが、皆さんの年代には殆どありません。
あるとすれば、唯一まだよく分からない「私」です。
確かに表現のうまい下手はあります。
だから、〈私探し〉は一方で何を言っているのかわからないような抽象的なものになるか、また素直、大胆なものになってきます。
応募されてくる作品は後の方ですから、どれもこれも貴重というしかなく、ランクを付けるのはまことに辛いのです。
付けるとすれば、表現についてであって、内容についてではないと考えてください。

 先ず、芸術文化祭賞に選んだ山梨学院大附属高校の飯嶋奈津子さんの『私の存在証明』。
「存在証明」とはイジメに遭って大嫌いだった保育園の時に、手首に負ってしまった傷のことです。
時には友達相手の冗談のタネであり、時には恨めしくなる手首の傷。
「私」の成長やそれにつれて起こる様々な思いとこの傷は常に一緒でありました。
けれども、この頃、この傷でクヨクヨ悩んでいなかっただけ、自分は幸せだったのかもしれない、傷は「プラス面の方の働きを持っていたのかもしれない」と思えるようになって来た。
「今まで頑張ってきた存在証明のようなもの」と思えるようになっています。

 こういうことを書くのは勇気がある、と思って読み直して気づきました。
飯嶋さんの勇気は「傷」を乗り越え、飼い馴らして来た今の自分に対する自信なのだな、と。
「存在証明」という題は、深刻というより誇らしげです。
ますます中身のある「存在証明」となることでしょう。

 次に、優秀賞の作品。
先ず、日川高校の樋沢涼子さんの「母に捧げるバラード」です。
樋沢さんはご存じ武田鉄矢の同題の本を読んで、現代の家族の間柄というものを考えでいます。
貧しさも不幸と思わず、悪いことを悪いと厳しく叱り、素直に「ごめんね」と言える温かい家族の間柄。
今、こういう家族がどれだけあるだろうか。親子の絆はどこに行ったか、会話は成り立っているのだろうか、と。
本を読んでの感想から出発しているので、問題提起に終わっているところが残念です。
もう少し自分自身の家庭や身の回りに引きつけてもよかったのではないか、とも思います。
始めから終わりまで滑らかに読ませるまとめ方は上手だし、樋沢さんの関心の在り所がよくわかる作品です。

 次に、山梨学院大附属高校の中島良君の「かまちに会いに行きました」です。
中島君は『山田かまちのノート』の中の詩や絵の激しい情熱に共感し、憧れて「中島良のノート」を作っています。
何冊もたまりました。
自分の「思いの丈を吐き出す手段を得た」のですから、毎日が楽しくてしようがありません。
ところが、ふと気づくとそれはかまちの模倣だったのです。
それを乗り越えるためにかまちをライバルにし、遂にかまち美術館に「宣戦布告」するために乗り込んで行きます。
そこで圧倒され、めげそうになる中島君ですが、白いギターと汚れたパレットを見た時、かまちが十七歳で死んでしまったことをふと思い出します。
中島君はかまちをライバル視したことの無意味を悟ります。
自分が自分として成長していくことの方が重要に思えてきます。

 荒っぽいようですが、いい作品だと思います。
テンポも勢いもよく、次々に書かれている言葉は自然に継起し、つながっています。
ユーモアもあります。中島君はいずれ「中島良」になれるものと思います。

 最後に、甲陵高校の中山真理子さんの「私」です。
周囲に(殊に大人や部活の仲間?)「協調性」がないと指摘されることについて、「私は私だ」という反論をえんえんとしています。

 そのくせ最後まで一気に読ませます。
短いセンテンスで「お前」あるいは「あなた」にたたみかけるように語りかけて来る文体には迫力があります。
筆力というものでしょう。
文中で夕ーゲットにされている「お前」あるいは「あなた」が、あたかも読んでいる自分であるかのように鋭く痛く感じます。
しかも、自分のことを説明して反論の論拠としている部分が、いちいち的確ですから強力です。

 他にも、平田晴彦君『無題』(甲府昭和高三年)、中村奈緒美さん『生きていくこと』(甲府南高三年)、桜井亜莉沙さん『好意の存在』(市川高一年)などが、印象に残った。

 なお、先生方に申し上げたいが、「随筆・生活体験」のジャンルヘの応募作品のなかで、追求性という点から言って「評論・研究」ヘの応募がふさわしいと思われる作品も幾つかあった。
「文芸…」というジャンル名を、時評、社会評、芸術評…のように広義に解釈していただいてもよいと思う。(平成12.2.1 山梨県高等学校芸術文化祭実行委員会『高校生文芸集』第19集)








