新聞、雑誌等に書いたもの、どっかでしゃべったこと、書き下ろし……の置き場です。 主に文学・歴史関係が多くなるはずですが、何にでも好奇心旺盛なので、どこまで脱線するか?!。 モノによっては長いのもありますが、興味のあるところから御覧下さい。
 
2008/10/22 16:55:07|文学
鎌倉の方代忌
 鎌倉の方代忌には瑞泉寺の本堂に座っていても背中を汗が伝う猛暑の候の印象がある。
久しぶりに訪れると、昨夜からの雨のせいで思いの外涼しく、切り通しの玉あじさいも一息つくように見えた。

 十二三年前、初めてここに来てから、方代が晩年を過ごした鎌倉の人たちの追慕の思いの深さに圧倒されてきた。
すでに十六回と聞けば時の迅速さに驚くが、住職大下一真の読経に始まる次第、集う知友・愛好者、鎌倉の「大家」だった根岸p雄のホストぶり。
寄せる思いと光景は何ら変わらない。

 けれども、今や方代のうたが歌壇から出て広い世間で口遊まれているという変化は大きい。
歌集『右左口』『こおろぎ』、随想・写真集『青じその花』は版を重ねている。初期作品、第一歌集『方代』から最後の『迦葉』までを収めた『全歌集』が編まれ、使いやすい『索引』も刊行された。
この効果も大きいだろう。
が、方代のうたの中にすでに今日を予感させる秘密はあった。

 今年の講演で歌人尾崎佐永子が
「たとうれば小石も星もおなじうして吾は只ひとり行かねばならじ」
ほかを挙げ、読めば情景がたち上がり、そこに方代がいるかと思うと、読む者「自ら」がいさせられてしまう、と語った。
そのための「劇的空間」と「文体」の独特さだ、とも。

 ひとからうたへ向かうベクトルが向きを変えている。
知友の思い出の上に、たとえば一瀬茂が調査した山梨日日新聞寄稿の初期作品や当日高室有子が報告した旧右左口村宿区青年団資料など、地道な調査・研究がこれからも蓄積されてゆくだろう。
語り継ぐ会の「方代研究」は三十一号を越えてさらに続くだろうし、「方代の里なかみち短歌大会」ほかの地域文化振興活動も相まって、方代のうたはますます広く読まれるにちがいない。
「ちょっと、ちょっと」を連発しながらも、地下の方代は喜んでいるに違いない。

□鎌倉方代忌は九月七日鎌倉二階堂瑞泉寺で執り行われた。(福岡哲司)
写真:鎌倉瑞泉寺碑
(山梨日日新聞 2002年9月)







最近のことば事情(要旨)
 時代とともに「ことば」が変わっていくのは当然だ。
が、それがものの感じ方考え方の変化だったり、人間関係の不都合につながるとすれば困ったことになる。

 若い人の言葉遣いで気になる一つに、
「まぶしいかもしれない
といった言い方がある。
部屋が暗いのでカーテンを開けた時の反応だ。
「まぶしいので(カーテンを)開けないでください」
と言うところをぼやかして言う。
また、
「お金を返してもらう
などとも言う。
「返させる」で十分だろう。
気持ちが優しくなっているのか、気弱になっているのか気になる。

 「ろくなな明いてる?」
「ろくはいいけど、ななはちょっと」
とか
「いくつ違い?」
にこ上」
というようなやりとりもある。
ものの単位を表すことばを序数詞と言うが、これが苦手になっている。

 敬語に使い方も妙だ。
「お煙草の(ほう)、お吸いになりますか?」
「こちらご注文の品になります
「一万円からお預かりします」
などと言われる経験は多い。
あるいは
「ラッシャイマセェ」
「よろこんでェー」
「ようこそ○○へ」
とやたら大きな声で口々に繰り返したりする。
若い人の初めての敬語はサービス業の中にしか生き残っていず、しかも効果があるとも思えない。
丁寧に言うつもりで却って妙になることもある。
「温かいうちにいただいてください」
などもむっとする。

 「その件については見直さざる/を得ない
とアナウンサーでもおかしなところで切る。

 業界用語もよく使われる。
「時間がおしている
「急にふられたので、言うことをかんだ
「前の人とかぶる」
「きついつっこみ
など、どこの組織の人かと言いたくなる。

 どうしてこういうことになるのか? 
こういう言い回しのどこが心配なのか? 
日本には「以心伝心」「察し」といった善き文化があった。
これが、現在の急速なIT技術の進展などと結びついて却って弊害を生んでいるようにも思う。
口をきかなくても済む、日本語を知らなくともいいような世の中になったとも言える。
そのためことばをどう使うかの習慣が未定着なまま育ってしまう。
その結果、親しい人以外との話し方が分からず、コミュニケーションがとれないという現象が起こっている。
どうしても必要な場面は不可解なマニュアルどおりということになる。

