 アルフォンソ十二世通りというらしく、真っ直ぐ行けばグアダルキビールの河岸に出るはずだ。 ようやく河に対面できるかと思うと胸が躍る。食事を済ませたいが、ここは場末でレストランなどはない。 バルはあっても、ビールを飲ませるぐらいでそれもたいていは閉まっている。
河岸を黄金の塔を目指して歩いていく。 できるだけ河っぷちをと思って、道路から下りていく。
三つの河の小譚詩バラディーリャ F.G.ロルカ・小海永二訳
グアダルキビール河は オレンジの木々とオリーヴの木々との間を流れる。 グラナダの二つの河は 雪から小麦へと下る。
ああ、去り行きて 二度と戻らなかった愛よ!
グアダルキビール河は 暗紅色のひげを持つ。 グラナダの二つの河は 一つは涙し、一つは血を流す。
ああ、空へと 去ってしまった愛よ!
セビージャは 帆船のための 通路を持つ。 グラナダの水の上を 漕ぐのはただ溜息ばかり。
ああ、去り行きて 二度と戻らなかった愛よ!
グアダルキビールよ、高い塔よ そして、オレンジ畑の中を吹く風よ。 ダウロとヘニールよ 池の上の 死んだ小さな塔たちよ。
ああ、空へと 去ってしまった愛よ!
水は叫びの鬼火を運ぶと 一体 誰が言うのだろう!
ああ、去り行きて 二度と戻らなかった愛よ!
水はオレンジの花を運び、 オリーヴの実を運ぶ、 アンダルシーアよ、お前の海へ。
ああ、空へと 去ってしまった愛よ!(一九二一「カンテ・ホンドの詩」より)
道路から一段下がった河岸は、わずかばかりの木立のある遊歩道になっている。 遊覧のための貸ボートなどもある。 海水浴場の砂浜から海の家の裏に出たようだ。グアダルキビールは運河のように広かった。 水の流れも見えずガラスの表面のように光っていた。 これがロルカの歌ったグアダルキビールかと思うと、少し拍子抜けした。 穏やかに悠々と澄ましこんで、街のなかを帯のように流れている。「大いなる河」だ。
しばらく歩くと港の岸壁のようにコンクリートで固めた川岸になった。 スプレーで描いた落書きやガラスの破片が散乱している。 街の人々が足しげく通い、ポプラやプラタナスの並木や噴水や滝、花咲き乱れる垣を楽しんだという河岸のアラメダはどこへ行ってしまったのだろうか。
河岸のコロン(ブス)通りを一qほども歩いて、木立の向こうに、ずんぐりとボリュームのある黄金の塔が見えてきた時には、あああれかと感慨があった。 広い空を背後にして細部はわからない。 てっぺんに申し訳程度に鐘楼が載っかった特徴的な形はわかった。 かつて金色の陶器煉瓦に輝いていたことなど創造もできない。
近づいていくと正十二角形の煉瓦造りの壁面が見えてきた。 小さな窓、頭が三角になったてっぺんの狭間はイスラームの望楼の特徴だ。 作られたのは十三世紀、グアダルキビールを行き来する船を監視したものだという。 残酷王ペドロの頃、ここに財宝を隠し、秘密の地下道をアルカサル(王宮)まで掘ったという伝説がある。
対岸はトリアナ地区でかつてはヒターノなど貧しい人々の住まいが密集していた場末らしい。 古い建物が川に落ちかからんばかりに密集している。 そのうちの幾つかは塔を眺められるレストランなどに利用されているようだ。 ここに身の毛もよだつ異端審問の獄があったことも知らぬげに。
