新聞、雑誌等に書いたもの、どっかでしゃべったこと、書き下ろし……の置き場です。 主に文学・歴史関係が多くなるはずですが、何にでも好奇心旺盛なので、どこまで脱線するか?!。 モノによっては長いのもありますが、興味のあるところから御覧下さい。
 
名入りタオル
 このごろはホテルの習わしが広がってきて、浴用タオルはホテルの中だけで使って、持ち帰りができないところも増えた。
部屋に備え付けてあるか、大浴場の更衣室にうずたかく積み上げてあって、「何枚でもお使いください、ただし、持っては行かないでね」というところもある。

 この場合、フェイス・タオルもバスタオルも厚手のしっかりしたものが多い。

 けれども、旅館や旅館の雰囲気を残したホテルでは、今でも名前を刷り込んだタオルをくれるところが多い。
大浴場に行くにも「クローゼットのタオルをお持ちください」となっていて、これももらって帰ることができる。

この場合、僅かな例外を除いて、たいてい向こうが透けるほどぺらぺらに薄く、その耳にペッタリ旅館の名や電話番号が刷り込んである。

 こういう薄っぺらで貧弱なタオルだから、別にほしいわけではない。
いや、薄っぺらなタオルの方がかさばらないし、水分を吸収しやすいし、しっかり絞れるし、使いやすいのだというはなしもある。
が、タオルというのは使い捨てではない。
家に持って帰ると、洗濯しながらある期間は使う。
よほど潔癖な人なら、名入りは台所か雑巾で、無地のみ浴場で使うとか分類している人もいるかも知れないが……。
たいていはタオル棚あたりに何十枚か積んであって順に使っていくというのが多いんじゃないだろうか。

 するとどういうことが起きるか。
湯船にウウウとうなりながらつかって、家庭風呂だから湯船につけても誰も文句を言う者はいない、ぱっと広げて顔なんぞゴシゴシやろうとする。
と、目に入る。
「○○温泉郷△△亭□□」の名。
一瞬手が止まる。確かに行ったぞ。
んんんん、いつだったか。
旅懐とでもいうべき感情が、その瞬間、脳裏をかすめるのである。(福岡哲司)
写真:西山温泉(山梨県中巨摩郡早川町)








2008/10/30 14:56:18|甲斐の夜ばなし
ケがないように
 太宰治の『黄村先生言行録』にも描かれた甲府の塩沢寺の厄除地蔵尊祭は、全国に知られた祭でございます。

 年に一度、二月の十四日の二十四時間だけはお地蔵さんの耳が空いて願い事を聞いてくれるというので参詣の人々で賑わいます。
殊に厄年に当たった男女は歳の数だけ米の粉で団子を作って奉納がてら厄払いに参るのが習わしでございます。
山門、石段はもとより湯村の温泉街から参詣客が路にあふれ、迷子は出るは、通行もままならないはという状態でした。

 明治の頃まで、ここの夜祭りでは拝殿にいたる石段でおじょうもん(娘)の陰毛を盗むことが行われておりました。
なにしろ混雑して一段刻みに押されるように昇るうえに、女性も着物の下は腰巻き一枚という時代でございます。
足の置き場、身体の体勢もままならぬままもみ合っている内に、女性は股ぐらに手を入れられて二、三本引っこ抜かれるという有様。
うっかりしているとあちらからもこちらからも手が伸びて斑(まだら)になるほど抜かれてしまったと言いますから大変です。
それでも、娘たちがなじったり悲鳴を上げたりしなかったのは、自分が男たちの目を引くせいだし、抜かれた毛も厄除の御守りにされるのだと思うせいでありました。

 ある歳の厄地蔵尊祭の日。勝沼の青年で近々兵隊に行くことが決まっていた者が、女性の毛の二、三本を手に入れて身に付け、弾よけにしたいと考えました。

 青年には初めての経験でしたが、身動きもならぬ石段の中途で先ほどから目を付けておいた器量のいい娘を狙って思いきって着物の裾からにゅっと手を突っ込み、首尾よく四、五本を手に入れました。

 やれうれしやと思った青年は、友人の分までと思い、もういっぺん腕をぐっと裾からつっこんだのです。
こんなにふさふさしていたかとびっくりしながら指先に巻き付けて一気に引き抜いたとたん、

「痛っ、痛えな、このド助平野郎」

と怒鳴り声とともにサザエのようなげんこつでぽかりとやられました。
見れば、さっきの器量よしのおじょうもんとは似ても似つかぬ、いかつい髭面の大男だったのです。
身動きできぬ人混みの中、男はなおもぽかりぽかりと二つ三つ。
青年は首を縮めてほうほうの体で謝って勘弁してもらったと申します。

 陰毛を腹巻きに縫い込んで弾除けのまじないにするのは、日清・日露の戦争の頃から行われましたが、満州事変、太平洋戦争でも同様のことが行われておりました。
千人針を縫う母親などで親戚、知人の娘の陰毛をもらいに行った人も少なくなかったようでございます。

