高校入試や就職試験などで作文、小論文が課されていることは珍しくなくなった。決められた時間内に規定の行数に文章をまとめるということはプロであっても非常に難しいことだろうと思う。
高校入試の際、作文を書く館生の一人にアドバイスをしたことは「起承転結のスタイルにとらわれず、最初の段落で結論を書くように」ということ。「最後の最後にびっくりする結びで読む人を驚かしてやれ」なんていう文章はとても書けやしない。むしろ結論を先に提示し、あとはその補足をしていくことが読む人も安心して文章に向かえることだろう。
新聞の文章はまさに起承転結ではなく、「逆三角形」という表現が当てはまる。たとえばリード(前文)があれば、その中には記事全体の内容が凝縮されているし、通常の記事でも、第一段落を読んだだけでも記事のおおよその中身はつかめるようになっている。最後にいくら大切なことを書いたとしても、編集作業の過程でほかの記事を入れなければならなくなった時、整理記者は迷わず、記事の最後のほうからバッサリ切っていかざるを得ないという事情にもよる。第一、時間のない読者にとってすっと記事が頭に入るほうが親切だ。
作文試験などの時、与えられたテーマに「〜と私」をつけ加えて考えると書きやすくなるということもアドバイスしてきた。大きなテーマを大上段に振りかぶって書こうとしても、読む人の心に響かないことが多いものだ。これが自分の体験や考えに基づいて書かれたものであれば、共感を呼ぶことにもつながってくる。
たとえば「水」という題で書くように指定された場合、多くはなかなか書き出せないかもしれないが、「水(と私)」というように自分に引き寄せてみると、いろいろな水との思い出がよみがえってきて、むしろ「たくさん書きたいことがあって困る。何を選ぼうか」という心境になってくるはずだ。
さらにもう一つ。「水」というテーマであれば難しいかもしれないが、文章の中に「題」そのものをできるだけ書かないことが望ましいと考える。読後感にそのテーマが余韻として残るのが私の考えるよい文章だ。
もう30年近く前になる。ある山梨県出身の学生が全国紙の入社試験(セミナー)を受けた時の小論文の題は「情報」だったという。その学生は甲府盆地と日本住血吸虫病の闘いについて書こうと決め、60分800字の制限内に「情報」という言葉を一度も使わないで書くことを心掛けたのだという。文字数は800字ちょうどで書ききった。採点者の評価はⒶで、論評に「『情報』という言葉を一度も使わずに、情報の大切さを浮き彫りにした手腕は非凡」という評価を受けたと聞く。
私が教わってきたよい文章のポイントは「面白くて、ためになり、しかも知的」。いずれも難しくて、この三つが文章中に併存することなど至難の業(しなんのわざ)だが、これを目指すかどうかで文章は変わってくるはずだと思う。
甲斐直心館では、剣道ノートを書くことを館生に奨励しているけれど、稽古のない日のことも考えると、日記を毎日書くことが文章の習慣づけに最も適しているかもしれない。そして、付け加えるとつい先日テレビの情報番組の中で勧めていたのは、「日記は翌朝書くのがよい」というスタイル。「前の日に何をしたか、感じたかを思い出すことが認知症予防につながるから」。私も、そういう訓練が必要な年齢になってきた。

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