 これは若い世代だけの責任ではなく、これを許容(放任)してきた大人、管理職世代にも責任がある。
矢継ぎ早の指示・命令は思考停止や指示待ちの態度を生むし、自己判断能力が育たないことにもなる。
また、意味は分かるが感じの悪いことばを多用するのもよくない。
「特色を出す」と言う代わりに「差別化」、土地のいいものを活用しようというのを「地産地消」なんて寂しい言い方にしてしまう。

 我々自身、もっと言葉遣いにデリカシーを持ち、若い世代の言動にやかましくてもいいのではないか。(福岡哲司)
(甲府ロータリークラブ卓話・2007/3/5)







2008/10/21 21:03:18|本・読書・図書館
図書館の公共性を守れ!!
 当選三作のうち私が最も身につまされたのは「書物の権利」(青羽沙月)だった。
氏が見聞きし失望した「図書館業界」はまさに現実だと痛感したからである。
一言したい。

 数年前、県立図書館長を引き受けて、私は衝撃を受けた。
図書館事業とは「時代」を超えて資料を整理、組織化して蓄積し、閲覧者の利用に備えるところにあったはずである。
ところが、今や「図書館業界」ではビジネス支援、就労(農)支援、起業支援、地域の活性化支援のための情報提供という「今日・明日」の「実用性」が先に立っていたのである。
そのため、都道府県立図書館は、たとえば、「非生産的」と思われる子ども読書にかかわる図書収集や活動から手を引いて市町村立に任せた方がいい、文学などの「趣味的」な「読み物」は新規には極力収蔵しないでおくべきだ。
こうしたベクトルが働いていた。
既にあるものは「役割分担」に応じて廃棄して、限度を超えている収蔵スペースをなんとか産み出そう、何百万冊収蔵したってキリはないのだから、と。
心優しく気弱な司書たちは図書館のサバイバルをかけて行政サイドの要請に応えようとしていた。

 どこからこういう考え方が育ってきたのか。
図書館に限ったことではないが、発端はアメリカあたりから始まった公共性に対する市場主義であり、政府の推し進めてきた行政改革の結末だ、と私は思っている。
図書館事業は莫大なコストがかかる割には「利益」をもたらさないと国、都道府県、市町村の自治体行政中枢で露見してしまったのである。
稼げないのならせめて「○○支援」という実用的な役割くらい果たすがいいと言い出したのである。
図書館が常に実業に関わる「効果」を産み出してきたことに彼らは気づいていない。
まして、経済効果に換算できぬ、人間としての発達や精神的な潤い、豊かさなどの「意味」など想像もつかないだろう。
彼らは、それが情報獲得のための基本的人権の保証であるにもかかわらず、「図書館法」の「利用の無料原則」さえ迷惑に感じている。
医療、福祉、教育、文化……この世の中にタダで受けられるサービスなんてあってはいけないのだろう。
コスト、カット! コスト、カット! 
行政改革においては、例年一〇パーセントのシーリング、人件費の削減はいかなる公共施設でも「聖域」ではないのだ。
彼らにとって「公共」とは負担の公平の意味である。

 その挙げ句、「民」の力で出来ることは「民」でという美名の下、金ばかりかかって完結することのない図書館事業(に限らず全ての公共的な活動)を行政自ら経営せずに済ませる方法を考え始めた。
先ずスポーツ施設から始まって文化ホールに進み、美術館・博物館がやり玉に挙げられ、そして、今や、全国の図書館が嵐の中にある。
それは法人への業務委託であり、指定管理者の指定であり、民営化であり、正規職員あるいは専門職の引き上げと職員数の削減である。
収蔵すべき図書資料の予算は当然のことながら減額、よくて据え置きである。
ビジネス支援を叫んでいた図書館活動が、今や、委託料を当て込んだ情報支援ビジネスそのものになろうとしている。
ビジネスとして成り立たねば図書館も図書館資料も放置されることが起こりうるだろう。
そこからは司書の専門性はもとより利用者の権利も肝心の「書物の権利」も顧慮する眼がどこかへすっ飛んでしまっている。(福岡哲司)(「文芸思潮」第25号エッセイ賞選評抄より)
写真:千葉市立図書館の自動書庫取り出し口あたり








2008/10/21 20:51:27|本・読書・図書館
図書券はうれしい
 何をいただいてもうれしいが、私にとっては、とりわけ図書券(図書カード)はうれしい。
文具券や醤油券よりも、ビール券よりも遙かにうれしい。
寿司券やディナー券ならちょっと迷うかも知れないが……。
図書券が財布の中に入っていると思うと、いつでもどこでも本が買えるぞ、安心だという気になるからである。
できれば「カード」でなく、「券」のほうがいい。
厚みがあるからではない。
田舎なんかでは「カードは扱っていません」という店が、今でも時々あるからだ。
この心強さがあるから、金券ショップなんかの張り紙に「図書券」なんてあると、若干割引にもなっているだろうし、まとめて買っておこうかなんて気になることもある。
さすがに「給料を図書券でくれ」とまで言うつもりはないが。

