甲府、いやいや山梨県内では夏から初冬にかけて臨時のブドウ屋さんが数多く開かれる。「臨時」といっても、例年、同じ場所に店開きするのだから「季節限定」とか言った方がいいかもしれない。
葡萄園の一角は当然、街角にある日突然姿を見せ、初冬まで店開きしている。県下全般ではかなりの棟数開いているだろう。地元の人には見慣れた恒例の風物詩だろうが、よそから来た人にはおそらく珍しく見えるに違いない。
プレハブ小屋や簡単な作りの離れのような建物が多いが、シーズンオフには戸〆めだ。夏の出始めのころから、戸を開け、よしずを張り、おばさんが詰めるようになる。たいていは自分のところの葡萄園から運んできたものを並べている。甲府でいえば東郊の善光寺、東光寺のブドウ園が多い。後発の穂坂だの明野だのという北杜市に続く丘陵にも点々とある。
こ々で頼むのは、遠方の親類知人に発送する、いわゆる「送り葡萄」が多い。「送り葡萄」はたいてい頼むところが決まっていて、「去年のように」といっておくと、安く量目もおまけしてくれて発送しておいてくれる。相手方にも「今年もいい葡萄だった、おいしかった」と言われるから安心していられる。垢ぬけない掛け紙も「甲州」っぽくていいな、と個人的には思っている。
自家用の葡萄をいちいち買う甲州人は少ない。自分たちが食べるのはたいていもらうのである。桃だって、スモモ、柿(枯露柿も)だってそうだ。生りのいい年には、困るほどもらうことになる。
栽培者が高齢になって、「作れない、安くても葡萄酒屋にまとめて売るのさ」というようになってしまうと頼むところを新規に探さなくてはならず、大変かつ心配である。おまけがないというのも痛い。
「甲斐八珍果」といった江戸の頃から甲州葡萄は「水菓子」「生フルーツ」としてかなり売れ、その余りを「葡萄酒」に廻して来た。甲州では「葡萄酒造り」はついでだった。飲料としての「葡萄酒」も「どぶろく」の扱いに似ていた。だから、ワイン醸造を狙いにしぼった信州上田とか北海道十勝とか後発の葡萄産地に、ワイン醸造の品質では後れを取ってしまった。最近では、山梨でもワイン造りに目標を絞った土壌づくり、葡萄育てに努力している葡萄園が増え始めた。品質的な評価も上がりつつあるようだ。後はワインと合わせる旨いもんだな。鳥もつ、おつけ団子ばかりじゃ、ご婦人がたや若い世代をひきつけられないよ。
全国的な研修会で、地元の酒を持ち寄る習わしの会があった時、私は山本周五郎が愛飲した酒蔵(中央醸造)の「周五郎のヴァン」というのを持参した。経営者の同級生へのひいきという気持ちも少しはあった。これは高価で美しい紅で、デザートワインのように甘く香気も高く、試飲希望のグラスが何処の地酒よりも続々と突き出されたのである。御披露した山本周五郎のエピソードも多少は効いたかもしれない。