2008/11/18 10:16:16|高校文芸集選評
「評論・研究」は難しくない(H11)
文芸評論部門 平成11年度

 今年もこの部門への応募は多くありませんでした。
教科書やテストのなかで「評論文」というのに出会うと、難しい語彙や理屈をこね回して、分かったような分からないようなことを言う、どちらかといえば避けて通りたいという印象がありはしませんか? 
それを自分が書くなんてとんでもないし、「評」だの「論」だの、まして「研究」だなんて、考えるのも面倒くさい、と。

 「評論・研究」というものに、そんな印象を抱いているのかもしれませんが、もっと楽に考えてもいいのではないか、と私などは思うのです。
結局は感想であり、それを人に語ることなんだ、と。
つまり、一人の作家や詩人、あるいは一つの作品に触れてショックを受けた。
読む前と比ぺて自分が何だか変わったような気がする。
ここが出発点なのです。
自分の受けたショックがどんなものだったか人に伝える、というのが基本なのです。

 映画を観て、「すごーく、よかった」と友人に話せば、「どんな風に?」と必ず聞かれるでしょう。
そこで、とりあえずストーリーをかい摘んで説明するかもしれない。
次にどこがどうよかったかを説明するでしょう。
相手に伝わっていないと感じると繰り返したり、振りまでやってみて伝えようとするでしょう。
うまく伝わらない場合にはじれったくて仕方がないでしょう。
これが「評論」の始まりだと思うのです。

 一方、映画に出てきた俳優に興味を持てば、ビデオ屋に行って他の作品も観てみようかと思うかもしれない。
関心を持つのが俳優であっても、映画を作った監督や演出家であっても、あるいは音楽であっても、さらには舞台となった土地や時代であっても、すこーし調ぺてみようかな、と思うかもしれない。
これは「研究」の芽でしょう。

 評論・研究は難しくないのですが、自分が受けたショックにしばらく付き合い、こだわるという気持ちは必要かもしれません。
そして、人に分かるように話すという工夫も必要になって来ます。

 こういう意味で「評論・研究」を感想の延長と考えていいのではないかと思い、その一つのサンプルとして山梨学院大附属高校の早川鷹君の「『梅酒』という詩」を優秀賞に選びました。

 『梅酒』は彫刻家で詩人の高村光太郎の作品で、亡くなった妻の智恵子を偲んでいます。
岩手の小さな文学館−高村光太郎山荘でしょう−に旅行をして、早川君は小さな詩集を手に入れます。
この中で『梅酒』という詩に目がとまります。「他の『智恵子抄』の詩にない魂の様な物を感じた」と言います。
特に、「十年の重みにどんより澱んで光を含み」という一節には強く感動しました。
これが早川君の「評論」の出発点です。

 早川君は、『智恵子抄』の一連の詩を読み直し、光太郎にとって智恵子がどういう存在だったか、解説を読んだり、他の本に当たったりしたのだと思います。
そこで、光太郎が智恵子から、彫刻家だった父光雲以上の影響を受けていると感じます。
早川君の言葉を借りれば「彼の頽廃的な感性を生の躍動、人間の生というものに転化させた」、端的にいえば、「彼を彼でいさせた」のだと気づいたのです。
また、智恵子に「母性」も見て取っています。
すでに「研究」のとば口に差しかかっています。

 さらに智恵子の死という「悲劇」。
早川君はこれを自分の身近な人達の死に重ねあわせて考えようとしています。
「全身のカが抜け、溶けていってしまいそうな思い」と表現しています。
その智恵子が残した「梅酒」。
光太郎にとって「梅酒」は「もはや物質としての領域を超越してしまった」のです。
この詩を操り返し読むなかで、早川君は「その梅酒の色や臭いが感じられる気がした」と書いています。
すでに借り物ではなく早川君の評論になっています。

 早川君の「文芸評論・研究」はまだまだ素朴かもしれません。
けれども、それだけに自分のことばで自分の受けたショックを懸命に伝えようとしています。
学者や研究家のことばを借りているわけではないのです。

 この作品を読んで、来年以降、さらに多くの皆さんなりの「文芸評論・研究」が寄せられるとうれしいのです。(平成12.2.1 山梨県高等学校芸術文化祭実行委員会『高校生文芸集』第19集)







