鯛損の「でっかい夢釣りあげよう!!」

魚釣りをもっと楽しく、 魚釣りでもっと綺麗な海を!! フィッシングメッセンジャー野澤鯛損は、 釣りの世界のインタープリターです。 HOOKかんきょう『協育』事務所のページと、 併せてご覧下さい!! 釣り人も、そうでない人も、大人も、子供も、 でっかい夢、釣りに来て下さい。
 
2021/03/07 9:06:01|お気に入りの場所
海なし県が魚食県の不思議5 富士川舟運ルート 魚河岸がここに
3日続けて、山梨県への海産物の流れをお話しします。
駿河湾からの海産物は、
陸路では魚尻線の中道往還を通って、甲府に届きました
もう一つ、水路を使ったルートが、
今日ご紹介する、『富士川舟運ルート』です。

日本三大激流の一つである富士川は、
ここまでも触れて来た通り、駿河湾に注ぎます。
富士川舟運は、江戸時代後期から昭和初期まで、
沿岸の物流を支えて来ました。

元来は、甲州の国中地域の各地から、
年貢米を集めて富士川を下って駿河湾に至り
更に清水(現 静岡市清水区)から、
江戸へと運ばれていました

いわゆる上り船です。

上りがあれば、当然ですが甲州に戻る、
下り船もある訳です
。が、
この下り船には、商人の荷物が載せられた訳です。
この荷物の中に、甲州人にとって重要な海の恵み、
塩や海産物もあったと云う事
です。

駿河湾を出た船は、
岩淵河岸(現富士市)を出発します。

甲州に入ると、鰍沢河岸青柳河岸
そして黒沢河岸と進み、
甲州三河岸と呼ばれた河岸を経由して、
甲府に運ばれた訳です。

因みに黒沢河岸は、
現在の市川三郷町にありました。

特にこの鰍沢河岸の北側には、
鰍沢宿が栄え、舟運の拠点となっていました。

どの河岸も富士川の右岸にあり、
鰍沢河岸は現在、『富士橋』が、
架かる辺りにあって、国道52号線沿いに、
河岸跡の碑が立てられています

また、舟運に使われていた船も、
富士橋から少し上流側の河川敷に置かれていて

往事を偲ぶ事ができます。

コロナ禍で、なかなか遠出ができないこの頃ですが、
地元の歴史を探訪する、
『マイクロツーリズム』なんて云うのも楽しいと思います。

例えば、甲府駅からJR身延線に乗って、
鰍沢口駅まで電車に揺られ、そこから徒歩で、
小一時間も歩けば、
写真の碑も、船も見る事ができますよ(^_^)v

沿岸に身延線(現JR東海)も整備され、
陸路での物流が主体となり、富士川舟運も衰退しました。

が、同じ川を、今はクルマが海産物を運んでいます。



 







2021/03/06 9:06:01|レッツスタディー!!
海なし県が魚食県の不思議4 みちのくルート(壮大な仮説)後編

(是非、最後までお読みください)

昨日に引き続いて山梨県への、
魚介の流通ルートの想像(妄想)の続きです。

昨日の投稿の締めで、
もう一つ気になっている海産物がある―。
それも、『みちのくルート(仮)』ではないか―。
と、お伝えしました。

その海産物が左の魚です。
これって、どう見ても・・・(^_^;)
サメでございます!!
結構、獰猛そうでしょ!?

このサメですが、標準和名は『ネズミザメ』です。
実は山梨県では、
このサメがたくさん消費されています。

嘘でしょう・・・。
と、思わずのけぞってしまったかな?

このサメの、売ってる姿が下の写真―。
白身で、脂が乗ってそうに見えますでしょ!?
ってか、サメですから脂は凄いです(T_T)

そして、売ってる名前は、『ネズミザメ』ではなく、
『モウカザメ』と、して売られています。
が、特に還暦以上の方は、
『こりゃあモロ(コ)じゃんけ!!」って、
仰るかもしれません。

実家の両親も、これはサメではなく、
『モロ(コ)』だと、言い張ります(^_^;)
モロコと云えば、幻の魚とされる超高級魚です。

なのでもしかすると山梨の人が、
「モロコ」と、云う魚を見たことあんのか−っ!!
と云えば、おそらく実物を見る(あるいは見た)
な〜んて人は、
釣り人以外いらっしゃらないんじゃないですかね!?

