鎌倉の方代忌には瑞泉寺の本堂に座っていても背中を汗が伝う猛暑の候の印象がある。 久しぶりに訪れると、昨夜からの雨のせいで思いの外涼しく、切り通しの玉あじさいも一息つくように見えた。
十二三年前、初めてここに来てから、方代が晩年を過ごした鎌倉の人たちの追慕の思いの深さに圧倒されてきた。 すでに十六回と聞けば時の迅速さに驚くが、住職大下一真の読経に始まる次第、集う知友・愛好者、鎌倉の「大家」だった根岸p雄のホストぶり。 寄せる思いと光景は何ら変わらない。
けれども、今や方代のうたが歌壇から出て広い世間で口遊まれているという変化は大きい。 歌集『右左口』『こおろぎ』、随想・写真集『青じその花』は版を重ねている。初期作品、第一歌集『方代』から最後の『迦葉』までを収めた『全歌集』が編まれ、使いやすい『索引』も刊行された。 この効果も大きいだろう。 が、方代のうたの中にすでに今日を予感させる秘密はあった。
今年の講演で歌人尾崎佐永子が 「たとうれば小石も星もおなじうして吾は只ひとり行かねばならじ」 ほかを挙げ、読めば情景がたち上がり、そこに方代がいるかと思うと、読む者「自ら」がいさせられてしまう、と語った。 そのための「劇的空間」と「文体」の独特さだ、とも。
ひとからうたへ向かうベクトルが向きを変えている。 知友の思い出の上に、たとえば一瀬茂が調査した山梨日日新聞寄稿の初期作品や当日高室有子が報告した旧右左口村宿区青年団資料など、地道な調査・研究がこれからも蓄積されてゆくだろう。 語り継ぐ会の「方代研究」は三十一号を越えてさらに続くだろうし、「方代の里なかみち短歌大会」ほかの地域文化振興活動も相まって、方代のうたはますます広く読まれるにちがいない。 「ちょっと、ちょっと」を連発しながらも、地下の方代は喜んでいるに違いない。
□鎌倉方代忌は九月七日鎌倉二階堂瑞泉寺で執り行われた。(福岡哲司) 写真:鎌倉瑞泉寺碑 (山梨日日新聞 2002年9月)
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