中学生かと思われる女の子が、河岸の遊歩道から塔の足下に通じる階段に群れて座っていた。 十四、五人もいるだろうか。 上の道路には同年令の女の子たち−いやわずかばかりの男の子も含まれている−が尼僧姿の二、三人に引率されている。 遠足のようなものだろうか。 乳のうたれた城門のようながっしりした扉が堅く閉まっている。 海軍省に属する小美術館になっているというが、日曜日は休館らしい。 階段に腰掛けている女の子たちがだるそうなのも暑さばかりではないかもしれない。 ここからムリーリョの名作『カリダッド(慈善)』のある救済(慈善)病院はすぐだ。 もと「世界に比類なき大悪人」ドン・フアン・テノーリオが修道士として設立した建物で、彼はここで死んだというが、残念ながらここも日曜日には入ることが出来ない。 セビージャ大学へ向かう。 「カルメン」で有名な官営の煙草工場のあったところだ。 入口がわからずぐるりと回ってしまう。 アルフォンソ十三世ホテルやサン・テルモ宮殿を含めると小さな街一つくらいあるほど広い敷地である。 ふと見ると鉄の塀の足下のところどころに、天使をあしらった煙草工場Fabrica de Tabacosの陶板がはめ込まれている。 敷地と門とのあいだが空堀のようになっているところがあって、盗賊を防ぐのか女工の逃亡を防ぐのかと思われた。 カレル・チャペックはこう書いている。
「そこには、褐色で大きな、豊かに金銀をちりばめたバロックの宮殿が一つある。最初は王様の居城と思ったのだが、じつは国営のタバコ工場で、まさにあのカルメンがタバコを巻いていたところだ。今日ではそこに、多数のカルメンが採用されていて、耳のうしろにキョウチクトウの花をはさみ、トリアナ宮殿に住んでおり、そこにドン・ホセが、三角帽子をかぶった警官として立っている。そしてスペインのタバコは、いまでもひどくきつくて黒いが、それは明らかに、あのトリアナの黒い娘たちのせいである。」
ここからアルカサル(王宮)に向かう。 猛暑にバテ気味でどこかに腰を下ろしたいが、そんな木陰もない。 ときおり観光客を乗せた馬車が軽やかな蹄の音と呑気な鈴の音をさせて通りすぎていくのが、何とも恨めしい。
実は僕はアルカサルというものが苦手だ。 最初イスラームのムワッヒド王朝の要塞だったが、今残っているのは「残忍王」ペドロのために、グラナダのナスル朝から呼ばれたムーア人が建てたものだ。 レコンキスタの後には、まるまる三百年もムーア人の建築家に、コーランの文句を空洞化して単なる装飾として華麗なクーファ書体で壁に書き続けさせている。 ムデハル様式をロココ趣味で飾りたてた、金ピカで壮大な造り、お宝を次々に並べ立てた、今や主のいない眩いばかりの部屋たち……。
角を曲がって大手門から壮大な石垣が見えてきたとき、正直なところ、僕は入るのを止めて食事に行ってしまおうかと思ったくらいだった。 それでも、コルドバではメスキータも何もほとんど見ていないことを思い出して勇を奮って歩み入ることにした。
庭園に歩み入るにつれて、おやおやこれはこれでいいかもしれないと僕は思い始めた。 他でもない、次々に目に飛び込んでくる緑の階調や色とりどりの花たちが、さきほどまでの僕の疲労感を徐々に癒してくれるようだったからである。 「人形のパティオ」「乙女のパティオ」も、僕はまさに『千夜一夜物語』の世界の〈パティオ〉を見ていたので、その間をつなぐ有名な「大使の間」も「提督の間」も「ペドロ王の宮殿」も、装飾のセラミックもモザイクも何ら僕の眼をひかなかった。 ペドロ王の愛人マリア・ド・パディーリャの宝石に飾られた浴室(騎士たちはその湯を呑むことを強いられたという)にも惑わされなかった。 それよりも煉瓦の壁をこぼれ落ちるように咲いているオペラ色の花たち、建物の東側の典型的なスペイン庭園の見事さには、生き返るようだった。
様々な形に刈り込まれたイトスギ、ツゲ、ギンバイカ、ゲッケイジュ、ヒイラギ、ガマズミ、スイカズラ。カメリア、アゼリア、ベゴニア、キク、アスターの溢れるほどの鉢植え。 ヤシ、ビャクシン、ブーゲンビリア、リュウケツジュ、ナツメヤシ、フェニックスなどの熱帯性の植物のジャングル。 クレマチス、ツリガネカヅラ、ヒルガオのようなカンパニーリャなどのつる草。 あと、僕の知らないありとあらゆる花々で満ち満ちている。 小道、遊歩道、天蓋、アーチ、ゲート、迷路、四阿などの趣向。 敷石や煉瓦の色彩、マジョルカ焼を敷きつめた階段、ベンチ、水盤、水槽、滝、噴水、さらさらと音立てて流れるせせらぎ。