そして、この『モウカザメ』は、
主に宮城県沖で多く漁獲され、このサメの心臓は、
『モウカの星』として、珍重されています。

が、一方で、
宮城県の他に消費されている地域って云うのが、
不思議なのですが、内陸エリアが圧倒的なんです。

山梨県の他には、岐阜県群馬県
そして栃木県・・・。
など、海なし県ばっかりなんです。
都内でも、一部で消費されてはいますが、
いずれも海からは離れたエリアです。

そして、消費の日本一は、なんと栃木県で、
続いて山梨県だったかな・・・。

山梨の人にとっては余りにも見慣れている魚ですが、
他県で見かける事って、
実は、なかなか難しいんですよ。

特に栃木県は、サメが好きな様でして、
この『モウカザメ』の他にも、『アブラヅノザメ』
と、云うサメも食されているそうです

そして、モウカザメは「モロ」―
アブラヅノザメは、「サガンボ」―。
こう呼んで区別したそうです。
そのアブラヅノザメは、主に栃木県のお隣、
茨城県で多く漁獲されるそうです。

おそらく山梨の人が言う「モロ(コ)」は
ここから来ているのです。

姿形を知らないですから、
まさかモロ(コ)の正体が、
サメだとは微塵も思って居ないかもしれません。


随分と前置きが長くなってしまいましたが、
ここからが、ルート解明の壮大な仮説です(^_^;)

宮城県で水揚げが多い漁港は、気仙沼港だそうです。
岩手県でも釜石港だったと記憶していますが、
このモウカザメに限らず、
サメの水揚げは多いとの事。

ですが、殆どが中華食材のフカヒレ用で、
身の方は地元の方が食べるか、
もしくは、勿体ない気もしますが廃棄されます。

ご存じの方も多いと思いますが、
サメの排泄器官というのは非情に原始的で、
身にアンモニア臭がする事が多いんです。

が、実はこのアンモニアのお陰で、
腐敗の速度が抑えられたんだ
そうです。
加工せずに生のまま流通できたので、
内陸地への供給が可能となった―。
そう考えられています。

なので、この山梨県へも供給できたのでは・・・。
そう云う仮説が一つ成立します。

が、何処を通って来たか―。
そこが分からないので、
現状では妄想でしかありません。

そこに、「栃木県」を、中継地だと仮定すると、
先ずは日光街道中山道北国街道
東海道なども視野に入って来ます。

実は、ネズミザメの類いは、
駿河湾ルートからも入って来ていた
様です。
サメと合わせてイルカやクジラも来ていました。

さすがに今は鯨類の流通は、
山梨県内では、ほぼありません。が、
自分が子どもの頃は、
お魚屋さんには大概イルカやクジラがありました。

なので、安易にみちのくから―。
と、仮定するのは早計かとも思います。

が、事実、山梨県で東北産の魚貝が食されて居り、
その流通ルートが解明できれば、
より山梨の魚食文化が広がりを見せるのでは・・・。
そんな風に考えた訳です。

最後に、どうして自分が、
妄想の域を出ない知識のみで、
こうした曖昧な予想を立てたのか―。


それを説明させて戴きたいと思います。
知識は持っていて邪魔になるものではなく、
様々な見解を示したり、理論立てて話すためには、
絶対に必要なものだと思っています。

一方で、知識がある事で、
真実と異なる事については、
他者に対しても、一刀両断で、NO
を、突きつけてしまう風潮があるように感じます。


その考えが正答であっても、見当違いであっても、
自身の知識として納得するためには、
自ら学んで腑に落ちないと納得はできないのです。

子どもが疑問を持った事象に対して、
それが間違っていた場合、直ぐにNOを伝えて、
その子が学ぶ機会を絶対に奪ってはなりません。
それこそがチャンスなのですから・・・