 物知りの古老によれば、この風習は、戦国時代、信濃や駿河に転戦した武田の雑兵に甲斐に残った若妻や許嫁が己の陰毛を肌身に付けさせたのが始まりと申します。







2008/10/30 8:09:43|本・読書・図書館
「文学」なんて要らない?
 或る大学教授から聞いた話である。
学生に芸術のジャンルを聞いたところ、音楽と美術はすぐ出たが「文学」はなかなか出なかった。
最後に
「文学もあるだろう」
と指摘しても半信半疑だったという。

 言われてみれば、高校の芸術教科に「音楽・美術・書道」はあるが「文学」はない。
国語教科があって、小説・随筆・詩・短歌・俳句はては古典文学や漢詩漢文も教えているではないかと言うかも知れない。
が、ここでもこれらの作品を「芸術」科目としては教えてはいない。
教える側もそういう認識がないのだから、教わっている側にその認識が育つわけがない。

 大体国語教科の指導の中で「文学教育」というのは、今や分が悪い。
国語教育では「話す・聞く、読む、書く」という言語操作能力の向上、ひいては「伝え合う」ためのコミュニケーション能力の涵養が何より重要とされているのである。
このところ世の中でよく言われる「国語力」という耳慣れないことばもこういう内容を指している。

 だから、小説・随筆・詩・短歌・俳句を文学作品として味読したり、修辞法に気付きながら鑑賞させるような学習は極めて低調である。
創作学習や読書教育はいうまでもなく、文学教育は無用の暇つぶしくらいに見なされている気配すらある。
指導する教師の方でも、こういう学習はどう進めたらいいのか分からない者が多くなってきている。
こういう教育を受けた者が教師になっていくとしたら、ますますこの傾向は顕著になるに違いない。

 原因はある。かつての国語教師が音吐朗々と作品を読み上げ
「どうだ、いいだろう“!」
と感に堪えたように修辞やリズムを教えていた反動である。
あるいは、小説などを
「作者の言いたいことは?」
とか
「登場人物の気持ちは?」
とか、それこそ気持ちの悪くなるほど執拗に授業で問いかけてきた反動である。
そのような指導法は趣味的であり、教師による解釈の押しつけであり、実生活に有用な言語能力向上に何ら資するところはないと見なされた反動である。

 けれども、我々はこういう国語の授業に時に反発しつつ、時に感銘を覚えつつ、ある時には教師に反論するために、ある時は共感を共にするために本屋へ図書館へと赴いたのではなかったか。
話変わって、昨今の図書館でも「文学」の位置は恐ろしく不利である。
端的に言えば文学書の収集が抑制される傾向がこのところ顕著である。
その背景には、医療、法律、教育・福祉、商業・経済等の実社会に散在する深刻なテーマの多さに比べて、「文学」書など単なる「読み物」であり、個人の趣味や教養に属する暇つぶし、贅沢品だからという捉え方である。
しかも、予算が抑制されている現在、「文学」に属する図書は数限りもなく出版され、収蔵してもしきれないという現状もある。

 だから、小説本など個人が購入すればよいのであって、公共図書館が収集に憂き身をやつすべきではないという割り切りである。
そのために、公民館や町村の図書館と都道府県立や政令都市の図書館との「役割分担」が必要だと、一見体裁のいい、反論のしにくい主張が声高に唱えられ始めている。
後者の図書館は、前者の図書館(室)では買えない、権威ある、高価な、実業に役立つ本を選んで所蔵すべきだ、それをお互いに融通しあえばいいではないかという主張である。

 困ったことに、苦しい現状から、図書館司書もこの考えに与するのが先進的だと思い始めている。
その結果、公共図書館の役割を「ビジネス支援」やら「子育て支援」あるいは「行政支援」などにシフトしようとする傾向も出てきている。
間口を広げるのはいいが、それに伴って職員が増員されるわけでもない。むしろ、現員、あるいは非常勤嘱託や非正規雇用に置き換えるスピードが加速しているのだから始末が悪い。

 一方、住民に最も近いところにある図書館(室)では一時的に流行する「読み物」たとえば『ダヴィンチ・コード』などを何十冊収蔵しても予約待ちの時期がある現象さえ出て来ている。
数年たてば、借り出す者も激減するのに……である。
また、収蔵スペースの点から、古ぼけた「読み物」を廃棄することもためらわない。
このままでは、虻蜂取らずになる可能性さえ出て来ている。

 文学が芸術であるかないか。それは携わっている者にも、享受する者にとってもどっちでもいいことかも知れない。
私の多くの知人たちもゲージツをやっているなんていえば照れるかも知れない。
けれども、芸術が格差社会を反映した贅沢品だと見なされたり、学校教育や社会教育の場において、文学に代表される虚業が一方的に否定されてしまって、本当にいいのだろうか。
実社会に有用な(と思われている)実業(実学)だけに偏重することで、長い時間の中で、個人にとっても、国にとっても、実社会の問題を本当に解決できるのだろうかと、私には疑わしい。(福岡哲司)
写真:蔵書印 香港でこしらえた。翡翠でできていて気に入っているが、最近は殆ど使わない。