そのくせ、この庭園は僕の心をかき乱すようなところがない。 過剰な色彩と光があるのに、なぜかひどく落ちつかせ寛がせてしまうのだ。 メスキータのどこまでも無限に続く幻惑的な線条の文様から受ける印象に似ているかもしれない。 それはここが光よりも影を際立たせるための庭園だからかも知れない。 チャペックは万華鏡を覗いて目が回るまでその幾何学模様を見つめているようだとか、ハシシを飲んだようだと形容している。 けれども、一方でこうも書いている。
「そしてこの、刻々と色を変える、幻想的な、ほとんど狂ったようなすべてのものを、一度に、無限で優雅で愛すべき、そしてきびしい秩序で、静かな瞑想的な正確さで、一種の夢想的で賢明な自制で、髪をなでつけるようにそろえたまえ。 それは、これらのおとぎ話のような財宝を、ほとんど非物質的で非現実的な表面に広げ、軽やかなアーケードの上にただよわせる。筆舌に尽くしがたいそのぜいたくさは、そのように自身の表面で非物質化されるので、ほとんどもはや壁に投影される幻影にすぎないようになる。 この不思議なムーア人たちの遺産に対して、私たちの財産は、なんと物質的で、粗野で、重くて、視覚的というよりむしろ触覚的であることか。私たちは、気に入ったものを両手でつかみ、手でさぐろうとする。私たちはそれを、まるで自分の持ち物であるかのように、強く乱暴に手でさぐる。」(チャペック)
「秩序・瞑想的な正確さ・賢明な自制」……そうなのだ。 過剰のようで過剰ではない。 「光よりも影」となって非物質化した「幻影」のようだと言うのも正しい。 だからこそ、過剰でもないし攻撃的でもない。
アンデルセンはここで『千夜一夜物語』の世界の公子やシェラザードを夢想してうっとりとしている。
「グラナダのアルハンブラは、南国の澄みきった美しい日の光のなかに 魔法で現れた夢の光景に似ている。かつてそこに息づいていた過去の姿は見えてこないし、私たちもそれを期待しない。しかし、セビージャのアルカサルは夢のなかの幻ではない。白日下の現実である。威風辺りを払う貴公子が美女たちにかしづかれて、不意にその辺りから現れても不思議ではないような気がする。」(アンデルセン)
カテドラルに向かう。 観光馬車が煩わしい。 道端にずらりと並んで停まっていて、腕を掴まんばかりの様子で声を掛ける。 たった一人の客を乗せてどうなるのか。 こちらもそんな贅沢をするつもりはない。 初め 「ノ、グラシャス」 と言っていたが、それが 「ノ」 になり、しまいには僕は彼らを黙殺して通りすぎた。
カテドラルは目と鼻の先だ。 サンピエトロ(ローマ)、セントポール(ロンドン)と並ぶ、ヨーロッパの三大カテドラルと言われているそうで、界隈のどこからもその林立する尖塔が見え隠れしていた。 入口を間違えると広い敷地を一回りしなければならないぞ、と思いながらずんずん入ったところは「出口」。 思わず 「オォッ サリダ(出口)」 と呟いたら、出ていくスペインのお年寄りにけらけらと笑われた。 これも「ほほえみのセビージャ」か。 自分の心身が常態を取り戻しつつあるから「ほほえみ」を受信できるようになったのだろう。 結局、カテドラルを一周してしまって、ビルヘン・デ・ロス・レイエス広場に面したパロス門からようやく中に入る。
入場料が無料だった。 発行してくれたチケットにはFESTIVOS NUR 0 PTAS とあった。 通りすぎるとオレンジの広場。太陽が傾いているせいか、その名に似ず、大きな聖堂の影になって陰気な庭である。
