新聞、雑誌等に書いたもの、どっかでしゃべったこと、書き下ろし……の置き場です。 主に文学・歴史関係が多くなるはずですが、何にでも好奇心旺盛なので、どこまで脱線するか?!。 モノによっては長いのもありますが、興味のあるところから御覧下さい。
 
2012/10/06 9:25:20|文学
描写の力を

 文芸賞の選考・発表の季節である。私も、高齢者・社会人・高校生のエッセイにかかわっている。その講評のうちから、似たような感想を持つものもあるから、ここへ貼り付けておく。


 


 最終選考通過作品を読んだ。作品の平均的なレベルは上がっているものの、ぐっと胸を衝かれるような作品はないという印象だった。応募してくる人がベテランであったり、「常連」が増えてきたりすると、また、エッセイサークルで研鑽している人がいよいよ「応募」を目ざし始めると、得てしてこういうことが多くなるようだ。このこととも無縁ではないが、読みながら、いくつかは、特徴的な、しかも書き手はそうとは思わず、けれども、エッセイとしては致命的な欠陥のあることに気づいた。個々の作品に及ぶ前に、初心に返るようなことだが、その点について指摘しておこう。



 多くの作品に経験や見聞に基づく「事実」説明はなされている。面白みのない程細々と。けれども、これだけでは「説話」ではあってもエッセイにはならない。しかも、作品を数書くのに即応でいるほど個人の「事実」は無尽蔵であるわけはない。年配者の談話に繰り返しが多く、周囲の者の耳朶を素通りという事態は、書きことばに於いても無縁ではない。



「事実」と、その「事実」に面した際の自らのけれんのない「感情」とが揃って読み手は初めて文章作品に感情移入しやすくなる。もちろん「感情」だけを縷々つづっていくのも、エッセイではあり得ない。



 「事実」と「感情」。読む者が最後の一文字まで釘付けになりながら、大きな共鳴を得られる(いわゆる「読ませる」)文章には、ほかにも欠かせない魅力がある。今さら言うまでもないことだが、周到な「描写」だ。風光であれ、表情であれ、季節であれ、過不足のない「描写」の魅力は大きいし、得をした感じになる。これを手に入れるために、エッセイそのものではなく、二〇〇字ほどのスケッチ文を書いては仲間と交換して読み合っている者もいる。悪魔メフィストフェレスに唆されたファウストではないが、「お前は美しい」と時間を止めようと願う代わりに、一瞬を、あるいは細部をことばによって描き留める修練をするのである。



 文章リアリズムには「事実」と「真実」が不可欠だ、と分かったような分からぬような古来の御託説を聴いたことがあるが、「真実」を裏付けるものは個人的な「感情」ばかりではない。主観的でありながら、結果として客観的な「描写」も文章表現を「真実」化するのに大きな力がある。



 書き慣れることは、厳に警戒すべきことである。



 もう一つ、かなりの応募作で気づいた点だ。むやみに改行する癖である。改行して一字下げれば、これは段落だ。文字・ことば・センテンス・パラグラフと重ねていった結果としての意味のまとまりである。気づいたのは、改行するが、字下げはしない、すなわち次の段落に移ったわけではない改行、「分かち書き」とでも言いたいような表記の多さだ。これはなんだろう。学生のレポートに時々こういう表記が交じって、決して彼らのためにならぬから、私は徹底的に駆除することにしている。携帯メールやフェイスブックやブログをはじめとするSNS上での表記法の悪影響がここにまで到ったかと憂鬱になるほどである。



 この「分かち書き」の弊害は、勿論、視覚的なことだけではない。前述したようなしっかりとものを言い切らず(表現しきらず)、毎行ツィット(呟き)しているような、責任を持たない表白という印象を嫌うのだ。一生懸命に聞いていたら、たんび「なんちゃって」と言われれば腹立たしくもなるだろう。無意味な分かち書きには同様な不快感を覚える。しっかりした段落意識を持たないのは、散文の表現としては優れたものではない。