2008/10/30 7:57:17|本・読書・図書館
「風呂読」
 本を読まぬ日はない。

 私にとっては風呂も大事な読書の場で、毎日、髭を剃ることと本を読むこと以外には風呂でも殆ど何もしない。
最近はどろどろ血になるのが気になっているが、それでもぬるい湯へ一時間ほども浸かって読んでいる。
「朝読」というものがあるとすれば、私のは「風呂読」だ。
「風呂毒」と言った方が適切かも知れない。

 毎日、適当なところで止めておこうと思うが、続きを読みたくなって、たいていのぼせるほど浸かって読んでいる。

 持ち込むのは文庫本か新書本で、さほどボリュームのあるものでなければ、二日から三日で一冊を読んでしまう。

 堅いものなど風呂などでそうそう読めるものではない。
随筆とか紀行、社会現象や風俗にかかわるものだ。

 トイレでも喫茶店でも同様だが、風呂に持ち込む本のない時にはとても閉口する。
新聞で代用することもあるが、読みふけると隅が三角に濡れていたりして具合が悪いから、やっぱり文庫か新書が多い。

 まれに湯の中に落とすことがある。
はたから見ればおそらく滑稽だろうが、当人はしごく大あわてである。
翌日乾いても、いやに太って、波打ち、紙もざらついて不愉快きわまりないが、自業自得と諦めている。

 図書館や人から借りた本にこういう扱いはできないから、本は買うことになる。
毎日読むのだから本代も馬鹿にならない。
本のリサイクルショップは値段も百円だったりするから、まことに都合がいい。
もっとも最近はリサイクルショップも商売がうまくなって、比較的新しかったり、流行りものの文庫や新書は四百円以上の値を付けているから油断はならない。
とは言え、新刊で買うより安いだろうと観念することもある。

 「風呂読」では小難しい本は読めないし、次に何を読もうかはなから決めているわけではないから、リサイクルショップにあるものでも十分なのである。
興味を引くものがあれば五冊でも十冊でも買っておいて、洗面所に積み上げ、次から次へと風呂場に持ち込むこととなる。

 困った習慣は最近は娘にも伝染し、いやに長く風呂に入っていると思えば「風呂読」をやっているらしい。
とは言え、彼女のはただの通販雑誌らしいのである。(福岡哲司)
写真:プラド美術館(スペイン・マドリード)前庭で







今こそ「読む」「書く」ことを大事に
 個人同士でも、家庭、組織、地域内、はては国家間でも「ことばが通じているのだろうか?」と心配になることの多い昨今である。

 平成十年から小学校を皮切りに「学習指導要領」が改訂され、児童生徒の言語能力の向上が重点化された。
言語活用能力の低下を憂えていた教育現場では、これを機にこれまで以上に言語活動に取り組むようになった。
多くは発表やスピーチ、ディベートなど、上手に「話すこと」の実践だった。
が、上手な子どもはますます上手になり、消極的な子どもはますます消極的になっていくという傾向も見られた。
どこに原因があったのか?

 上手な話し手は上手な聞き手でもある。
聞く・話すの相互作用でコミュニケーションは深まるし、問題の在りどころもはっきりする。
一人が話す活動をする際、大勢の聞き手側はどうあるべきか。
教育現場での実践にはこの観点が大事だったはずだ。

 さらに、聞きながら的確に「書」けなければならないし、話し手は、資料や仲間の感想を客観的に「読」めなければならない。
「書く」ためには「読むこと」は不可欠だ。
「読・書・話・聞」の学習は、それぞれ切り離しては効果は薄い。

 平成十六年、文化審議会は文科相に「これからの時代に求められる国語力について」を答申した。
ここでは学校、家庭、地域社会を横断し、「読・書・話・聞」を有機的に結びつけた「国語力」の向上を訴え、その重要な方策として読書活動の推進を挙げている。

 山梨では、平成17年から、学校教育、社会教育全般に係る「やまなしの教育基本計画」を進行中で、国語力向上、そのための読書活動の推進を重要な柱としている。
小中高の教育現場では全教育活動を通じて「読・書・聞・話」を結びつけた学習形態や読書活動の活性化を懸命に模索している。
地域でも公共図書館を中心にこれらを支援しようという機運が高まっている。

 メール、ネット上の掲示板・ブログ……。
メディア・ツールこそ新しくなっても、文字は相変わらず重要なコミュニケーションの手段である。
「ことばが通じる」ためにも、「読む」「書く」ことの修練の大事さはますます大きい。
再び「話せば分かる」「問答無用」の悲劇を繰り返さぬためにも。(福岡哲司「視聴覚教育時報」平成十八年四月)
写真:セビリア美術館のパティオで