2008/11/18 10:09:56|高校文芸集選評
「読み手」を意識するということ(H10)
平成10年度 随筆部門

 今年の応募作品は、率直に言うと、例年に比ぺ、完成度の低いものが多かったように思います。
そのなかで三名の作品を優秀賞としました。

 入選できなかった作品で不十分だった点は

  読み手を意識すること

です。

 「読み手」というのは、先ず、他人である「読み手」です。
次に、ふたたび読み返す自分という「読み手」です。

 プロの物書きでもないのに「読み手」なんか意識しなければならないのかと思うでしょう。
しかし、考えても見てください。私たちは「聞き手」を意識せずに話すことがあるでしょうか。
突発的な怒りとか喜びとかを表す叫び声や歓声やひとり言というのはありますが、これは「話す」とは言わない。
話すときには誰しも目の前の「聞き手」を意識して、相手の目の動きや態度やを合めた〈表情〉を見ながら話しでいるのです。
もっとも、時々、話すことに慣れすぎた人で、目の前の「聞き手」を忘れて話している人がいます。
まさに迷惑な話です。文章だって同じことです。
目の前にはいないけれど、「読み手」がどんな目の動きや態度をして読むかを意識しないと書けないのです。

 目の前にいない「読み手」というのは誰なんだとか、それを意識するなんてどうすればできるのだと思う人もいるかもしれません。
また、何のためにそんな面倒くさいことをしなければならないのか、書きたいことを好きなように書けばいいじゃないか、「随筆」というのだから。
一人でかっこうをつけるなんて変だと思う人もいるかもしれません。

 さっき述ぺたように、目の前にいる君のことを忘れて話している人というものが、どれくらい迷惑か思い出してみてください。あるいは、特に話したくもないのにみんなの前で話すように君が言われて、仕方なく話しているときの自分を考えてみてください。

 今年の応募作品のことを思い出しながら、文章を書く時には「読み手を意識する」ことが絶対必要だということを、具体的に説明していきたいと思います。

 今年の応募作品にはずいぷん誤字、当て字が目立ちました。
これはもってのほかです。
夏休みの作文だから、提出に間に合わないからとやっつけたのでしょうか。
読み直したり、あいまいなところを調ぺることをさぼっているとしかいいようがありません。
これはそれぞれの学校の先生や審査をする私という「読み手」を意識していません。
と同時に、間違いやかん違いがないか、わかりにくくないかと読み直し、自分の書いたものを大切にする気持ちが薄いといえないでしょうか。
これが自分という「読み手」を意識していないということです。字が上手とか下手とかという以上に、誤字や当て字は不誠実な感じがしてしまいます。
誤字や当て字があるから入選をさせないということはありません。
けれども、誤字や当て字が多い人の作品に完成度の高い人が少ないのも事実です。

 読み手を意識することは、一つには文章を書くときに「構成意識」を持ってほしいということです。

 つまり、何から書き始めて読み手を自分の文章にひっぱりこむか、飽きさせないようにどう書き続けるか、どう結んで何を残すかという計画です。

 その点で、日川高三年の清水めぐみさんの作品「父と牛」はとてもしっかりしていました。
最初がこうです。

 牛を買った。私の父の口から、思いもしない言葉を聞いたのは、最近の話だ。

 これなら誰でも「ん?」と思うでしょう。
先を読みたくなります。

 そして、ゆっくり謎解きをして行ってくれます。
父は牛を買ってフィリピンの貧しい農村に送るのだという。
父はここ数年毎年フィリピンに行っています。
フィリピンのレイテという島です。
その島はおじいさんが戦争でアメリカ兵と戦った島です。
アメリカ人にも多くの犠牲が出ました。
けれども、いちばん犠牲にしてしまったのは、本当は関係のない現地の貧しい農民たちだった。
彼らの牛や鶏まで奪い食料にしてしまいました。
その償いなのでしょうか。
父の幼いころ家には牛がいて大変な労働力だったのです。
清水さんは最後をこう結んでいます。

 父は、牛に会いにいく。私も牛に会いたい。

 三枚に三行足りない短い髄筆です。
だからこそさっき言った構成意識が大切なのです。

 次に、文章には段落をつけてほしいということです。

 応募作品に思いつくまま、鉛筆の動くまま、二枚たっても一度も行がえをしないような人も少なくありませんでした。
これは不親切です。
面白いところもある一方で、もっと読みたいのに突っ込みが足りない、よくわからないということが出てきます。