 最後に、結末を教訓で結ぶエッセイほどつまらないものはない。ここまで選考を通ってきた中にもたまにそれがあるから呆れてしまう。「この文章は何を言いたいのか」「この文章の主題は何か」と学校教育でやられすぎてそうなるのなら困ったことだ。何かを訴えたい文章(主張)もあれば、己のまなざしや意識の持ちよう(認識)を表現する文章もあるのだ。



 私事だが、長く起きられなかった病の床の中で、以上のような散文意識、段落意識、描写の醍醐味を感じて、改めて滋味あるお手本のように繰り返し噛みしめたのは次のような本たちだった。夏目漱石『彼岸過ぎまで』寺田寅彦(冬彦)『柿の蔕』森田たま、各書、武田百合子……。


写真:リチャードージノリのカフェソロカップ(ベッキオ・ホワイト)
手のひらに入るほどの小さなカップ。沈んだ白色、盛り上がった筋彫りのそっけなさ。これがいいのだな。








2012/10/04 7:58:40|病を飼いならす
5年に2度

この五年間に差し迫った命の危機が二度ほどあり、病との戦いだった。闘いと言うより、体内に飼って飼いならして、暴れださないようにしてきたし、しているというところだ。


2008年2月、出張先で心筋梗塞。命からがら夜明けを迎え、帰郷して、即入院。慢性腎炎が悪化して、高血圧症状や不整脈、肥大、雑音など心臓に負担がかかりすぎたため。腕に人工透析のためののシャントを造り、いつでも腎機能維持のための人工透析を開始できる態勢にしておいて、心臓の措置。


@なにもしない A冠動脈にステントを挿入して広げる B冠動脈ののバイパス造り


右へ行くほど、心臓の医療措置としては重くなる。左へ行くほど、突然起こる命の危険性は高まる。右寄りで、それもすぐにやる方が好いに決まっている。


時は2月。2,3月と言えばその時の職にとっては激忙期。AなりBなりの措置は年度が替わってからしたい、この間に大事な職務が目白押しだし……と訴えた。医者の言うのは、


「それじゃ命の保証はできない、死ぬぞ。常にだれかが観ているということが可能か?」


そう言われて諦めがついた。人事のことだけ決着させて、後のすべてのことは、教頭および教職員にゆだねよう。そしてできるだけはやく心臓の外科的措置をしよう。入院以来、連夜、教頭には病院生きて報告をしてもらって、すべき決済はしている。間もなくやってくる新年度も、職務代理ばかりで切り抜けることも無責任だし、不可能だ。職員の士気にもかかわる。仕事の現役生活も定年までに一年あまして退職することを申し出よう。


方針が決まった。腎臓維持のための一日4時間の人工透析も始まった。週3日が原則だ。時間内に左腕から全て血を取り出し、透析器のなかで水分を含む老廃物を濾してまた体内に戻す。これは始めれば寿命のある限り継続していかねばならない。いや、命が続くように人工透析を続けるのだ。この時から、私は新米身体障害者になった。


毎日、毎日、私は、心の中で、様々なことを棄てて行った。


身体の様々な数値が安定するのを見て、冠動脈にステントを入れる手術をすることになった。


なんでもなく始まったステント挿入だった。部分麻酔だから周囲も分かる。そのうち体中が鉛色のマグロのように思えてきて、不快感が増した。周囲の医師たちにも焦燥感が出ている。ステントがつかえてしまってどうしても挿入ができないのだ。


「気分はどうですか」と医師。
「気持ち悪いです」
「そうでしょうね」


周りに病院内のたくさんの医師が詰めかけて評定している様子だ。一定の方向が出たらしく「行きましょう」「やりましょう」「それしかない」という雰囲気だ。


家族と私本人に確認がある。


「冠動脈を移設する手術に変更しますが、いいですか?」
「それしか方法はないんでしょう」
「そうです」
「ではお願いします」
「例年術例も少なくないことですから、安心してください」