むしろ間違っていればこそ、
真実が余計に腑に落ちる訳です。だから、
先ずは自分でやってみる―。
やらせてみること―。の、方が大事なのです。


この仮説も、真実を知っている方にとっては、
「そんなことも知らんのか!?」
「子どもに間違えを教えるな!!」とか、
異論も多数あるかと思っています。

でも、だからこその投稿だと思って戴ければ、
とても有り難いです。

本当の事をご存じの方は、
是非、当方に教えて下さいね(^_^)v


 







2021/03/05 9:06:01|レッツスタディー!!
海なし県が魚食県の不思議3 みちのくルート(壮大な仮説)前編

海なし県の山梨県が、
「魚食県」シリーズの第三弾です。
お気づきの事とは思いますが、
同じテーマでありながら、
その都度、敢えて投稿のジャンルを変えています。

で、今日のカテゴリーは、『レッツスタディー』です。
と、云うのも、これから自分がここに書く事は、
あくまでも想像の域であり、
『壮大な仮説―』なのです

でも、あり得ない仮説ではないと思っていまして、
事の真偽は一旦置いておいて、
皆さんにも、同じ様に壮大な仮説を立てて戴いて、
思わぬ真相に近づけたら面白いなあ・・・。
って、思いました。

では、仮説のテーマとして、
山梨への海産物の流れを考えてみようと思います。

山梨県の魚食文化の背景にある、
海のある地域からの『魚街道』の一つとして、
魚尻線の駿河湾ルートがありました。

が、山梨で食べられている魚貝の中には、
駿河湾ルートのみでは説明しにくいものも多いです。

中でも、宮城県・岩手県などを拠点とした、
『みちのく(東北地方)ルート』があった―。
と、考えているんです。

そして、みちのくルートの中継地にも、
山梨県と似た魚食文化が根付いている―。

って云う、壮大な仮説です。
考えるだけなら、タダですし自由ですので、
自分がこれから書く事に、
あれこれツッコミを入れて戴きながら、
皆さんもレッツ、シンキングターイム(^_^)v

では、始めますよ。左の写真をご覧下さい。

先ずは、上の写真です。
どう見ても二枚貝ですが、何の貝か分かります?
この貝は、「ホッキ貝」です。
ホッキ貝は、正に東北や北海道など、
北の海が漁場の大型の二枚貝です。

北海道では、「北寄貝」って表記されるくらい、
寒い地方の海産物です。
太平洋側では、茨城県より北にしか棲息していません。

なので、東北エリアでは馴染みの深い貝なのですが、
関東以西では、余り馴染みのない貝だと思います。
まあでも、輸入物などは回転寿司屋さんのネタとして、
広く出回っていますから、
名前くらいは知っていらっしゃるかもですね(^_^)v

ところが、そのホッキ貝を、
山梨県では、昔から珍重していました。
生ではなく、乾物としてです。
それが、下の写真の「姥貝(ウバガイ)』です。

主に出汁を取ったり、戻してから甘辛く煮て食べたり、
そう云う使い方をして来た様です。

加えて、山梨では養蚕業が盛んだった事もあり、
桑の葉が伸びる時季は家族総出で、
『おぼこさん』の、世話に明け暮れていました。

なので、乳児を抱えるお母さんは、
おばあちゃん(祖母)に、
ご自身の本当の「ぼこ」の世話を任せていました。

皆さんもご存じの通り、甲州弁で子どもの事を、
「ぼこ」って、云いますよね。

お蚕さんは自分の子どものように、
手を掛け世話をすれば、
それだけ繭が高く売れたそうです。

が、我が子と同じ様に大切な存在であった事から、
わざわざ「お」を付けて、
「おぼこさん」と、呼びました。

そして、我が子(ぼこ)には、
乾物になったホッキ貝の長いベロの部分を、
おばあちゃんが、オッ○イ代わりに咥えさせていた―。
そんな話しも聞いた事があります。

なので、オッ○イ代わりの乳母の貝―
おばあちゃんがあげる姥婆の貝―

こうやってホッキ貝の乾物が広く、
山梨県内に食文化として広がって行った様です。


姥貝は乾物なので、
おそらく、陸路だけで県内に運ばれた―。
と、そう云う訳ではないでしょう。

宮城県や、岩手県などで水揚げされたホッキ貝は、
おそらく加工された後、
一旦は船で福島県のいわき(小名浜港)とか、
もしくは、駿河まで船で運ばれて来た―。
のでは、ないでしょうか!?

