四分の三の山梨県の血だが、甲府の街の元気だった頃の噂話は好きである。本ならできる限り読みたいし、持っていたい。この本も前から気になっていた本だが、ゆっくり読んでみた。思った通り、昭和の初年から末年までの甲府を知るには格好の本だった。目次の一部を追ってもゆかしい。
にごり川(濁川)と甲州音頭
野口雨情さんのこと
身延線開通
軍旗祭
大尽遊び
料理屋と旅館
えびす講
政友会と望仙閣
甲斐奈をどり
喜久大黒 等々
自分が餓鬼だった昭和30年代から社会人になった40年代の頃が、昼夜、一年中、甲府が賑わっていた最後の輝きだったのかもしれない。深町のおばさんが出てきはしないかと目を皿にしたが、はっきりしなかった。
それにしても、いつぞや元芸妓の踊りの師匠が嘆いていたが、ちょっと昔の甲府には「旦那衆」で洒落た遊び人が多かったものである。彼らに比べれば、うちの祖父などの「遊び」なんて可愛いものである。登場するのは、甲府の政財界人・企業家だったり、ジャーナリスト、文化人だ。彼らは遊び人であって、甲府の振興や伝統・文化の継承に全力で尽くしていた。尽くすとか「活性化」などという意識も語彙もなく。
先日、市内のある店にいたら、ローカル・ニュースなんかに出てくる商店街の会長がやってきた。
「ヴァンフォーレ甲府のJ2優勝・J1昇格祝賀会とえびす講の時にお客さんにやってくれ」
と饅頭みたいなものを数個置いていった。まことにささやかである。近隣の親戚がこれを機会に毎年泊りに来たえびす講の賑わいは、何処へ行ってしまったのか。
今や甲府に遊び人もいるんだかいないんだか、地域に尽くそうという人もいるのだかいないのだか、それだけの余裕があるのだかないのだか、寂しい限りである。甲府そのものに地場の人を引き付ける「町場」としての魅力がないのだ。
甲府、山梨のなつかしい風物詩、歳時記、地誌のような昔からの本を、機会があれば紹介していこう。知っている人の書き残したものだし、どれも魅力的なのだ。
写真:昭和26年の甲府若松町の置屋「喜久大黒」の芸妓たち。後列左端が抱え主の美佐子。