2008年の一度目の手術・入院はこのように始まった。仕事のことが気になったし、突然の退職は新聞にも載らず、周囲にはずいぶん戸惑われたらしい。申し訳なくも面目なくも思いつつ、私は「まないたの上の鯉」でいないわけにはいかなかった。


そして二度目の心筋梗塞は2011年の4月。これで心臓の人工弁の置換をやり、5カ月の入院をすることになった。大震災の惨状と流浪の人々、計画停電にショックを受けているさなかだった。この顛末は、また、書ける時に書く(だろうか)。


写真は2010年の撮影









2012/10/02 8:24:41|アート
「色匂ふ」の秋の催し
「木曾漆器 職人衆の店」

 

会期: 2012年10月17日(水)〜23日(火) 12時〜19時(最終日は16時まで)

     ワインバーは日曜日はお休みですが展覧会は開催いたします。

会場: dall’uva ダルーヴァ         




     東京都渋谷区富ヶ谷1-45-13 シズナビル1F

     п@03-6407-2362


出品: 木曾漆器生産者組合

 

関連サイト: 塩尻ブランド http://www.shiojiri-brand.jp/







2012/09/30 9:54:05|「純喫茶」
みづがき山荘

前にも載せたことがあったが、みづがき山の岩塊だらけの威容を好きだ。「十戒」のシナイ山に例えたこともある。


黒森あたりから林道へ入ってゆく時、思わず車を停めて見入ってしまう。春夏秋冬いつでも。いつか絵にしてやろうと思っているが、なかなか始められない。写真はハードディスクのなかにたまっている。登ったことも何度もあるが、眺めても眺め飽きない山だ。


そば処も素朴で気に入っている。お馬鹿なことに、財布を忘れて食べてしまって、あとで代金を送ったこともある。そろそろ新そばの季節か。


みづがき山荘は標高1520m。愛用するカフェの中で最も山深く、高い。本来はみづがき山登山のベースキャンプ。山荘もカフェもどことなく垢ぬけている。


山気に包まれたくなると遥々ここに分け行って、コーヒーセットに下山してくる登山者のやりとりを聞いたり、眺めたりしている。気温が盆地と、ともすれば、7,8度違う。また登ってみたいが、無謀だとそしられるだろうか?








2012/09/29 10:51:05|アート
シャルダン展で

三菱一号館。開館直後に訪れてから3年半。中庭の植え込みも生い茂ってきて、ますます洒落た路地の一角の味わいが深くなった。


懐かしいシャルダンである。前期と後期の静物画に風俗画を加えた本邦初の個展だ。初めて公開されるものもあるが、なぜかどれも懐かしい印象を持つ作品が多い。


庶民を描いた風俗画も、ブリューゲル、ボッスからだろうが、私はこの頃とても好きになってきた。


静物画の何枚かは、昔雑誌なんかの口絵に使われていたものもあるから、文字通り懐かしかった。一角に置かれていた平凡社の『名画全集』『美術全集』『ファブリ』も久しぶりの再会だった。家のがすでに失われたのが残念だ。『ファブリ』は個人ごとの美術全集の嚆矢だったのではないか。


静物というのは、絵描きの基本的な実験的な意味合いが強い、そのための素材かと思っていたが、どうして、静物画そのものもずいぶん楽しめるということに、遅まきながら気がついた。シャルダンの場合、前期の静物画の方が好きだ。対象をいとおしむようなまなざしがある。人間金が楽になるとあまり面白くない(笑)。なくて平気な人も困るが。じゃ晩年のセザンヌはどうなのか?豊かでも緩んでいないな。


18世紀の作品なのにずいぶんみずみずしい。一号館の小部屋方式。一部屋に2、3点の展示というのも落ち着いて観られてよかった。満足だった。