 ―え、兼ちゃん、どおでえ、この夜店の賑やかなことといったら、避けるのもてえへんだ。 甲府館のカツドウもハネた頃だな。
―今かかってんのは目玉の松ちゃんか? まったく、よく人が出てらあね。 店先にも吹矢にも客が鈴なりだし、雑貨や瀬戸物やの戸板店も冷やかしでいっぺえだ。 万平商店の前じゃオモチャ目当てのガキだあな。
―製糸工場も景気がよくなったようで、近郷近在からも繰り出してるんだなー。 若松町の芸者衆もウケに入ってるだろう。
―職人や勤め帰りのあまっこまで出てらあ。 よお、盆栽屋ぁ―、売れてるかい? 冷やかされるのも賑わいってやつで、気長に商売しねーよ。
―ところで、おめえ、桜座でオッペケペーの貞奴観たってな。
―ああ、今じゃ帝劇の「トスカ」ってんだ。 木戸が高くってな、平戸間で観た。
―どうでえ?
―どうもこうもねえさ。 いやに気位の高そうな女でな。 おまけに 「花という花がみんな月光の中に香を放つ園に私だちの恋の自由を謳おうではありませんか」 なあんて台詞を言われたって、気恥ずかしいってもんさ。
―何しろパリやアメリカでうけたって言うぜ。
―「甲府じゃあたしの芸術が分かるかしら、客なんぞ来なくってもしかたがないわさ」 なあんて態度だな。乗り込みも町廻りも馬鹿馬鹿しいからやらねえときちゃー。
―よおー、学生さん。 学生というにゃー老けてるが……。 あんたのバイオリンはいつ聞いても物寂しくていいなー。
―おめえ、稲積亭の下足番の爺を知ってるよな。
―こないだ死んだってな。 汚ねえうえに無愛想な爺さんだった。 昼は飯田田圃の小屋で鳴子引いて雀追ってたって聞いてたが。
―そおよ。 去年、朝太っていう若え噺家が来てたろう?
―東京の二ツ目だと聞いたが、二十七、八の生意気そうな野郎だったっけ。
―あの野郎が「甚五郎の大黒」って噺を演ったんだ。 爺さん「こういっちゃなんだが、甚五郎は変人だが、与太郎じゃねんですぜ」ってたしなめたそうだ。 朝太の野郎、殴ってやろうかと思ったが、聞けばもっともだ。 爺さん、元はといやー四代目の三升屋小勝の弟子で小常っていう二ツ目だったって言うぜ。 飯田田圃に行って「甚五郎」をみっちり教わったそうだ。 爺さん、旅回りの挙げ句、甲府にとぐろ巻いちゃったんだな。
―稲積亭は面白えなー。 浪花節に義太夫、講釈に操り人形、手妻って。 三ちゃん、さぶいから、なんか喰おうぜ。 屋台で握りか、うどんか? 支那そばか?
―それより、山城屋バーで一ぺえやろうじゃねえか。
―俺りゃ、縄暖簾の方が気楽だな。
―何、バーなんて言ったって、西洋居酒屋よ。(福岡哲司)
※朝太=後の古今亭志ん生
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