非常に美貌の青年である或る若い貴族が、高名なフィレンッェの貴族で、その同時代人のあいだに卓越したネレオ・ディ・パッツィの娘を娶(めと)っていた。
数日ののち、若妻はしきたりに従って里がえりをしたが、普通一般の花掾に見かけるほどの陽気で満ち足りた様子はなかった。
それどころか悩ましげな、物思わしげな様子で、眼を伏せていた。
母親は彼女を部屋の片隅につれて行って、
「どうだえ、お前が望んでいたとおり、みんな首尾よく運んだかえ?」
「それどころじゃないわ!」
と若妻は涙に暮れながら答えた。
「だってお母様がわたくしの夫に選んで下さった方は男ではありませんもの。……あの方には男の男たるゆえんの物が欠けているのよ。あの方は結婚に必要なものを持っていらっしゃらないのよ、ええ、持っていらつしゃらないのも同然なのよ」
悲しみに沈んだ母親は、このことを父親に告げた。
宴会に招かれていた親戚や女たちのあいだに事は少しずつ洩れていったので、家じゅうがこの気の毒な娘の身の上に対する歎きと歎息とで一ぱいになった。
可哀そうに、娘さんは結婚したのではなく、いけにえにささげられたのだ、と人はいうのであった。
最後に、今度は新郎がやって来た。
宴会は新郎を主賓として開かれることになっていたのである。
見ると、すべての人々が浮かぬ顔をし、狼狽した顔つきをしている。
奇妙なこともあればあるものと驚いた新郎は、その原因を訊ねた、けれどもこのすべての人の悲しみの由って来るところを思いきって声高にいう者は誰もない。
するうちに、親戚の一人で他よりも勇敢なのが、花嫁さんの話によると、あなたは男の資格を欠いていらっしゃるということですが、と、こう思いきっていってのけた。
「ああ、それっきしのことであなた方は悲観していらっしゃるのですか」
と若者はにやりとしていった。
「よろしい、それならお答えいたしますがね、そんなことでしたら宴会の座が永く白けることはありませんよ、今にその非難に対しては立派に申しひらきをいたしましょう」
男も女もみんなが食卓について、食事がはじまったかと思うと、花婿はふいに起ちあがって、こういった。
「ご親戚の皆さん、私に対して向けられた告発をよろしくおさばき下さるように」
そういうや否や、当時はやりの短い胴衣の下から、証拠物件の数数を引き出すと見る間に、それを食卓の上に長々と誇示してみせ、あっとぱかりに感嘆した一座の人々に、
「果たしてこれが軽蔑に値する代物であるかどうかをいってくれ」
と願った。
夫人連が心の中で、自分たちの主人もあれぐらいの物を持っていてほしいものだと考えていたとすれば、主人連は主人連で、この若者はおれたちの先生だわいと心に認めていた。
そこでみんなは満場一致、花嫁の非を難じた。
「なぜわたくしをお咎め遊ぱすの? なぜわたくしを馬鹿になさるの?」
と花嫁はやり返した。
「わたくしの家のロバは、畜生にすぎないのに、こんな長いのを持っていますのよ」
といって彼女は腕をのぱしてみせた。
「だのに主人は人間のくせに、その半分の長さのも持っていないのですもの」
うぶな娘は、あの点でも人聞はけだものにまさっているはずだと思いこんでいたのであった。
※昭和26・1/ホッジョ・大塚幸男訳「風流道化譚」(鹿鳴社)