堂内は聞きしにまさる広さである。 どちらが正面か分からないほどだ。 イスラームのメスキータをカトリックの聖堂に改修し、次々に増築した(それもムーアの技術者を使役して)というのも、内部を分かりにくくしている原因かもしれない。 アラバスター(雪花石膏)の祭壇(祭られているのはセビージャの守護聖母ビルヘン・デ・ロス・レイエスだ)、ぐるりと巡らせた鉄格子、コロンブスの墓、ムリーリョと彫刻群、黄金と象嵌細工、大理石とバロックと祭壇背後の衝立と説教壇……。 とてもとても脳裏に残しきれない。
人々の佇む様態も様々で、並んだ机にしゃがんだり、組んだ手を額にあてていたり、全く関係なく愛を語らっていたり……てんでんばらばらだ。 ときおり正面に進み出て、例によって右ひざを着いて胸で十字を切る人も居る。 親指・人指し指・中指で塩をつまむような恰好でおでこや胸にあてる。 三本の指はキリスト教の三位一体を意味するという。
見上げると遙か上方のドームの窓は、イエスを中心に使徒やら聖人一人ずつのステンドグラスで飾られている。 壁の像をスポットライトのように の窓からの日差しが照らしている。 光の中に像たちはひときわ壁面から浮きでているように見える。
壁にはムリーリョの『聖アントニオ』。 髭が生えたばかりの若々しい聖人。 前に置かれた聖書の上に幼子イエスが微笑んでちょこんと座っている。 身をかがめているアントニオの顔は感動と喜びで輝いている。 美術館で見たムリーリョの膨大な作品群も素晴らしかったが、『聖アントニオ』はひときわ感動的で、いつまで見ていても見飽きないような思いがした。
コロンブスの棺を担いでいるのはレオン、カスティーヤ、ナバラ、アラゴンの四国王だという。 それぞれ城や獅子や各国の紋章のついた前掛けをしている。
プラテレスコ様式のヒラルダ(風見)の塔に上る。 最上階まで馬に乗ったまま登るために四角のらせん形の通路がつけられている。 思ったより幅がある。 このくらいないと馬体が回っていけないのかもしれない。 単車で上がることも不可能ではなさそうだ。 足元は石板を縦に埋め込んであって、すり減った床からわずかにその縁が覗いている。 こうでもしなければ蹄が滑って安心して乗馬していられないだろう。 茶室の露地などで古瓦を縦に埋めてあるのと同じ手法だ。 それにしても勾配はかなりのもので、下る時には騎乗している者は肝を冷やしたろう。
四角に動きながら上っていくのだが、四方の壁の交互に階数を表す数字が書かれている。 一ケタ代でふうふう言っている体格のいい婦人が居る。 どこでも見かける光景だが、前を行く男性の持つバンダナの端を、後ろの女性がしっかり握って引っ張られて行く姿もある。 一〇や一五では済むまいと思われたが、二五を過ぎても数字が終わる様子はない。 上る者が下る者に 「あと何階」 と尋ねる心理も万国共通だ。 下る者が 「もう少し、がんばって」 と答える善意の嘘も。
昼間呑んだビールのせいか、かなりのどが渇く。 てっぺんに着くまでにはみんな汗になって出てしまいそうだ。 壁面には所々に窓が切ってあって、ぐんぐん市街が下になる。 結局三〇と何番かで塔のてっぺんに出た。 聖堂になってから屋根の風見には信仰を表すコンスタンチンの旗を持った女神ヒラルダが祀られた。 九十八mのスペインで最も高い光塔ミナレットだという。 チャペックはこの塔の複雑な有り様を「ローマ風な基礎に、ムーア風のぜいたくさ、そしてカトリックの主題」と形容している。
アンデルセンが紹介している逸話だが、これまたドン・フアン・デ・マラーニャというセビージャ一の金持ちの息子が、放蕩を尽くした挙げ句、傲慢にも女神ヒラルダに、塔から降りて一夜を共にしないかと呼びかけたという。