 最近では、レジでVISAとかJCBとかのクレジット・カードも使える店が増えてきて、これはこれで心強いのだが、とは言え、これはなんだか「借金」という感じがして、ちょっと気後れする。
できれば図書券がいいのである。

 ネット上で欲しい本を発見して買うときには、なんと言ってもクレジットカードが手間いらずで便利だ。
「カード番号とか送信して平気ですか」
と聞く人もいるが、いまのところ問題はない。
後払いで郵便局に行くのが遅れて、却ってこちらが本屋に迷惑をかけることがあったくらいだ。
代金引換もいいが、「代金を」と言い出すと何でも押し売りだと思って追い返す年寄りが留守番しているから、これも失礼になることも出来するかも知れない。

 前にもどこかに書いたことだが、警察で職員相手に講演をしたことがあって、現金では謝礼をするのもどうかと考えたのだろう、見たこともないほど分厚い図書券の束をいただいたことがある。
金券ショップで換金するなんてとんでもない話である。
私はほくほくして、これをどう使ってやろうかとしばらくの間夢を廻らせた。
ちびちび使うか、どっと使うか、悩むのも楽しかった。
結果として、文庫版になっていた中央公論社の『世界の歴史』を揃いで買って、まだ、十分に余ったのである。「栄耀食い」という食い方があるが、これは本に於ける「栄耀買い」だろう。

 弟が横浜の本やチェーンのYに勤めていて、横浜駅のショップの店長をしていたことがある。
従って盆暮れの贈り物は必ず図書券だった。
娘たちにも可愛いピーター・ラビッツだとかのデザインの図書カードを贈ってくれた。
近所の小さな本屋では(今は美容室に変わってしまった)、カードが使えず、気軽にコミックや少女雑誌が買えないので、不平を言っていたが、なんという贅沢な不満かと思ったことである。
もっともこの店は図書券で買い物をした釣りも百円とかの図書券でくれて、あとでとても使いづらかったことを覚えている。
以前はこういう本屋や、端数は現金で、という店が時々はあり、券を使うことが気が引けるようなこともあった。今では、そういう店はほとんどなくなった(と思う)。

 図書券も小遣いも同じかも知れないが、少しばかり持っていると無駄遣いをする傾向があるようだ。
一冊の文庫や雑誌なんかに図書券を使っては、本当はもったいないと思うのである。
が、財布に入っていると使ってしまう。
使ってしまって、財布から消えると、また、心細くなる。(福岡哲司)
写真:野生の紫式部(小淵沢)







2008/10/21 20:42:10|甲斐の夜ばなし
おとらのガレ
 日蓮宗総本山・身延山久遠寺の奥の院にさしかかる険しい崖道におとらのガレという難所がございます。
その名のとおり刀の刃を渡るように両側が断崖に崩れて切り立ったガレ場でございます。

 麓の下山の村におとらという、このあたりには珍しい美しい娘がおりました。

 いつしか奥の院の若い僧と恋仲になり、おとらは夜な夜な山道を奥の院に通っておりました。
月夜ならともかく、足下も自分の手の平も見えないような闇夜も、雨の日も、風の日も、雪が降り積む夜も、五十町あまりの山道をものともせず、毎夜通ったのでございます。
そうして、山上の庵で空が白みかかるまで誰はばかることのなく二人きりの時を過ごすのが常でした。

 やがて、僧は山を下りて久遠寺の坊のひとつも任せられようという頃になりました。
けれども、毎夜精を使い果たしたせいか、若く美しかった容貌も荒行を終えた僧のようにやせ衰え、眼光ばかりぎらぎらするようになっていました。

 僧自身、聖山で身につけねばならない法力も弱まって、心身ともに己が堕落しているように感じ始めたのでございます。
それにつけても恐ろしいのは、おとらの尽きることのない欲情でございます。
このままでは身の破滅と考えた僧は、ある夜、帰っていくおとらを山道の途中まで送る道すがら、断崖の上から谷底へ突き落として殺してしまいました。

 やがて、おとらの亡きがらはガレ場の下の洞穴で見つかったということです。

 僧はいずこともなく失踪してしまい、行方は誰にも分からなかったそうでございます。
みちのくのどこかの山寺で、徳の高い僧として村人に崇敬されているという風の便りもございました。

 ガレ場の下の洞穴からは、その後、風が吹くたび風音は、

「男欲しい、男恋しい」

と聞こえたそうでございます。(南巨摩郡身延町)(福岡哲司)
写真:思親閣展望台から富士川を下ろす