そこからは陸路で、
先の魚尻線富士川舟運を使ってとか、
塩の道(北国街道)を経由して届けられた―。
そんな風に想像しているのです。

岩手県を納めていたのは南部藩です。
南部藩は元を正せば、武田の家臣であった南部氏が、
徳川によって守られ、根付いた藩だと聴きました。
ですから、遠くにあっても、
甲斐の国の事を気に掛けていたと思います


『ホッキ貝』だけで、
想像(妄想)がここまで広がりました。
実はもう一つ、気になっている海産物があります。

その素材も、おそらく「みちのくルート」だと、
自分は踏んでいるのです。

なので、後編でその海産物について、
再び、思いを広げてみたいと思います。

さあ、あなたならどう考えますか(^o^)/


 







2021/03/04 9:06:01|お魚紹介
まるで宝石みたいな美しい魚です(手のひらで輝くアマゴ)
日本の渓流魚の美しさは、
良く、「宝石のようだ・・・。」
と、例えられます。

それは、釣りをする環境とも合間って、
より輝きを増していくように思えます。

魚体の大きさ云々ではなく、
その一尾に出会うまでの渓の路や、
太陽のきらめき、鳥のさえずり、清冽な水の音・・・
それらが全て、その一尾に凝縮されるのです。

上の写真は、
以前、塩川の上流で釣った『アマゴ』です。
決して大きな個体ではありませんから、
写真に撮って直ぐに放流しました。

が、この魚が水を割って現れた時、
本当に息をのむ様に美しかったのを、
今でもハッキリ覚えています。

ところで、アマゴはサケ科の淡水魚ですが、
どうして、こんなにも美しい姿になったのでしょう。

アマゴの最大の特徴は、
なんと言っても、『パーマーク』に星を散りばめた様な、
鮮やかな朱点です。
小さなルビーが、キラキラ輝いているみたい!!

体側に黒く小判型に見える模様を、
『パーマーク』と、呼びますが、
そっくりの『ヤマメ』には、この朱点がないんです。

失敗したのは、
水の中に手を入れたまま写真が撮れなかった事―。
充分に自分の手は冷やしてから乗せましたが、
やはり手のひらの上では、
輝きがくすんでしまいました(>_<)

こんな美しいアマゴにも会える渓流釣り、
是非、一度は体験してみて下さい。

山梨では、このアマゴも、
川を変えればヤマメも両方が棲息している、
とっても贅沢なエリアなんです(^o^)/





 







2021/03/03 9:06:01|釣魚料理
解禁したので渓魚料理をば・・・
いよいよ県内でも解禁しました(^_^)v
もう釣りに行かれましたか!?

そして、釣れましたか(^_-)
ところで、渓魚を釣った後は、どうされていますか?
食べるためにキープされるでしょうか?
それとも、釣りを楽しんだら川に返してあげるでしょうか?

キャッチ&リリースは歓迎したい行為ではありますが、
一方で、一度でも釣られてしまった魚は、
やり取りの最中で、随分と体力を消耗します。

やはり、何でもリリースすればいい―
ではなく、弱ってしまった魚は回復しないまま、
死んでしまう事もあるので、
そんな時は、どうか「食べる」事をしてみて下さい。

そこで、今回の投稿では、
シンプルイズベストの美味しい渓魚料理を、
二品ご紹介しますね!!

どちらの魚も、道志川で釣った魚です。
イワナとヤマメでして、
左の写真は、『ヤマメの塩焼き』です。

そして、右の写真は、
同じ塩焼きと、『イワナのお刺身』です。

やっぱり「塩焼き」は、王道中の王道ですし、
こんな風に焼き上がれば、
もう、身はふっくらアツアツで、
骨ごと食べられちゃいますよ!!

で、通常は淡水魚のお刺身は、
ジストマ中毒などの恐れもあるので、
余りやらないのですが、

それでも、イワナは水が清くないと棲めないですし、
上流部では水温も低いため、
お刺身でも充分に食べられます。

是非、お試しあれ〜っ!!
ウマいっすよ(^_^)v