「彼女は、その大きな銅の翼を震わせて、うなりをあげて宙を切り、のちに戯曲のなかで軍司令官の大理石像が響かせたような重々しい足音を響かせて訪れた。だが、深夜、人通りの絶えた森閑とした通りをドン・フアンが家路についたとき、突然嫋々たる余韻を響かせて音楽が聞こえ、たいまつの光が目を射たと思うと、長蛇の列を組んで葬列が近づいてきた。棺台の上には銀と絹の布に全身をくるまれて死者が横たわっていた。 『いったい、今夜葬られるのは誰なのだ』ときくと彼の耳もとに答えの声が鳴り響いた。 『ドン・フアン・デ・マラーニャでござる』」
怪談としてはかなり怖い。 一説によると、カリダド慈善病院を作った修道士はこちらのドン・フアンだったという。 「のちの戯曲」とはティルソ・デ・モリーナの『セビージャの色事師と石の招客』である。
せっかくここまで上ったのだからと四方の眺望をカメラに収める。 見下ろしても聖堂の大屋根や大アーチ、迫り持ちの支えの無数の肋骨リブたちが小さく見えないのだから、その規模の大きさが知られる。 にょきにょきと筍のように尖塔が突き出ているのを上から眺めるのも奇妙な感じがする。 目をあげるとひらべったいS字型の瓦(パンタイル)の屋根がバラ色の波のようだ。 そこにキューポラや鐘楼や胸壁が林立している。 市街に埋もれるようにグアダルキビール川が光っている。 反対側はくねくねと曲がったシエルペス(蛇)通りからサンタクルスのユダヤ人街の眩いほど白い小さな家々がぎっしりと立て込んでいる。 屋上やテラスや壁面のあらゆるところは緑や色とりどりの花で埋め尽くされている。 その生の横溢を冷却させようというのか、あの中には命Vida、死Muerta、水Agua、胡椒Pimienta、栄光Gloria、棺Ataud 、十字架Crucesなどと名付けられた小道が、毛細血管のように張りめぐらされているのだ。 聖堂のドームの下の巨大空間は、市街のこの密集した狭隘な空間との対比のためにわざわざ造られたのだとさえ思えた。 市場メルカドの天幕の下よりも、広場よりも巨大で自由な空間。海のなかにそそり立った巨峰とでもいうのか。 セビージャはキリスト教化が遅れた地域だという。一四〇六年から約一世紀をかけて改修したこの聖堂の巨大さは、ここに理由があるかもしれない。
下るのはあっという間だ。 聖堂に下りきろうとする時、年配の赤ら顔の老人が孫と上りかけていた。 てっぺんまでたどり着けるのだろうかと心配になる。 再び聖堂の中をあまりに広すぎるのに寄る辺ない思いを抱きながらうろつきまわる。 英語版のガイドブックを買ってみたら、最初にいきなり 「A mad idea and a colosal task. Savilles cathedralis all things to all men. 」 とあった。
サンタクルスのユダヤ人街を歩いて帰ろうと思って、例によって地図を見るような見ないようなでどしどしシエルペス通りを進んでいく。 路地は極端に狭く、両側を高く白く広い壁に挟まれている。 その間に覗くいまだ暮れぬ空も狭く長い。 小さな窓の鉄格子からも緑や華やかな花がこぼれ落ちるように溢れている。 セビージャの鉄の窓格子レハスの細工の見事さを、チャペックはスペインの「国民的芸術」ではないかという。 「その下でセレナードをうたうのには適しているだろう」とも。
「セビージャの街路が、家の中の廊下や、中庭のように見えるとすれば、人の住み家の窓は、壁にかかる鳥籠だ。……セビージャの町全体が、女性のハーレムのように、鳥籠のように見える。」
路地の角ごとに路地の名の記されたタイル板がはめ込まれている。 通る人影もほとんどない。 どこからどこまでもこの路地がつながっていく。 歩いて歩いて、迷って迷って、またもや路地のラビリンスに幻惑されはじめる。
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