 どうしたら解決できるでしょうか。
「他人の目」で読むということです。
書きおえてすぐに提出するのではなく、しばらくほったらかしておいて読み直すということです。
その結果、われながら読みにくいなと思ったら手当てをしなければならないのです。
詳しいところとおおざっぱなところとのアンバランスがわかる。
のってしまってくどくど書いているのが恥ずかしくなってきます。

 言葉をつなげて文章を作るということは、ピアノで和音を出すようにいっぺんにはできないのです。
言葉を一つ一つつなげて行ったあげく、言いたいことが現れるのです。
いろんな旋律を混ぜることは音楽でも普通はできませんが、文章も文をつなげていって言いたいことがさらに明確になっていくのです。
そのためには書いていく順序、まとまりがごたごたしていては、まことに能率が悪いのです。
あせらず、のりすぎず、言いたいことをすぐに言おうとする気持ちを抑えて、順序よく書いていくのです。

 文章を書くということは書きおわったあとで自分が何かしら変わっていることです。
その点で甲府工業高一年の利根川洋香さんの「ヒマをもてあます。(マンキツする)」という変わった題の随筆は面白く読ませてもらいました。

 筆者は「ヒマをもてあます」ことが大好きなのです。
だから、「もてあます」というよりは「マンキツする」のです。
その極意は、やらなければならないこと、やりたいことがあってはいけない、したいことをみつけてはいけないということです。
どうですか? ポリシーがあるでしょう?

 けれども、筆者は最近変だと恩っています。
近頃、これができないのです。やらねばならないことや、やりたいことが増えてきたからかもしれません。
「ヒマをマンキツする」極意だけで終わったら、「勝手にすれば…」と言いたいところですが、このように自分の「今」を見つめられると、おいおいどうしたのだいと言いたくなります。

 その結果、筆者は「やらねばならぬことややりたいことはやっておかねばならない。」という結論に達します。
筆者は自分の好きなことをポリシーとして要約し、自分を見つめ、考えた結果、変わっているのです。

 文章を書いた結果、自分が変わったのです。
それも文章をつづることで、「今」の自分を見つめ、考えた結果なのでしょう。
これはさきほどの文章の構成をどうするかにもかかわってきます。
文章の構成はものの見方や考え方の深まりと密接につながるのです。

 ものの見方の深まりということでいうと、山梨学院大附属高二年の村松杏里紗さんの「山の表情」も考えさせられました。

 四方八方山で、毎日見慣れた山が、ある朝こわい表情をしていることに、筆者は気づきます。
それは午前四時に目が開いていたからかもしれないし、昨日の雨で空気が澄んで、やけにくっきりと見えたせいかもしれません。

 そういえば、子供の時に山で遊んでいて帰り道がわからくなった時、山が意地悪をしていると思ったことがありました。

 どうして、見憤れたもの、遊び慣れたところが見たこともないような表情を見せるのでしょう。
筆者は「遠くばかり見つめていて足下をきちんと見ることができなくなっていた」からではないかと考えます。
体験から立ち止まって考えることで、大げさに言えば「思想」を得ているといえるでしよう。

 単なる旅行報告が面白くないように経験や見聞だけでは人は成長もしないし、深まらない。
本人だけが満足していても、他人が読んで面白いはずはないのです。
そこには何を考え、何を得られたかという「思想」がないからです。
周りや自分を見つめつづけ、考えつづけていないから、単なる自慢話や愚痴のようになってしまうのです。
見つめつづけ、考えつづけていることはむずかしいことです。
そのむずかしいことをしやすくするのは、文章を書いてみることです。
文章を書くことは、大げさに言えば経験や見聞を思想に変えること。だれにも通じる普遍性を持つことだと思います。

 先ず、読み返す自分という「読み手」がいて、他人である「読み手」があるのです。
他人に見せる見せないということとかかわりなく、見つづけるために、考えつづけるためにこの「読み手」が必要なのでしょう。

 夏休みの宿題に終わらず、この文化祭に終わらず、いつも一冊ノートを決めておいて、経験や見聞だけを書くのではなく、何を感じたか、どう思ったかを書き留めておくと、いい大人になれると思います。(平成11.2.1 山梨県高等学校芸術文化祭実行委員会『高校生文芸集』第18集)








2008/11/18 10:00:55|高校文芸集選評
評・論・研究って?(H10)
文芸評論部門 平成10年度

 今回は二編の作品が寄せられました。
対照的ではあるものの、両方とも真面目な姿勢がよくうかがえて、好感をもって読みました。
何よりも私自身、初心にかえって文芸「評論」というものを考えさせられました。

 「評論」「研究」が創作などと違うところは、当たり前ですが、作品や作家あるいは時代、社会などの対象があるということです。
その対象に共感したり、反発を感じたり、衝撃を受けて、誰かに話したくなる。
それが「評」や「論」、「研究」の始まりです。
つまり、共感したり、反発したり、衝撃をうけるアンテナがなければ始まりません。
しかも、あらすじや対象から得た雑学的知識を人に吹聴(ふいちょう)するわけではなく、自分がどう受けとめたかを語るのですから、受信機もアンプもスピーカーも当然備えなければなりません。
アンテナも受信機もアンプもスピーカーも、秋葉原やN電気、Y電気で買える出来合いのものではなく、その人独自のものです。評論・研究が立派な(作品)となるのはそのせいです。

 「評論」「研究」に対象があるということは、一方でとても危険なことでもあるのです。
印象が強ければ強いほど、対象に〈とりつかれる〉危険性が高いということです。
対象の周りをグルグルグルグル回って、何かを語っている気になることもあります。
同じ対象を論じ、研究しているものをなぞって、自分なりの「評」や「論」になっているような気がしてしまうのです。
世の中で「評論家」と言われる人の仕事に、こういうグルグル回りがいかに多いことでしょう。

 岩内敏行君(東海大甲府高)の「空に吸われし十五の心−石川啄木への視線−」は中学二年の時に、石川啄木の「やはらかに柳あをめる/北上の岸辺目に見ゆ/泣けとごとくに」の歌のリズム感に引かれ、やがて高校生になって歌の意味を考え、周辺の作品を読んでみることで「論」が始まっています。

 啄木の表現や「ことば」にこだわって、自分の共感を裏づけようとしています。
また、初出から単行本収録にいたる推敲過程を調ぺて、自分なりの「評」を行っています。
啄木研究を紹介しながらも、自分なりの解釈によってそれに〈とりつかれる〉ことを免れています。
これらは文芸評論・研究の常道というべきやり方を踏んでいます。

 惜しいのは、様々な視点で作品を論じているのですが、全体として、岩内君が啄木をどう見ているかというまとまりのないことです。
その芽は、啄木の青春の歌が「回想歌」であることを指摘したところにあったのです。

 詠んでいる現在は少なくとも、十五歳の頃の空に吸い込まれるような心はなく、その時の自分をなつかしんでいるという、自分自身の過去という時間と向き合う姿勢が文脈から見られる。

 ここには作品を論じることが、作品の出来ていく過程を論じることであり、したがって作者論に通じることを無意識に予感しています。
末尾で、啄木研究者の岩城之徳の解釈に異論を提出している部分にも、それはあります。

 一方、三枝和明君(山梨学院大附高)の評論は、ノンフィクション作家柳田邦男が次男の自殺を書いた『犠牲(サクリファイス)わが息子・脳死の十一日』の衝撃から、その後の反響の広がりに関心を抱くところから始まっています。

 きっかけは「誰しも混沌とした葛藤を自分だけの胸に秘めて生きているのではないか」というところにあります。
そして、書くことはその「自分の内面にある混沌とした喪失対象の人聞像や人生の足跡や自分との関係性を整理して〃物語〃として組み立てる作業」だという確固とした「論」があります。

 また、三枝君の評論には、作品がどう読まれたかという「読者論」の魅力も備えています。

 気になるのは、対象が衝撃の大きい作品だけに、〈とりつかれる〉症状を呈していることです。
全体の四割近くが柳田邦男の作品からの引用になっているのはどんなものでしょう。
三枝君なりの視点があるのに、「作品そのものを読んでください」と理解されてしまうのは、いかにも惜しいことです。
前にも述ぺたように、創造の秘密、「社会的存在」としての作品に気づいていたのですから残念です。

 また、作品を理解するのに、河合隼雄やアルフォンス・デーケンを利用していますが、作品の評論をさらに評論することは、作品そのものからどんどん離れていってしまいます。
三枝君自身の〈ものさし〉を使うほうがよかったのではないかと思います。

 共感した作品から出発をする。
大事なことです。
また、表彰式でもお話しましたが、私達の身のまわりにも、あんな作家が、こんな作品があるのです。
身近な作家を調べて書いた、身近な作品を読み込んで書いたという研究・評論にも触れてみたいものだと思います。
友人と分担して調ぺ、持ち寄って討論してもいいのではないでしょうか。
どんな作家や作品が身近にあるか、県立文学館や図書館に相談をしてみてください。(平成11.2.1 山梨県高等学校芸術文化祭実行委員会『高校生文芸集』第18集)